第16話
「ラフィが?何の用かしら?」
ミルフィリアが庭園でアフタヌーンティーを楽しんでいると、侍女の一人が兵士を伴ってやってきた。
彼女が王宮に戻って五日後のことである。
彼女が戻ってきたとき、護衛につけていたシリス以外の蒼龍騎士団が全滅したとの訃報を受け、王宮は一時騒然となった。
しかしそんな悲劇の中にあってミルフィリアが無事だったのは逆に吉報とも言える。
命を賭して姫殿下を守った蒼龍騎士団の遺族たちにはミルフィリア本人の嘆願もさることながら、国王が深い感謝を感じ、手厚い恩給を与えた。今後の生活費なども向こう数十年は支給すると約束した。
当の遺族たちも最初は凶報に悲しんだものだが、彼らが市井の民から姫を守った英雄と賞賛されていることを知り、また姫から直接の謝辞を承り、どうにか傷も癒え始めようとしていた。
ちなみに今回の発端となった第一王子は王宮にはいない。
放蕩息子と揶揄される彼は後ろ盾である大貴族の領地まで招待され、放蕩三昧の日々を送っている。これこそが国民から支持されない最大の理由なのだが、第一王子は全く気付いていない。
第一王子であるという理由だけで彼は国王になれると信じているし、民は無条件で自分を敬うことが当然と信じて疑わない。ある意味純粋培養なお坊っちゃんを地で行く人であった。
だからミルフィリアの暗殺は成功しきったと安心し、王宮で政変が起きそうな予兆に気づいてさえいなかった。
彼の後ろ盾である貴族たちも、彼ならば王になった暁には簡単に第一王子を裏から操れると踏んで支援を続けている。
しかし、そういう皮算用しか出来ない貴族たちも結局は王国内で爪弾き者として日陰に居たため、そういった当たり前のことを理解しないで、第一王子が王になれると信じない。ある意味似たもの同士だ。
そういう意味で言うと第二王子は常識人である。
自分の立場を正しく理解し、それに相応しくあらんと努力している。
兄である第一王子に箴言はしたものの、全く聞き入れない兄を早々に見捨て、自分が次代の王たらんと日々研鑽している。
それ故に聡明なミルフィリアともウマが合い、二人の関係は良好だった。ミルフィリアも王位継承は第二王子を指名することを疑っていない。
そういう第二王子だからこそ、彼女の生還は大いに喜んだものである。
そして今現在も王の執務の補佐役として多くの場に立ち会い、活躍中だ。
「お通しして」
ギルドを長期間離れられないラファイルが王都に来るというのは結構な事件である。
しかも父や兄たちではなく自分に対してくるのは珍しい。もちろん自分が生まれたときからの付き合いなので、親交は非常に深いのだが。
とはいえ、こうやってしっかりとした手順を組んで会いに来るということは、それほど切羽詰っているということでもないのだろう。
兵士を連れてきた者とは別の、お茶会のために待機していた次女に、ラファイルの分のお茶とお茶菓子を用意するように指示をする。
そして自分の後ろに直立不動の姿勢で立っているシリスに振り向いて尋ねた。
「ねえシリス。ラフィは一体どんな用事だと思う?」
「はっ、私には皆目見当もつきません。が、彼女ほどの人物がわざわざ姫様に会いに来るとなると、余程重要な案件があるのかと」
「そうね。正直今考えるのは無駄ですね。すぐにラフィが来るでしょうから、素直に待ちましょうか」
「はっ」
侍女がテーブルの上のセッティングをしなおし、お茶が蒸れる程よいタイミングで、待ち人は来た。
それも思いがけない人物を連れて。
「――シーナ殿?」
それは紛れもなく、彼女たちにとって命の恩人だった。
初めて会ったときとは違うウルグリアの一般的な衣装に身を包み、ラファイルの後に続いて庭園に足を踏み入れる。二人とも見た目は幼女のため――シーナは正真正銘の幼女だが――変な微笑ましさがあった。
「ミルフィリアさん、シリスさん、お久しぶりです」
シーナの存在を捉えた二人に、シーナははにかむ様に笑って頭を下げる。彼女もいきなり王宮に連れてこられ、兵士や侍女たちから奇異の目で見られていたため、知っている人と出会えて明らかにホッとしていた。
自分の主を不遜にも「さん」付けで呼んだことに侍女たちは色めき立ったが、ミルフィリア自身が手振りだけで抑えると、何も言わなくなった。
そんな一幕があってから自分のやらかしたことに気づいたシーナは、何ともいえない表情で固まっていた。それがまた微笑ましくて、思わずミルフィリアは笑ってしまった。
「みなさん、しばらくの間席を外していただきたいのだけれどいいかしら?」
「姫様!流石にそれでは姫様の安全が――」
「貴女たちはラフィがこの場に居る以上の安全を確保できるとでも?」
