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異世界生活は魔法少女とともに  作者: 水瀬みずき
第2章:なんちゃって新米冒険者編
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第15話

「お嬢」

「後生ですから、何も言わないでください……」


 桔梗がネクタル大霊峰から《新緑の双葉亭》に戻ってくると、何とも言えない光景が待ち構えていた。

 それでも一言で言うのであれば「痛々しい」。

 彼を部屋で待っていたのはもちろん椎菜である。この部屋に入れるのは桔梗と椎菜とあとはここの従業員くらいのものだろう。そしてこの時間に従業員が来る可能性は限りなく低い。

 だから椎菜が待っているのは間違ってはいないのだ。


「お嬢」

「だから何も言わないでください!」


 朝食事を食べてから今まで分かれて別行動をしていたのだから、その間に彼女のみに何が起きたのかは知らない。

 もちろん、彼女の様子から自分のアドバイスどおり買い物に出来変えていたのであろう事は容易に想像はつくが、何故こうなってしまったかは桔梗にはわからない。

 だから自分に言えることは


「似合っているぞ、お嬢」

「うわあぁぁぁぁぁん!!」


 フリルをふんだんに使用した本物のお嬢様のような服に身を包む椎菜に、正直な感想を伝えることだった。

 しかし桔梗の優しさは椎菜には届かなかった。というより致命傷を与えてしまった。

 本当に泣いているわけではないだろうが、泣き崩れるようにベッドにある枕に顔を埋める。というか、何気にリビングに設置したベッドがお気に入りの様子である。

 桔梗は黒龍相手にも感じなかった戸惑いを覚え、この状況をどうするか考える。正直人付き合いの良いとはいえない桔梗にとって、年下の異性の機嫌をとるなど、戦場を駆け抜けるよりも苦手とすることである。

 他人にまったく興味を示さない反面、気に入った対象にはどうにも甘くなってしまう桔梗の性格もまた難儀なものであった。


「一体どうしたっていうのさ?」

「そ、それが……」


 椎菜はぐったりとした顔と声で、経緯を話し始める。

 桔梗とわかれてから今までのことを、丁寧に、詳細に。

 そして被服店についてからのくだりになって、彼女は少しだけ言いよどんだ。


「…………」


 なんとなく、予想できた。

 おそらくミクリアがこの服を推し着せたのだ。彼女に似合う服を勧めるのは別にいい。きっとそれは当人にとってもそれほど悪いことではないだろう。

 しかし、やり方がマズかったのだ。

 どちらかというと椎菜が受け身体質なのはここ1週間ほどの共同生活でわかっている。

 本当に嫌なことであれば彼女も抵抗するだろうが、彼女にとって不幸だったのはミクリアに悪気がなかったということだろう。ミクリアの第一印象も非常に良い。きっと人の嫌がることはしない。そんな気風の良さは少ない時間で理解している。

 だから椎菜も断り切れなかったのだ。自分のために良かれと思ってしてくれることを、「必要ない」と切り捨てられるほど彼女は成熟をしてもいなければ、嫌な人間でもない。

 結局最後まで着せ替え人形の如くもてあそばれたに違いない。

 宿に戻ってきたときに受付に居たミクリアの肌艶が妙によかったのは思う存分堪能したのだろう。後のフォローは全て桔梗に丸投げをして。

 ポツポツと本人の口から伝え漏れた経緯はその予想とさして違いはなかった。

 違いを挙げるとすれば、相手はミクリアだけではなく、女性店員にまで及んだらしい。寧ろ予想より酷かった。


「まあなんだ……災難だったな」


 この様子だと服だけに飽き足らず、下着の種類にまで手が及んだことだろう。そしてそれは事実だったのだが、流石に彼もこれ以上空気をぶち壊したくはない。

 彼は無知を装って慰めの言葉だけを伝えた。

 それが椎菜にきちんと伝わったかは……自身がない。





 翌日。

 桔梗は一昨日、昨日に引き続き本日も冒険者ギルドに足を運んだ。

 目的はもちろん依頼達成の報告と報酬の受け取りである。

 昨日は夜も遅く通常窓口は仕舞っており――一応職業柄夜勤の職員は居るものの、緊急以外では通常の依頼関係は受け付けてもらえない――シャリッテも既に退勤したとのことだったので、当日の報告は諦めていたのだ。

