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プロローグ

初投稿です。よろしくお願いします。

「止まってください!」


 少年の第一印象はまさに「冴えない」という言葉がぴったりだった。

 決して容姿が凡庸であったり悪いというわけではない。寧ろ整っていると言ってもいい。十人の女性に彼の容姿を問われても、きっと「格好悪い」という評価はないだろう。

 しかし。

 そう。しかし、だ。


「…………はぁ」


 呼び止められた少年は、かったるいとばかりに溜めに溜めた息をはく。その表情は気怠げ。不愉快さを隠そうともしないこの態度というか雰囲気が、全てのプラス要素を鼻で笑ってしまうくらいに台無しにしてしまっている。

 だというのに、律儀に立ち止まっているのだから案外付き合いがいい。

 彼は手に持ったアタッシェケースを背負い直すと、明らかに歳下とわかる声の主の少女をを見上げる。

 あろうことか。少女は中空に制止していた。


「…………魔法少女?」


 少年は言葉に出してすぐに後悔した。何故ならば恥ずかしかったからだ。それはもう記憶から削除したいレベルで。

 しかし彼の葛藤はべつにして、それでも彼の言葉は的を射ていた。

 少女は魔法少女に他ならなかった。

 彼はそういったジャンルのアニメや漫画を嗜んでいるわけではないので詳しいことなど知る由もないが、それに情熱を捧ぐ者が見れば、滂沱の涙を流したことだろう。それほどまでに少女は魔法少女として完成していた。テンプレートと言い換えていい。

 十歳前後という年齢に加え、機能美というものに喧嘩を売っているのかと思いたくなるようなコスチューム。豪奢でありながら華美ではない、布をふんだんに使用した白を基調としたその服は、いわゆる「正義の魔法使い」というに相応しい。

 そして何よりも彼女を魔法使いたらしめているアイテムは、何と言ってもその右手に握られたロッドだ。中世を彷彿とさせるデザインではなく、あくまで近未来的。それがまあ彼にとってはこれ以上にないほどに胡散臭さを演出しているのだが……。

 つまるところ、ベクトルは違えど二人とも常識外れだったのである。

 片ややる気の見えない胡散臭い少年。片やファンタジー世界から抜け出してきたかのような、現実離れした魔法少女。

 普通に生きていれば一生交わることのなかった二人は何の因果か出会ってしまった。


「お嬢ちゃん、こんな夜更けにどうしたんだい?正直君のようなコが起きていていい時間じゃないのだが」


 これでもかというほど非日常をバラ撒く魔法陣からこぼれ出る粒子を眩しそうに目を細めながらもどうにか口にする。ロッドの先端は狂うことなく彼自身をロックしていた。

 彼の言いたいこともわかる。

 現在午前二時。所謂丑三つ時である。間違っても推定小学生が起きていることはもちろん、在ろうことか外出していい時間帯ではない。

 心配という感情を微塵も感じさせない平坦な口調であるものの、そこには少量の非難が含まれていた。

 つまり不愉快。

 しかし少女はその質問には一顧だにせず詰問するような口調で彼を批難する。


「あなたは何を運んでいるのか理解しているのですか!?」


 少女の視線は彼の持つアタッシェケースに注がれていた。

 正直な話、彼女は彼と会話をする余裕はない。一刻も早く彼からあの中身を回収し、事態の解決を図りたい。

 彼女の脳裏には夕方の一幕が思い出されていた。



「しーちゃーん!」


 後ろから聞こえる自分を愛称で呼ぶ声に、亜沙桐椎菜は足を止め振り返る。

 腰まで伸ばしたお気に入りの髪が動きに釣られてふんわりと花開くように広がる。


「優ちゃん、どうしたの?」


 同級生の志楽優が追いつくのを待ってから椎菜は尋ねた。


「今日って用事ある?よければみんなで一緒に遊ぼうよ」


 優は屈託のない笑顔で椎菜に呼びかける。

 中高生であればこのまま帰り道にどこかに立ち寄るのだろうが、彼女たちは小学生である。好きにできるお金もわずかしかないため、基本は家に帰って着替えてからの健全な遊びだ。