「し、失礼致しました!」
ミルフィリアの鋭い指摘に、侍女たちは言葉もない。
確かにウルグリアの守り神たるラファイルの強さを疑うことは、王族への背信に近いものがある。それを完膚なきまでに理解した侍女たちは頭を下げるほかなかった。
「ごめんなさいね」
恐縮する侍女たちを労わるように労いの言葉を掛けると、そそくさと、それでも優雅さを忘れない程度に彼女たちは庭園を後にした。
恐らく入り口付近で張り込んでいるだろうが、それは仕方ない。彼女たちには彼女たちの与えられた責務があるのだ。
ちなみにミルフィリア付きの侍女たちは、ただのメイドサーバントではない。
奉仕スキルだけではなく、ミルフィリアの近辺を警護する近衛兵としての側面もある。そのため、彼女たちも騎士団ほどではないが戦闘力を有している。特に人によっては諜報なども請け負うため、多彩なスキルの持ち主でもある。
だからこそ一時的とはいえ護衛対象の護衛任務を解かれるという事実は、彼女たちにしてみれば屈辱に近い。しかし命じたのがその警護対象本人であり、雇い主なのだから尊重するほかなかったのである。
「彼女たちには後でまた謝っておかないとね」
「王族がそう軽々と謝るのは示しがつかないと思うがね」
「いいのよ。私はどうせこの国の要職につくことはありませんから。王族の印象が少しでも良くなるように、周りにアピールするのが関の山ですし」
「姫様……」
あっさりと自分の羨ましくない未来を語る姿に、シリスは悲痛な表情を浮かべる。
お互いが幼い頃に引き合わされて以来、ずっと主と仰いできた人なのだ。ミルフィリアこそがもっとも王に相応しいと今でも思っているし、それこそがウルグリアにとって一番良いとも信じている。
それなのにミルフィリア本人はそれを簡単に否定してしまうのだ。彼女の性別が男であったら、歴史もいろいろと変わるのだと思うと、苦々しくもある。
もっともそうだった場合はシリスが引き合わされることもなかったのだろうが。
「ラフィ、貴女がここにきたのは実に何年ぶりかしら?」
「そうさな……四年は登城していない自信はあるぞ」
「フフフ、そう考えると実にお久しぶりね。変わらないようで嬉しいわ」
「……それは皮肉か?」
「邪推しないの。――それに」
ミルフィリアはシーナの方を向き、
「シーナ殿もお変わりなく。まさかこんなにも早く再会できるとは思っておりませんでした」
「こちらもです。ミルフィリアさんはお姫様なので、もう会えないと思っていました」
ミルフィリアとシーナは出会いこそ偶然ではあったが、そもそも身分が違いすぎる。片や一国の姫君、片や名前すら知らない田舎の庶民。これでは一生縁がなくてもおかしくないくらいである。
だからこそシーナはミルフィリアやシリスとは一期一会の関係と思っていたのだが、まさか一週間足らずで再会できるとは夢にも思っていなかったのである。
「そんな他人行儀な呼び方ではなく、前のようにミルフィーと呼んで欲しいわ」
「そんな!流石にこんなところでは呼べませんよ!」
シーナの返答に少しだけ悲しそうな顔をする。
確かにアリウまでの道中は他人の目がなかったのと、ミルフィリアの精神安定のためにも彼女の望むような行動をとった。これはキキョウの提案であり、シリスは苦々しい顔をしたものだが、事実主を真に想うのであれば、彼の提案は悪いものではなかったのである。
だが、ここは王宮であり、彼女はその主人の一人である。
一介の冒険者が気安く姫を呼んでは示しがつかないし、そもそも不敬罪に問われるのが普通だ。
しかしそこはミルフィリアの持って生まれた人の良さであり、シーナが「命の恩人」という厳然たる事実が、彼女を後押しした。
「悲しいですね。キキョウ殿なら簡単に言ってくれそうなのに……」
「「…………」」
その言葉には妙な説得力があった。
何故なら彼はミルフィーという愛称よりももっと酷い「姫さん」という呼び方をしていた。シリスから再三改めるよう叱責されたが、終ぞ変わることはなかった。
ミルフィリア自身は生まれてから一度も呼ばれたことのない「姫さん」という呼ばれ方を妙に気に入ってしまい、呼ばれる度にくすぐったそうにしていた。そんな反応がいちいちシリスをヤキモキさせていたのだが、彼女はそれに気づいてすらいない。
「呼び方なんてなんだっていいだろ。シーナちゃんが良ければ愛称で呼んであげるといい。アタシもミルフィーと呼んでいるしな」
「いや、ラフィさんだって十分偉い人じゃないですか……」
そこらへんは常識人のシーナである。年齢に似合わない疲れた顔をして溜息を吐いた。
「シーナ殿、キミさえ良ければ姫様のことを愛称で呼んで欲しい。そのほうが姫様も喜ぶ」