 ちなみにオーガの討伐は本日の午前中で既に片付けている。

 オーガも人類にとっては正しく脅威なのだが、黒龍に比べれば大したことがないし、知能も低くて会話にすらならなかったので、普通に討伐して終わった。

 報告には三十以上居る、とのことなのだが、森周辺にまで足を伸ばし、合計四十四匹殺したところで気配を捕らえなくなったため終了とした。恐らく三十以上狩れば文句はないだろう。


「あ、コーサカさん!」


 建物に入った途端、桔梗に気づいたシャリッテに声を掛けられる。

 入り口からカウンターまでは、決して長くはないがそう短いわけでもない。そんな端から端まで届く声だったため、桔梗は周りから要らぬ興味をもたれてしまう。

 辟易としながらもカウンターまで近づくと、シャリッテもカウンターの脇からこちら側に移動してきて、彼の目の前で止まり一礼した。

 そこには全てを事務的にこなそうとし、失敗したバツの悪さを感じる。彼女も過敏に反応しすぎて注目を浴びてしまったことに羞恥心を抱いていた。


「お待ちしておりました。ギルド長がコーサカさんをお待ちしていました。来たら執務室までお呼びするよう仰せつかっております」

「ラフィが?何でまた」

「それは……おそらく昨日受けたご依頼に対するアドバイスだと思います」

「アドバイスねぇ……」


 アドバイスも何も、受けた依頼はすべて達成してしまっている。これから薫陶を受けたとしても、何の意味もなさないだろう。

 しかし黒龍の強さがこの国にとって類を見ないレベルであることも理解している。

 だからこそここでまた要らぬ誤解を与えてしまうのは得策ではない。

 ある程度の事情を知っているシャリッテと、それ以上に知ってしまったラファイルだけに伝えたほうが無難である。

 桔梗はシャリッテの言葉に頷くと、一昨日通されたドアを再びくぐる。

 余談ではあるが、冒険者ギルドは意外と広い。

 面積の三分の一を冒険者たちのスペースやカウンターに使用していると前述したが、それはあくまで「一階スペース」の話である。

 この建物は上二階、地下一階の計三層構造になっており、一階の残りの部分は職員のためのスペースとなっている。事務室や資料室、休憩室や応接室、そしてカフェのための調理室などが存在する。

 地下は倉庫だ。武器や防具から緊急時の食料や日用品の備蓄。預かった依頼の報酬や、冒険者ギルドがもつ資金など、あらゆる物が置かれている。それ故に当然だが警備も厳重である。

 そして二階はまるまるギルド長のスペースだった。

 千年近く生きているため、アリウの冒険者ギルドのギルド長はラフィが初代にして現役である。だからなのか二階部分は彼女の執務室だけではなく、彼女の研究室や居住スペースなども存在する。

 ラフィが二階部分を住居にしているは、何も生臭だからという理由などではなく、先ほど言った警備の側面が強い。

 どんな名うての冒険者や悪党でも、流石に龍人族の警戒を突破するのは至難の技どころか無茶無謀である。

 またそれ故にギルド職員も汚職など出来るはずがなく、ラフィ以外は何代にも渡って公明正大を旨とし仕事に励んできたのである。そもそもそんなことをするような輩は、まず採用されることもないのだが。

 そして建物内だけに留まらず、裏手には大きな広場があり、訓練施設も存在する。こちらの感覚で言うのならば「トレーニング室」と「体育館」と「グラウンド」だ。自力を付けたい冒険者や、ギルド側が戦闘力を不安に思った冒険者を半強制的に訓練させる施設である。

