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異世界生活は魔法少女とともに  作者: 水瀬みずき
第1章:異世界旅立ち編
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第1話

 目を覚ますと、目の前には大草原が広がっていた。

 無駄とは知りながらも一度目をこすり、そして半眼にしてもう一度見直す。そこには雄大な大自然があった。先程と全く変わらず。


「なんてことだ……」


 《亡霊》――紅坂桔梗は気怠げに溜め息を漏らす。

 信じられないことに彼は現状を素直に受け入れていた。しかもかなり正確に状況を把握できている。

 魔力や魔術などとは全く縁のないこの身ではあるが、《亡霊》として裏社会に通じていると、嫌でもその業界とは密接に関わり合ってくる。

 故に彼は魔術のことをある程度熟知していたし、だからこそ対魔戦術もしっかりと会得していた。

 しかし今回は誤算も誤算。

 海千山千の魔術師共とはそれなりにやりあってきた――追跡を振り切るという意味で――が、同郷の幼女が相手になるのは初めてだった。気付かないうちにどこかに油断があったのかもしれない。少なくとも少女と同年代の殺し屋とは相対したことはあれど、ギャグとしか思えない『魔法少女』の登場は彼をもってしても想像の埒外だった。

 そして……


「さて。俺が巻き込んだのか、俺が巻き込まれたのか……いや、俺達が巻き込まれた、と言うのが正しのかね?」


 地面に投げ出した両足の太腿を枕に気を失っている少女を見下ろし、こっそりともう一度だけ嘆息する。

 穏やかに眠る少女に、桔梗側には敵対意思はない。だからこれ幸いと逃げ出すこともない。

 その手のイケナイ趣味の持ち主であれば垂涎モノのシチュエーションではあったが、その気のない彼にしてみればとてつもなく庇護欲を刺激される光景である。

 重力が消失する寸前に彼女を手を掴んだおかげか、離れ離れになるという最悪な状況は回避できた。少女の髪を無意識に撫でながら、思いを巡らせる。

 まず原因は明らか。《神器》である。

 あれがどういう代物だったかはいま手元にないため調べることすらできないが、自分たちを拘束した後強制転移を果たしたのは間違いない。そうでなければこんなところにいるわけがない。

 もしかしたらという思いを込めて、曲がりなりにも踏ん張ってはみたものの、あっさりと巻き込まれたあたり、かなりの力と思惑が混ざり合っていることが見て取れる。

 最後に聞こえたあの声も問題だった。誰かまでは知れないが、明らかに確信的だった。自分たちは飛ぶべくして飛んだのだ。

 では問題は「ここがどこか」ということだ。

 とりあえずわかることは


「噂に聞く異世界ってヤツかね」


 一度起こした上体をもう一度寝転ばせ、燦々と輝くふたつの太陽を見上げた。


 異世界。

 言葉自体は別に珍しいものではなく世に溢れたような単語だ。異世界に渡った勇者の英雄譚は枚挙に暇がない。――フィクションの中での話ではあるが。

 とはいえ、魔術世界でもその存在はそれなりに信じられては来た。それを証明する手立てが無いだけで、理論だけは昔からあったのである。でなければ魔術というキワモノがこの世に存在する筈がない、という皮肉な論法によって。

 地球独自の呪術を祖とする正統魔術はそれなりの昔にぷっつりと途絶えた。しかしいつからかひょっこりと現れた現代魔術――現代魔法ともいう――によって復活を果たす。

 もっとも重んじられてきた『血統』を否定し、本人の素質がすべての異質とでも言うべき性質を持つ魔術。

 あまりにも反則的な性能を持つが故に、過去の伝説として残っていた正統魔術は名実ともに過去の異物とされた。

 そしてその現在魔術の祖はこう言った。

『決してこれはオリジナルではない。異なる世界から盗んできた、出来の悪い紛い物よ』

 と。

 では本物とは一体如何程のものか、と百数十年間が経った今でも研鑽と研究が行われている。

 もっとも。

 今の稼業を始めるにあたり興味本位で訊きに行ったら「適性も才能もなし」と早々に断ぜられ、二年前にはその根本すら絶たれた桔梗にとっては総じて不思議現象であり攻略対象でしかない。

 いつだって商売敵は警察か極道か魔術師であった。


「…………」


 桔梗は目を閉じて身体の隅々まで神経を行き渡らせる。


(うん。特に異状はないな)


 地球にいた頃となんら変わらない健康体である。物語などでは異世界召喚の折、超常的な才能を付与されることも多かったが、今回はまったくの無縁だったようだ。

 ともすればあとは、


(ツレが起きるまではのんびりとするかな)