「おや、お堅いシリスのことはとは思えんな。いつの間にそんな柔軟な考えが出来るように?」
「ラフィ殿!お言葉が過ぎます……私だって成長しているのです」
もちろんシリスとしては下心がある。
キキョウはともかく、シーナの魔術技能は得難いものがある。彼女を手放すのは非常に惜しい。
だからこそ主の心象はなるべく良くしなければいけない。主の望むほうに導くのが自分の役目だと気合を入れなおす。
彼女としてはシーナに蒼龍騎士団に入ってもらい、ミルフィリアの護衛をしながら建て直しを図りたいのが本音である。
「……わかりました。流石に他の人の前で呼ぶのは無理ですが、このメンバーのときだけなら」
「っ!本当ですか!?」
「はい、ミルフィーさん」
「っっっ!!」
呼ばれた途端にパァっと表情を明るくするのだから現金なものである。しかし、ミルフィリアにとっては事実嬉しかったのだから、シーナとしても悪い気はしない。
少しだけ照れて頬をかきながら、目を逸らす。
「まあ、世間話はそこまでにしようか。あまり長い時間護衛を離していると、余計な疑念を抱かせてしまうしな」
話がひと段落したところでラファイルが話を戻す。
確かに彼女の言うとおり、待たせたら待たせただけ離された侍従たちはいい顔をしないだろう。
ギルド長とよくわからない少女が姫に会いに来て、人払いをさせているのだ。スキャンダラスなことは簡単に想像出来てしまう。
「そうでしたね。嬉しい再会がありましたので、ちょっとはしゃいじゃいました」
悪戯っぽく舌を出すミルフィリアに、誰もが仕方ないなあ、と思ってしまう。これが彼女のよさであり、人から好かれる所以である。彼女は距離感が近く、親しみやすいのだ。
「それでラフィ、今日は何の御用ですか?そしてシーナ殿がここにいることに何か関係が?」
「ああ、シーナちゃんは二つの理由で一緒に来てもらった。ひとつめの理由は移動手段だ」
「移動手段?」
遮るようにシリスが思わず口を挟んでしまう。
恐らく彼女が言っているのは魔術的なことだとは思うが、そんなものがなくても龍人族であるラファイルは驚異的な速度で移動が出来る。魔術なんかなくても龍技がその役目を果たせてしまうのだ。
しかし、次にラファイルから出た台詞は、シリスだけではなくミルフィリアさえも度肝を抜かれるほどの衝撃的内容だった。
「ああ。彼女はなんと飛翔魔術が使える」
「な!?」
「え!?」
「そして飛翔魔術で王都の入り口近くの森までに要した時間は一時間足らずだ。むしろそこからここまでのほうが時間が掛かっているといってもいいくらいだよ」
「「…………」」
流石にこれには言葉も出ない。
飛翔魔術とは空を飛ぶ手段を持たない魔術師にとっての永遠の課題である。
翼を持つ鳥人族などはともかく、多くの人類は空を飛べない。それは実証された事実だ。
人類の限界はあくまで「跳ぶ」ことだった。
その限界をあっさりと否定する目の前の少女に、シリスは有り得ないほどの衝撃を受けた。
このとき彼女にとって意外だったのは、見てもいないラファイルの言葉だけで、何の疑いもなくシーナを信じたことである。それくらいにはシリスはシーナのことを信用していた。
「アタシも宙に浮くという経験は初めてだったので、うまく飛べなんだ。だからシーナちゃんに抱えてもらって飛ぶという、六百年以上生きてきたアタシにとって、些か恥ずかしい経験もしたが、それを差し引いても素晴らしい経験だった。帰りもこれを経験できると思うと年甲斐もなくワクワクしてくるよ」
幼女の姿で見た目に合った反応をするラファイルは見ていて微笑ましいものがある。それでも忘れて欲しくないのは、ラファイルを除く三人の年齢を足したところで、ラファイルの十分の一にも届いていないという事実だ。
ここにキキョウがいれば「ロリババァ」という単語を思い出したかもしれないが、それは詮無いことである。
「本当にできるのですか?」
彼女の魔術技量の凄さを目の当たりにしたことがないミルフィリアは、恐る恐る尋ねた。彼女も信用していないわけではなかったが、やはり今までの常識がそれを邪魔しているのである。
「はい、できますよ」
対する十歳の少女はいとも容易く肯定する。
「でも、アリウまでの道中では一度も使用していませんでしたよね?使ったほうが迅速かつ安全に街に辿り着けたというのに」
「それは――」
「それは聞くまでもなく理解して欲しいところだね、ミルフィー。キミはシーナちゃんが初対面の姫とその護衛騎士を名乗る人間に、ホイホイと奥の手を晒すような愚か者に見えるかい?」
「…………」
「それに、あのときはキキョウくんも傍にいたんだ。彼がシーナちゃんの不利益になるようなことをするはずがない。それくらいは見てわかるだろう?」