 もっともそう言った意味では桔梗には縁のないところだろう。

 椎菜も縁がないといいたいところだが、人を傷つけることを極端に気後れする彼女が覚悟をつけるためにも必要な場所かも知れない。


「ラフィ様、コーサカさんをお連れ致しました」

「おお、入れ入れ」


 階段を上り、ラフィの執務室まで来たシャリッテは、先日と同じく扉をノックして主の了解を得、ドアを開く。

 そんな後姿を下心なしに観察していた桔梗は、促されてドアをくぐる。

 そこには相変わらず幼女にしか見えないラファイルの姿が在った。


「よくきたなキキョウくん。黒龍は強かったか?」

「ん?まあ、ほどほどに戯れてきたよ」


 幼女の顔で人の悪そうな笑みを浮かべ、開口一番放ってきた言葉に、桔梗はすんなりと受け流す。

 流石に桔梗の強さをある意味正しく知る人物である。彼女は既に桔梗がネクタル大霊峰に足を踏み入れ、黒龍と対峙していたことを信じて疑わなかったのだ。


「――――へ」


 そして話のついていけない人物もまた一人。

 シャリッテは未だ依頼は準備段階であり、街を出るのもまだまだ先の話と思い込んでいた。

 それもそのはず。本来Aランクの仕事はそんな片手間な時間で達成できるものではない。

 最低でも一ヶ月、最長で年単位でこなす依頼も普通にある。それほどまでに内容は厳しいのである。

 しかも今回はそんな依頼を単独で受注するという正気の沙汰ではないレベルの話である。いくら桔梗が規格外であっても、まだまだ彼女の想像は生ぬるかったのだ。


「黒龍って……もうネクタル大霊峰まで行かれたんですか!?」

「まあね」

「まあねって、そもそも片道でも馬車で四日掛かるところですよ!それを往復で一日ってちょっとおかしすぎです……」

「シャーリー。異世界人のキキョウくんたちをアタシたちの常識で考えちゃいけないよ。恐らく距離を稼ぐ魔術くらいは存在するはずだ。例えば――空を飛ぶ、とかね」

「飛翔の魔術は確かに存在する。現にお嬢が使えるしね。ただ、今回の件に限って言うなら不正解。そもそも俺は魔術が使えない。だから裏技を使っただけさ」


 桔梗は飄々と答える。


「それに、だ。いくら距離が離れているとはいえ、昨日の夜に大霊峰の頂上から黒龍のブレスと思われる波動が二度確認できた。ほとんどの人々は気づいていないようだが、恐らく今頃王宮あたりは『黒龍の襲来か!?』なんて大慌てだろう」

「えぇ~~」


 人知れずに行われていた壮絶な戦いを上司の口から聞かされたシャリッテとしては気が気ではなかった。

 黒龍とは自分たちからすれば伝説の生物である。

 騎士団の中でも精鋭たちがやっとの思いで辿り着くネクタル大霊峰の山頂に住まう大陸の覇者。そんな騎士団やラファイルですら休眠期で黒龍が眠っているときにしか足を踏み入れられない。

 黒龍は何故か聖王都から目と鼻の先にいるにもかかわらず、一度も攻め入ってくることはなかったが、だからと言って優しいわけではない。難度か討伐体を遥か昔に編成し挑んだことがあったが、あっさりと全滅した。そして五代前の王の時代は休眠期の無謀なときならば、と勇んでみたものの、結果は前述したとおりである。

 黒龍は自分行き場を剥くものには決して容赦はしない。

 この国では「いいコにしてないと黒龍が食べに来るぞ」というのは子供を躾ける際の定番の台詞である。それほどまでに黒龍の存在はこの国にとって根深いものがある。

 考えても見れば初代の国王は何故こんな危うい場所に国を作ったのか。これは歴史家にとっての永遠の命題とも言える。ちなみに王家の資料にもそう言ったことは書かれていないらしい。

 そんな黒龍の活動期にネクタル大霊峰に足を踏み入れるなど、正気の沙汰ではないのである。

 シャリッテはもう桔梗という人物を己の常識ものさしで測るのを諦めた。この人はこういう存在なのである。そう強引に結論付けて。


「そんなことより依頼だ、依頼。こっちとしては金が欲しい。幻スミレの蜜はこれ」


 ゴトリとポケットから小瓶を取り出し、机に置く。

 原始の霊薬ひとつに必要な蜜の量は約三滴。幻スミレの花ひとつに含有されている蜜の量はそれこそ雀の涙といわれており、休眠期とはいえ黒龍の寝床で量集めるのは決死の覚悟で行われると言われている。その蜜が小瓶いっぱいになみなみと詰まっていた。