 周りに外敵がいないことを確認すると、桔梗は再びうたた寝を始めた。



 信じられないことが起きた。

 事態を把握した椎菜がまず最初に思ったことは、その一言に尽きた。

 心地よい陽射しと爽快な風に包まれながら目を覚ました彼女は、端的に言えば寝惚けていた。


「……んぅ〜〜…………」


 柔らかい枕に顔を押し付け、目に入ってきた陽射しを嫌がる。

 右手には温かい何かが握られていたが、彼女には寝るときに何かを抱いて寝る習慣はない。それでも安心できる感触だったため、疑問にも思わなかった。

 頭を撫でる何かがとても心地よく。たっぷりと数分微睡みながらも身を任せ、たっぷりと堪能してから唐突に直前までの記憶を思い出す。

 そしてそれはどう血迷った判断をしたとしても、安心とか心地よいなど微塵も感じられぬ状況であった。


「――っ!?」


 椎菜はガバリと身を起こす。

 自分の最後の記憶は深夜であったにもかかわらず、蒼穹の空が視界いっぱいに広がっていた。

 いったいどの程度意識を失っていたのか。それはわからないが、数時間程度ではないはずだ。

 自分の不明を悔やむと同時に、五体満足であることに安堵した。

 たっぷりと数秒時間をかけて、冷静であろうと心を落ち着ける。魔法使いはいつだってクールでなければならない。魔法構築はそれほどに緻密な作業を要する。今でこそ呼吸をするくらいの無意識レベルで行使は可能にはなったが、素質があっても魔法が使えるか使えないかのターニングポイントはここである。そしてここで諦める者もいる最初にして最大の壁だった。

 しかし。


「落ち着いたか?で、あれば、現状の確認と今後の行動指針の相談をしたいのだが」


 背後から降ってくる声に驚き、振り返って更に驚いた。


「?」


 対する声の主は「どうした?」と言わんばかりに首を傾げるだけ。

 正体不明と魔法世界ですら都市伝説とされた《亡霊》である。

 黒髪黒瞳と純日本人の整った容姿。意外にも年齢はそれほど高くない。自分よりそれなりに歳上だが、成人まではしていないだろう。高校生か大学に入ったばかり、というのが妥当な線だ。

 黒を基調とした落ち着いた服装は先に見た格好と相違ない。

 どんな攻撃をもものともせずに逃走し、依頼物を届ける運び屋。嘘か真か数百人規模の魔法使いの包囲網すら回避されたという噂もある。

 そんな存在が自分の後ろで暢気に自分を見つめていた。

 十歳の椎菜が言えることではないのかもしれないが、若い。若すぎる。十歳にして「才能がある」と認められた自分と二十歳を前にして「魔術師の脅威」とまで断ぜられた少年とは、比べるにしてもまずレベルが違う。ゲームで言うのであれば、彼女があと二回ほど上位職へ転職しなければ、同じステージにあがることもできないだろう。

 どれほどの素養を持ち、どれほど大人びているとは言っても、所詮はは十歳の少女である。

 無防備な状態で脅威と至近距離で相対すれば、沸いてくる感情は恐怖以外の何者でもなかった。


「――ヒッ」

「まあ、まずは落ち着こうか」


 喉から悲鳴が解き放たれる寸前。椎菜は少年に両頬を両手で挟まれる。狙ったかどうかは知らないが、口が半ば閉じられたために、出たのは悲鳴ではなく、気の抜けた空気だった。


「とりあえずは深呼吸をしようか。落ち着こうなんて考える必要はない。ゆっくりと呼吸することだけに全意識を傾ける。……吸ってーーー、吐いてーーー」


 椎菜の頬に両手を添えたまま、少年はぐっと顔を近づける。椎菜の表情からすべてを読み取るかのように。心の中を覗き込むように。

 しかし、不思議と嫌悪感はなかった。

 考えてみれば出会ってから今まで、彼から自分に対する敵対意思は微塵も感じていなかった。

 あったのは心配と疑問と憐憫と憤り。もちろん心も体もまだ成長と中である椎菜にそのすべてを理解するほどの知識と経験はない。それでも椎菜はなんとなくは理解していた。そしてたった今理解させられた。


(この人は決して悪人ではない)


 本当的にそのことを察してしまう。

 彼にとっては魔法使いは「憎むべき敵」ではなく「仕事の邪魔をするチート野郎」程度の認識でしかない。故に別に仕事で敵対していない限りは、相手が魔法使いであろうが基本はニュートラル――中庸なのである。

 だから自分より幼い少女が怯えていれば、落ち着けるためにそれなりの対応もする。初対面から今までがすべて無気力であったため、彼の本質を理解するまでに非常に無駄なときをすごしてしまったのだが。


「……すみません。落ち着きまし――たっ!?」


 あれから何度改めて深呼吸をすることにより、とりあえず諸々の感情は去った。しかし、落ち着いてよく見てみれば、年上の異性の顔が息の届く距離にあった。

 椎菜は先ほどまでの感情とはまったく別の意味で焦り、顔を真っ赤にして後ろに仰け反った。少年も多少呆気にとられたのか、頬を抑えていた両手が自由になったにもかかわらず、数秒間その姿勢を維持して椎菜を見ていた。

 年齢的に見ればまだ思春期と呼ぶには早いかもしれないが、一年前より大人が大半の魔法世界で過ごしてきたからか、椎菜には一足早く来てしまったらしい。

 ドキドキと大胆に刻む心臓の音に、赤みが抜けきれない顔でどうにか少年を見上げてみせる。

 少年も気を取り直すと姿勢を正す。折りたたまれた両脚に「あれを枕にして寝ていた」という事実を思い出しそうになるが、魔法使いとしての教示を思い出し、顔には出さなかった。出さなかっただけで十分恥ずかしさを覚えていたが。

 少年は言った。気取った態度で。信じられないことを。


「ようこそお嬢さん、素晴らしき異世界へ」


お読みいただきありがとうございます。

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