「――そうですね。これは確かに私が迂闊でした」
「姫様っ」
「シリス。今のは私が悪いのです。貴女も初対面の凸凹コンビであるコーサカ殿とシーナ殿に、私を『一国の姫です』と正直に紹介できるかしら?」
「し、しました!」
「……え゛?」
シリスの生真面目な返答に、別の意味でミルフィリアは言葉を失った。
ミルフィリアは彼女がとても真面目で融通があまり利かないタイプの人間であることは理解していたが、この返答は流石に予想外だった。
しかし、思い返してみると確かに自分が自己紹介をするまでもなく、キキョウは自分のことを「姫さん」と呼んでいた。
そのことを思い出し、今更ながらサァ……と血の気が引く。
本当に自分は運が良かった。キキョウとシーナがいい人でなければ、自分の生涯は間違いなく終わっていただろう。
「シリス、流石にそれは無用心に過ぎるぞ。キキョウくんが少しでも悪い人間だったら、ミルフィーを人質に身代金くらい要求されてもおかしくないところだ」
「うぅっ……」
正論過ぎて反論できる余地もない。
言われてみればミルフィリアを紹介したとき、間髪いれずにキキョウに「お前バカだろ」と言われた記憶がある。
そのときも似たような指摘をされていたことを忘れたいたのだ。
ダラダラと脂汗が額と背中を伝い始め、居心地悪いことこの上ない。しかし彼女は直立不動で立つ以外の選択肢がない。この瞬間この場に於いて一番立場が弱いのは間違いなくシリスだった。
「……オホンッ。まあ、ミルフィーの気持ちもわからんでもない。シーナちゃん、できるか?」
「はい。――《浮遊》」
何の呪文も無しに魔術を発言させる技量は相変わらずえげつない。
彼女はいつの間にか右手にあった杖を掲げて魔術を発動させると、ミルフィリアとシリスは不思議な感覚に捉われた。
「浮いている……」
それはどちらの言葉だったか。
呆然と、だが噛み締めるような呟きに、ラファイルは思わず苦笑を漏らす。数時間前の自分とまったく同じ反応だったからだ。
安全を考えてシーナはほんの三十セントほどしか浮かせていない。だから視線の高さもそれくらいしか変わらない。
だが。だとしても。
「浮いている」という事実は、そんな些細なことさえも気にならないほどの意味を持っていた。
「うわっ!?」
そう叫んだのはシリスのほうだ。思わず力が入ってしまったのか、バランスを崩してひっくり返りそうになる。
しかし寸でのところで浮遊魔術の安全機構が発動し、地面から二十センチ当たり上空で寝そべる形で留まる。予想していた衝撃がなかったことで、シリスは戸惑いながらも立ち上がろうとし――失敗した。空中で姿勢を制御するのは、以外にも非常に慣れとセンスがいることだった。
そういう意味ではミルフィリアはセンスがあると言える。
「素晴らしいわ!」
感激したように手をパチンと勢いよく合わせてはしゃいだ。だというのに、姿勢は崩れない。
これにはシーナもラファイルも驚いた。
(生まれつきのバランス感覚か?それとも魔力制御に優れているのか?)
ラファイルはシーナに「魔力制御」の概念を教えてもらっている。だからそんな感想も浮かぶ。
そしてその予想は正解だった。
ミルフィリアは王族として初代の血統を色濃く継いでおり、魔力制御に秀でていた。しかしその概念を持たない世界故に、彼女はその面で認められることはなかった。この世界ではあくまで「魔術の規模と威力」が重要視されるのである。
「ミルフィーさん、すごいですね!私も初めてのときはシリスさんみたいに何度も倒れてたのに!」
これにはシーナも素直に賞賛する。
パチパチと拍手をする姿は、まるで授業で同級生が行った発表に対する反応の如く、である。
ひとしきり浮遊魔術を堪能した後、彼女は呪文を打ち消した。
三人はゆっくりと落下し――途中でラファイルも掛けてもらった――音もなく着地する。久々に感じる地面の感触に、思わず新鮮な気持ちを覚える。
「この浮遊魔法の発展系が飛翔魔法と思ってください。飛翔魔法は発動こそ浮遊魔法に比べて複雑ですが、覚えてしまえばそれほど苦ではありません」
そのあと浮遊魔術について丁寧に説明するが、今の彼女たちの魔術知識では猫に小判である。三割も理解できない内容に、彼女たちは早々にギブアップ宣言を出した。
「それにしてもあれほど隠していた魔術をあっさり見せる気になったのは何か心変わりでもあったのかしら?」
「あ、そういえば確かに」
主がふと口に出した疑問に、シリスもまた疑問に思う。
確かにあっさりしすぎだ。
飛翔魔術など前代未聞の術式である。それをここまであっさりと、理解できなかったが説明までするとは、一体どういう風の吹き回しだろう。