 アレだけあれば霊薬をいったいくつ作れるだろうか。否、霊薬だけではない。量ゆえに霊薬にしか使えなかった希少な材料があそこまであれば、きっと他のレシピも作れるであろう。それこそ霊薬を越える効能を持つ薬の研究も出来るかもしれない。


「こんな量を一体どうやって?」

「ああ、それは確かに気になるな。いくらなんでも人の手でやるには途方もない時間を要するぞ。キキョウくんがそんな手間を掛けるとは思えないなあ」


 あんまりな言い草である。でも事実なので桔梗としては反論も出来ない。

 彼は右手で後頭部をかきながら、バツの悪そうな顔で答えた。


「グラキスの旦那に手伝ってもらったんだよ。アイツああ見えて繊細な力の制御が得意だったみたいで、花を一手に集めてまとめて蜜を抽出してもらったんだ」

『グラキス?』


 知らない名前の登場にシャリッテとラファイルは揃って首を傾げる。


「ああ……って、あれ?もしかして知らなかった?黒龍の名前、グラキスって言うんだよ。本人――本龍?がそう言ってたんだから間違いないと思うぜ」


 さらっと歴史上の新発見を暴露された。

 まあ、もちろん黒龍も知性ある個体なのだから、名前があってもおかしいことではない。寧ろないほうがおかしいかもしれない。


(しかし、なんで死闘を繰り広げた相手と名前を交換するくらい仲良くなってるの?というか、黒龍って討伐されたものとばかり思ってたんだけど)


 ここに桔梗がいるということは、黒龍との戦いに勝ったからというほかない。しかし、その黒龍は生きている。その事実をどう受け止めていいのかわからない。


「一体どういう結末だったのだ?昨夜の戦闘は」

「俺の勝ちだよ。そして勝者の権利として、今後必要な分だけ幻スミレの蜜の採取が自由にできるようにしてきた。と言っても過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。度が過ぎた場合は旦那の判断に任せるといい含めてある。その意味はわかるな?」

「……けん制か。キキョウくんも意外とそういうの気にするクチか。ちょっと意外だな」

「まあね。俺はここでは異邦人だから、あまり世の情勢には関わりたくないし、俺のしたことで世情を変えたくもない。もちろん、俺やお嬢になにかあれば、その限りではないけどね」


 確かに今回のことが事実であれば、ウルグリアにとって非常に利することになるのは間違いない。

 始祖の霊薬の材料のひとつであり、単体でも高い治癒力を持つ幻スミレの蜜。それがほぼ無尽蔵に手に入るとわかれば我先にと乱獲するだろう。

 そして高価な霊薬がタダで手に入るようなものである。これを使って荒稼ぎするようなことも可能になるし、他国への侵略の際にも幅広い層に支給できるかもしれない。

 それによってウルグリアが西の大陸を制覇することも現実味を帯びてくるのだ。

 だれだってそんな様々な戦端の原因になどなりたくはないだろう。シャリッテは桔梗にある種の同情を感じながらも、彼の好判断に感嘆する。


「ま、それがよかろう。愚か者どもが先走って大変なことをされても困るからな。今度黒龍殿と話しをしたいのだが、可能だと思うか?」

「大丈夫じゃないか?採取の条件として今後も定期的に旦那とじゃれあう約束してるから、また会うと思うし。それに戦っていないときの旦那は結構大人だったよ」


 もはや黒龍に対する評価とは思えない言い草に、シャリッテは気の遠くなるのを感じる。

 きっと桔梗にしてみればその通りの評価に過ぎないのだろうとは思うが、伝説の黒龍のイメージがどんどん壊れていっているのは気のせいか?