その疑問を解消させたのはラファイルだった。
「それはこれからいうふたつめの理由に含まれている。ミルフィー、シリス、お前たちは今から言うことを疑わずに信じ、絶対に口外しないと誓えるか?」
「何?それは一体どういうこ――」
「誓いますわ。ラフィがそこまで念押しをするということは、信じ難いけど事実であり、とてもじゃないけど公言できないレベルのこと。そして――」
一息。
「私たちに利することなのでしょう?」
そう答えるミルフィリアは、今までの無邪気な少女ではない。
そこには一国の王女が居た。
凛とした佇まいで、ラファイルを見つめる。その瞳は驚くほどに静謐を湛えている。
そのミルフィリアを見て、シリスも佇まいを直した。生真面目な彼女らしい反応だ。
「その通りだ。これから言うことはアタシが言えるギリギリの範囲の内容だ。今から言うこと以外にもアタシが持っている情報は多いが、それを口外すればアタシは殺される。――キキョウくんにね」
「「!?」」
「事実だ。それを知らなかったアタシは初対面で殺されそうになったよ」
今だからこそ笑って話せるが、あの瞬間だけは本当に恐怖しかなかった。誰にも内緒だが少しちびったぐらいである。これは墓に入るまでの残り千年弱の間も秘密にしておかねばならないことである。
「だからお前たちももし口外すると決めたなら、まずはキキョウくんにお伺いを立てなさい。彼は相手がどんな立場であろうと、躊躇はないぞ」
「……はい、わかりましたわ」
ラファイルの口調から冗談ではないと悟ったのだろう、ミルフィリアは重苦しい声で頷いた。
その反応を見てラファイルも頷くと口を開く。
「つい先日の話だが、お前たちのアドバイスに従って、キキョウくんとシーナちゃんは冒険者登録を済ませた」
「はい。おそらく六日前くらいですね」
「そうだ。その翌日にキキョウくんはギルドの依頼を受けに来る。その内容がどんなものか予想できるかい?」
「予想も何も、冒険者登録を済ませた翌日だからEランクの依頼でしょう?となると近所のお手伝いとか、そんなところでは?」
首を捻りながらもシリスは答える。
彼女も騎士ではあるが、冒険者登録も済ませている冒険者でもある。ちなみにランクはBである。騎士が本業なので、Aランクに上がれるほどの実績を積んでいないのだ。
しかし何でそんなことを聞くのだろうか?
「ヒントはランク制限なしだ。アタシは冒険者の適性判断装置で見た二人の検査結果に、その特例を出した。イビルリーパーを瞬殺できるような相手に、家事手伝いをやらせておくほどの余裕はこっちにはないからね。そんな特例を出した次の日のことさ」
そこまで言ってラファイルは思い出し笑いをしてしまう。
困惑顔で執務室に来たシャリッテから聞かされた内容は、耳を疑い、そして笑ってしまうほどのコメディ溢れる内容だったのだ。
「キキョウくんが受けたのは『幻スミレの蜜の採取』だよ」
「……………………は?」
「あら」
驚くのも何度目だろうか。いちいち驚くのも疲れてくるが、それでも驚かずにはいられないのが実情だ。
幻スミレの蜜の採取は、彼女も二年前に一度だけ騎士団の一員として行ったことがある。
イビルトレントの蔓延る樹海を抜け、様々な魔物を倒しながら進み、黒龍の眠る目と鼻の先で行われる蜜の採取は、今思い出すだけでも恐ろしいものだった。
王家の命令でなければ、二度と請け負いたくない仕事である。自分が生き残ったのもきっと運が良かったのだ。
三年に一度行われる騎士団による採取は、毎回少なくない数の死傷者を出す。それくらいに危険な仕事なのだ。
しかも、
「ラフィ様、今は黒龍の活動期ですよね?コーサカはそれを知っていたのですか?」
「もちろんこの地の人間ではないのだから知るはずがないだろう。驚いた受付が必死になって説明したくらいだ」
「…………」
その光景が簡単に目に浮かぶ。きっとその受付は最初冷やかしだと思い、のちに本気だと知って慌てて止めようとしたのだろう。
しかしこの話の流れでいくと、きっと最終的には受けたのだ。
「何とバカなことを」
キキョウの判定結果を知らない知らないシリスは「かなり強い人間」程度の認識でしかない。その程度では黒龍の足元にも及ばないのだ。
「そう。バカなことをしたんだよ、キキョウくんは」
「それでは、今日ここにいないのは彼が大霊峰に向かっているからですか?」
アリウからネクタル大霊峰までは馬車で四日間は掛かる。そして馬車を所有していないキキョウは徒歩でしか迎えないはずだ。シーナの飛翔魔術があれば話は別だが、彼女にはあそこは刺激が強い。キキョウがそんなシーナを連れて行くはずがないのだ。
「いや違う」
しかしあっさりとラファイルは否定する。
「彼はアタシがここに来るためにギルドで留守番をしてもらっている。きっと今頃はアタシの部屋で寝てるんじゃないかな?」
「ああ、まだ出発もしていないんですね」
そう聞いていくらかホッとする。
黒龍と遭遇すれば確実に命はない。ならば説得をして引きとめるべきだ。
ラファイルにそう進言するが、彼女は笑ってそれでも首を横に振った。
隣のシーナは微妙な表情をしている。
「?」
その反応にシリスも、ミルフィリアも怪訝そうな顔をするが、
「ここに採取された蜜がある、と言ったらどうする?」
そっと左の袖に右手を突っ込んだラファイルの発言に、今日最大の衝撃を覚えた。
「――――本当ですか?正直、さきほどの飛翔魔術以上に荒唐無稽な話ですよ」
自分の疑問を主が代弁してくれる。
活動期の黒龍を掻い潜って蜜を採取するのも無茶無謀な話だが、五日間で行って戻ってくるのもまず有り得ない話である。
これが全て本当のことなら、一体どれほどの奇跡が重なればそういうことが起きるのか。運というものが数値で表せるのであれば、確実にどちらかに振り切っていることだろう。
「そこでここからが本題だ。この国の政府は蜜の採取に多額の報酬をつけて依頼書を出しているね?」
「はい。それは確かです。とはいえ、誰も本気にしていませんので、かなり報酬は吹っ掛けているとも聞きます」
「そうだろう。アタシだってまず本気にしないよ。でも事実達成した者がいるんだ。だから報酬についてもしっかりと払わなければいけない。そこはわかるかい?」
「もちろんですわ。シリス、あの依頼の報酬はいくらだったかしら?」
「はい。確か三千万クロルです。姫様は吹っ掛けていると仰いましたが、あれはそれなりに正当な金額だと私は思っています。それほどに蜜の採取は想像を絶する過酷さです」
例え黒龍が起きることはないと聞かされていても、到底信じられることではなかった。それまではそうだったとしても、今回もそうとは限らない。
それほど極限状態にまで追い込まれた状況で扱いの難しい花から蜜を抽出するのだ。
それ故に騎士団員の個々に対する臨時報酬も大きいものがある。そうでなければいくら忠誠を誓っていたとしても、あんなところに足を踏み入れようとは思わない。
あそこはそういう魔界なのである。
「そうだ。三千万という金額はそれほど法外な額ではないとアタシも思う。そしてアタシは冒険者ギルドのギルド長として、報酬はその内容に見合ったものでなければいけないと思っている」
「それはそうでしょう。もちろん、金払いのいい人もいれば、どんなことをしてもない袖は振れない人もいます。しかし、正当な報酬とはそれすなわち信用に直結します」
シリスは頷く。
「そう。だからこそアタシは悩んだ。今回の件について、キキョウくんにどれほどの報酬を支払えばいいか、アタシ一人では答えが出せなかった。故にミルフィー。兄君たちには内緒で国王と密談で決めて欲しい。依頼主の責務としてね」
「――?報酬は先ほど言った三千万クロルなのでは?」
ミルフィリアの言葉にラファイルは首を振った。
縦ではなく、横に。
「それは普通の依頼達成に対する報酬だ。達成した内容によっては、それに見合った追加報酬を与えなければならないんだよ。でなければ最低限の成果を出せばいい、と鍛錬を怠る冒険者が出てくるからな」
「なるほど、確かにそうですね。シリスも知っていましたか?」
「はい。私も戴く立場でしたので。しかしラフィ様、それはあくまで例外中の例外でしょう。確かに幻スミレの蜜を採取してきたのであれば、三千万の価値はありますが、それ以上与えるとなると相手は調子付きますよ」
不遜な態度のコーサカを想像し――あれ、いつもと変わらないぞ?――シリスは首を横に振った。
どうやって黒龍の追撃を躱したのかは興味はあるが、それでも活動期に行くのがバカなのだ。休眠期に行けばもっと安全に稼げただろうに、と呆れる。
「ふむ。ミルフィーもシリスも懐疑的だな。――よろしい」
ラファイルは右手を袖から引き抜いて、テーブルに勢いよくビンを置く。
「ならばこの蜜の量の対価は、お前たちには三千万クロル程度のというのであれば、今回はこのビンの中から少しだけ寄り分けで進呈しよう。残りはギルドが買い取る」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
小瓶になみなみと注がれた透明な液体に目を瞠り、シリスは思わず声を荒げて立ち上がってしまった。
その視線は瞬きすら忘れてしまうほどに、目の前の小瓶に注がれている。
(何だこの量は。本物なのか?)