「うむ。蜜も本物のようだな」


 蓋を開けて匂いを嗅ぐと、ラファイルは満足そうに頷いた。彼女もまた採取経験が何度もあるため、真贋の区別は容易い。疑っているわけではないが、仕事上確認する必要は出てくる。そしてラファイル以外の職員では、使用しないとその効力で確認が出来ないため、結果的にラファイルの仕事になるのだ。


「ギルド長の名に於いて依頼の達成を承認する。キキョウくん、ありがとう」

「別に俺は金が欲しいだけだよ。あまり感謝されるとこそばゆい。――それと、他の依頼の達成確認はどうすればいいんだ?一応魔物の死体を持ってきているんだが」

「うん?討伐部位じゃなくて死体?」

「ああ。何に値がつくかわかったもんじゃないからな。一応殺したものは森に居た樹の化け物以外は全部回収してきたよ」


 シャリッテは彼の言っていることが理解できなかった。

 黒龍を相手取る強さがあるのだから、大霊峰の他の魔物が相手にならないというのはもう疑う余地がない。きっと道中のバジリスクやオーガを完膚なきまでに叩き潰してきたのだろう。

 そして確かに魔物は普通の家畜よりは高値が付くものが多い。

 ただ、当たり前だが持ち運ぶには限度がある。どんなに大漁でも、自分のキャパを越えるものは持てないのだ。

 特に単独で出かけた桔梗では、討伐部位を持ち帰るのが精々だろう。オーガなんて一体でも持っていたら、それだけで動きづらくなる。


「とりあえず、バジリスクだけでもここに出すか?」

「え?出すって一体何を――」

「《解放》」


 ドサドサドサっと。

 シャリッテが全部言う前に、目の前に山が出来た。


「――――え゛」


 それは信じがたいものだった。

 それは彼の言うとおりバジリスクだった。そのバジリスクが何十体と目の前に積まれてた。

 ギルドの建物は戦時中でも砦の機能が果たせるように、非常に頑丈な造りになっている。そのため、いきなり現れたバジリスクの重量を以ってしても床は見事に耐え切る。

 そのため予想された阿鼻叫喚は未然に防がれた。


「なななななな!」

「落ち着いてシャーリー。何度も言うけど、いちいち驚かない」

「いえ、そうは言われても無理でしょう!?」

「先に言っておくが、空間を使ったインチキみたいなものだよ。向こうの世界でも似たような魔術は実用化されている」

「なるほど、収納魔術か。便利だな。今度教えてもらいたいものだ」

「俺は使えないからお嬢に聞いてくれ。彼女は使えるよ」


 そう言って収納魔術の概念だけラファイルに伝える。当然だが魔力を持たない桔梗に実演はできない。彼の異能は魔術では説明が出来ない代物なのだ。


「よかろう。一旦バジリスクは仕舞ってくれ。夜に外のグラウンドで改めて検分したい。そのときには御用の商人たちを召集するが構わないか?」

「いいよ。俺のことを黙ってくれるんなら」

「そこは信用してくれとしか言いようがない。もしかしたら興味を持つヤツがいるかも知れんが、そのときは適当にあしらっておくれ」

「了解した」


 彼はそう言ってもう一度バジリスクを仕舞う。

 二十体以上は居たと思うので、それだけで百万クロルは確定である。否、幻スミレの採取をすでに達成させているのだのだから、三千万クロルに百万クロルが上乗せされるのだ。そう考えると百万ぽっちという在ってはいけない感想を抱いてしまう。

 街で一般的な職業についた場合、月の収入の平均は二万五千クロルほど。その中でも比較的高給といわれる冒険者ギルド職員のシャリッテも月収は三万八千クロルだ。日本円にして三十八万円と考えると、二十歳そこらの女性の稼ぐ金額としては確かに高い。

 しかし、そんな彼女の六十八年分の収入を一日にして稼いでしまった年下の少年に、シャリッテは言葉も出なかった。

 素質に恵まれた人間というのは、ただそれだけで勝ち組なのだと思った。


 最終的にオーガ討伐の報酬と、バジリスクの討伐数の上乗せ分、そして魔物の買取で更に二百五十万クロルほど増額することになるのだが、今のシャリッテには想像もつかないことだった。

お読みいただきありがとうございます。

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