そう思うのは無理からぬことだろう。誰だってそう思わずにはいられない。
「不思議だろう?どうやって黒龍の活動期に、そこまで純度の高い蜜をこれほどの量集めることが出来たのか」
「…………」
シリスは無言で頷いた。ミルフィリアもじっと小瓶を見つめている。
「言葉で言えば至極簡単で、至極納得のいく答えだよ。キキョウくんは真正面から黒龍に相対し、実力を持って勝利した。そして黒龍の協力を得て、蜜を最大限に採取した。それだけだ」
「それは無理だ」
「無理?何故そう言い切れる?」
「それは――」
それこそ単純だ。黒龍に敵う人間など居やしない。
だがそんな簡単な反論が、シリスの口から出てこない。
自分の奥底にある何かが、それを言わせまいと口を噤ませる。
「言ったはずだよ。彼はアタシなんかは鼻歌交じりに一蹴できる程度には強い。きっと彼の強さの九割を削ったとしても、アタシは彼に傷をつけるという行為すら果たせないだろうね」
「…………それは言い過ぎでは?」
「言いすぎ?ああ、確かに言いすぎた。正確に言うならば、九割九分削ったところで足元にも及ばない。さっきのはアタシの強がりだな」
ウルグリア最強の全力が、コーサカの一パーセントにも届かないという、本人による客観的事実。
それでも彼女は恥じることなく口にする。
「先に言っておく。キキョウくんの総合ステータスはA。そしてシーナちゃんの総合ステータスはS。どちらもアタシの総合ステータスB+より遥かに強い。本人の前で言うのもなんだが、特にシーナちゃんなんて遊び心で作ったはずのSランク表示が出るほどの、人外クラスだ」
「それって褒めてます?」
「褒めてるさ。これ以上ないくらいにね。……だけどアタシはキキョウくんとシーナちゃんのどちらかと絶対に戦わなきゃいけないのであれば、シーナちゃんを選ぶ。シーナちゃんはいろいろ付け入る隙があるが、キキョウくんは違う。あれは人外ではなく、まったく異質のナニカだ。キキョウくんという敵を前に、勝てる以前に生き残るビジョンが見えない」
ランクA。そしてランクS。
それは二人にとってもまったく未知の領域だった。
そもそも冒険者ではないミルフィリアはもとより、総合ランクがCであるシリスですら想像だにできない。
「B+とAは段階で言うのであれば二段階の差でしかない。しかしその二段階はB+とB-の間とは比べ物にならない差が存在する。努力や才能なんかでは埋められない、圧倒的な差があるんだよ」
「あまり実感はないんですけどね」
ラファイルの説明に、困ったようにシーナは笑う。
確かにこういう反応を見る限り、城下町にいそうな街娘そのものだ。そこに怖さといったものは微塵も感じられない。
超一流の人たちはそういう「普段はまったく強そうに見えない存在」こそを恐れるのだが、まだ青いシリスにはピンと来ない。
「例えばの話ですが、シーナ殿はこの国を蹂躙しようとした場合、どういった手段が取れるのですか?」
「えっ?いきなりそう言われても、ちょっと想像できないです。そういうこと考えたこともないので」
「なら私が言おう。シーナちゃんなら誰からも見つからないところから魔術で超長距砲撃を決めるだけで終わりだ。特級魔術をこれといった魔力消費をせずに連射可能な魔力の持ち主、と言えばわかりやすいかな?」
「特級を連射……」
「ああ。もっと詳しく言うのであれば、複数の特級魔術を幾重にも同時展開が可能とも言える」
「何故そんなことが可能なのでしょうか?」
「それは――お前たちはシーナちゃんたちの故郷の名を知っているか?」
「――?確かニホンという国です」
一週間前のやりとりを思い出し、シリスは答えた。
まったく聞き覚えのない国。そして不思議な響きの名前。
それが彼女たちの中に妙な引っ掛かりとして記憶に残っていたのである。
「たぶんお前たちは聞いたこともない国だと思っただろう」
「ええ。実際に知りませんから」
「それもそのはず。彼らは異世界人――伝承で言うところの『次元漂流者』なんだよ」
「「!?」」
「だからアタシたちの世界の常識では測りえない技術を当たり前のように有しているのさ」
次元漂流者。
それはここではないどこかの世界からひょっこり現れる異世界人の総称だ。
とはいえそれは御伽噺の世界の出来事なので、実際にそういった存在が過去に居た、という記録は残っていない。
次元漂流者の名称も、出自を辿れば当時の娯楽小説が元だったりする。
「流石に信じられません」
「遺憾ながら私もです。いくらラフィの言葉とはいえ、そう簡単には受け止め切れません」
「だろうな。だから――シーナちゃん」
「はい」
彼女はポケットから一枚のカードを取り出した。
それはよく見る冒険者のギルド証だ。手のひらサイズのそれをシーナ本人から受け取ると、ミルフィリアはそこに書かれている内容――特に称号を確認した。
そしてラファイルが嘘を言っていない動かぬ証拠が確かにあった。
《異界の魔術師》
それは誤解するまでもない有無も言わせぬ証拠である。
「異界」という単語が全てを表していた。
「まさか《次元漂流者》が本当に存在するとは……」
「これは驚くほかありませんね」
しかしそうとわかると納得できる部分も多々出てくる。
あそこまで細かい魔術の操作を事も無げに行って見せたり、そもそもシーナの扱う魔術はまったく見覚えのないものだった。
それにキキョウとシーナの服装は、今考えてみれば非常に珍しい素材だった気がする。あんな手触りのいい布は、この辺りでは見かけたこともないほど見事なものだった。
それにキキョウは言っていたではないか。
「例えば『俺たちが異世界から転移してきた』くらいにこの世界について何も知らない前提で説明してくれると助かる」
と。
あれは比喩でもなんでもなく事実だったのだ。
そのことに思い至り、シリスは眩暈を覚えた。キキョウも堂々とよく言ったものだ。
「ミルフィーも疑わしいのであればローレイ様に訊いてみるといい。もしかしたらもっと詳しいことがわかるかもしれないぞ」
ミルフィリアはローレイ聖教の姫巫女であり、主である神ローレイと交信することができる。そのため確かに彼女の言うとおり、神であるローレイであれば何か知っているのかもしれない。
「確かコーサカは『転移系のトラップに引っかかった』と言っていました。そのときはどこにそんな古代遺産クラスの代物が?とも思いましたが、そもそもそれは異世界での話だったわけですね」
「シーナ殿も魔術を使って即席で住居を建てたり、日用品を作成していましたね。そう言った魔術がシーナ殿たちの住む世界には存在するということですか?」
「はい。確かにそう言った魔法もあるみたいです。ですが私は専門ではないので、向こうからすれば邪道と言われるものですが。そもそもあの魔法自体、本来別の魔法をコーサカさんのアドバイスで無理矢理発現しているようなものですし」
「いや寧ろ不完全でありながらあそこまでの魔術を発動できるシーナ殿の技量に戦慄を覚えるんだが……」
シーナの年齢は十歳と聞いた。
自分が十歳のときは姫を守る騎士に憧れて、父に稽古をつけてもらっていた。もちろん騎士見習いにすらなれていない。
長い下積みを経験し、騎士団に入団できたのは実に十五歳の頃。それでも周りからは「女だてらにその歳で国家騎士になれるとは」と驚かれたものだ。
王宮で働く宮廷魔術師の最低ラインは「特級魔術を扱えること」である。しかし本当に扱えるだけで、特級魔術を扱えばその代償に一回でも魔力を根こそぎ消費し、その日は使い物にならなくなる。だから普段は中級・上級魔術を扱うのが一般だ。
そして神級魔術を使えるのは宮廷魔術師の中でも二人だけ。しかも過去形だ。二人は歳を重ねすぎて使えなくなってしまい、今は魔術師を育てる側に回っている。
そもそも神級魔術などは規模が大きすぎて戦争レベルの戦いがない限りは到底投入できるものではない。
「私たち魔法師は物理的に争うことを主眼として魔法を習得したわけでは在りません。もちろん過去に遡ればその限りではありませんが、私たちは『魔法そのものの研究』を主目的として研鑽を積んできました。如何に効率的に最大限の効果を発揮できるか。それこそが魔法師にとって永遠の命題です。だから魔法を使って誰かを傷つけるとか、魔物を倒すとか、そういったことには慣れていないんです」
シーナのその説明に、彼女の不自然なまでの実力と精神のアンバランス加減の原因を理解した。
この世界の人たちにとって魔術とは「敵を倒すための術」という大前提がある。
特に人にとっては魔物や魔族といったわかりやすい脅威があり、自分たちの身を守るためにも魔術や武術の研鑽は最重要事項だった背景がある。
今でこそ役割は細分化され、戦うことなく人の生活を豊かにすることに従事する者たちも増えているが、魔術師や冒険者は魔物や魔族と戦う中で力を身につけ高めていくのが基本だ。
シーナのように戦いうことに慣れていないのに、超常的な力を持っているという例は存在しない。
「なるほど。シーナ殿やラファイルの事情は理解しました。しかしそれでもわからないことがあります」
「なんだ?」
「ラフィ、貴女わかってて言っているでしょう?――シーナ殿、特にキキョウ殿は『次元漂流者である』ことを頑なに隠していたかったはずです。それはシーナ殿たちと一緒にアリウを目指した二日間の間でわかります」
「……ふむ」
「しかしたった一週間足らずの間に何の心境の変化か、私たちにそのことを告げるまでになっている。一体何故そんな状況になったのですか?」
「うむ、そなたならそう疑問に思ってくれると思っていたよ、ミルフィー。今までの長ったらしいやり取りはこれから言うことにすべて帰結する。蜜の買取値も確かに重要だが、これから話すことこそが本当の本題だ」
ラファイルは重々しく頷き、事の次第を滔々と告げ始める――――
お読みいただきありがとうございます。