 今日は公園か家でゲームか。はたまたスポーツか。

 優の後ろを見れば、少し離れたところで共通の友人たちが期待するような目で椎菜を見ている。

 そんな彼女たちに椎菜は困った顔で答えた。


「ごめんっ、今日は習い事があるの!」


 申し訳なさそうに手を合わせる椎菜。彼女としても許されるのであれば友人たちと遊びたかったが、それでも優先しなければならないこともある。それが正しく今日なのだ。


「えぇ〜、そんなぁ〜」


 言われた優もはっきりと残念そうに眉をひそめる。小学生なのだからそこらへんの感情表現は結構ストレートだ。

 同年代の少年少女たちより多少大人びた精神を持つ椎菜にはその反応には少し心が痛い。


「ほんっとーにゴメン!また今度誘ってね!」


 居た堪れなくなった椎菜はそれでも笑顔を作り、手を振って別れた。

 本当にいつからこんな厄介な人生を歩むようになったのかと心の中で首を傾げながら。


 亜沙桐椎菜十歳、小学五年生。

 そこそこ裕福な家庭に生まれ、バリバリの進学校でもないが、それでも地元ではそれなりに有名な私立小学校に通う亜沙桐家の一人娘である。進学校に通うようになった理由は極めて簡単、母親の母校だったからだ。

 幸い友達にも恵まれ両親からも愛された彼女は九歳まですくすくと育った。

 しかしその夏に転機となる出来事が起きる。今までの常識が裸足で逃げ出すような、そんな出来事。

 それが魔法との出会いだった。

 現在彼女が師と仰ぐ女性に魔法によって事故から助けられた経緯は、死を間際にした幼子にとっても非常にショッキングな出来事であった。

 それからというものうっかり魔法の適性を師から見出され、あれよあれよという間に力をつけてしまった椎菜は、その世界ではそれなりに名を売ってしまった。

 故に地元の警察が懇意にしている神社の巫女――ときにはこれも魔法関連で知り合った――から頼まれごとをされてしまうのであった。


「数日後の深夜に運び込まれる|《神器》(アーティファクト)を回収する手伝いをして欲しい」


 咥えタバコが似合う神社の巫女は、椎菜に配慮してか火を点けずに唇で弄びながらそう頼まれた。

 《神器》

 読んで字の如く「神の器物」。人の手では到底至ることのできない境地に在る上位存在である。

 出鱈目な出自に相応しく、その性質も凶悪。「在るだけで世界が書き変わる」とまで言われる特殊能力を秘めているモノが殆どだ。人類の叡智の結晶と言われる現代魔術も《神器》と比べてしまうと幾段も見劣りしてしまう。

 それはそうだろう。数百人――ときには数千人規模で長時間練り上げるような儀式魔法を凌駕するレベルの魔法を、唯の一人がたった一工程で発動させてしまうような媒体なのである。最早笑うしかない。

 人が扱えるまでにダウングレードした神の奇跡を《神器》と言うのであれば、果たして神様そのものはどれだけ非常識なのか。

 それはさておき。

 夜まで自宅で良い娘を演じた椎菜は「もう寝るね」と両親に告げた後、自室に身代わりを魔法で作り出し、夜の街に繰り出した。

 魔法という世界に身を置いてしまったために、結果として両親を裏切ってしまっていると感じている椎菜は、一刻も早く解決しようと精力的に見回りをした。

 巫女は他にも有志を募ると言っていたので、きっとどこかに同業者がいるのだろう。椎菜はボランティア感覚で金銭のやり取りをしているわけではないのだが。

 見回りを始めて今日で三日目。そろそろ何かしらの収穫が欲しいものである。

 聞いた話では《神器》の輸送は最高レベルの運び屋が請け負ったらしい。

 どこからともなく現れ、そして誰にも捕捉されることなく姿を消す正体不明の運び屋。|《亡霊》(ファントム)と呼ばれ忌避される存在。その正体は依頼主すら知ることがない。それでいて依頼達成率はパーフェクトという花丸印。追う側からしてみればこれほど厄介な相手もない。

 しかし椎菜の豪運か、はたまた神の采配か。椎菜はその亡霊と出会ってしまったのである。



 少年の持つアタッシェケースからはこれでもかというくらいの魔力が溢れて出ている。封印状態でこれなのだから、これが悪意を持ってこの世に解き放たれてしまえば、どうなるかは想像に固くない。

 きっと想定した最悪のケースを数百倍濃縮した災厄が降りかかるのだ。

 椎菜は内心ブルリと身震いし、それでも気丈に構えた。


「…………」


 対する少年は無言。彼女を観察するような目つきで――それでも気怠げだったが――見上げたまま。

 椎菜は確信する。彼は《神器》の恐ろしさを知らずに巻き込まれてしまっただけだと。


「貴方が持っているそれはとっても危険なものなんです!だから大事になる前にこちらに渡してください!」

「…………」


 そう必死に説得するも、少年は慎重だった。


「そうは言われてもね。こちらにもそれなりの理由は在る。それに――お嬢ちゃんに渡したところで事態が好転するかなんて、誰にもわからないだろう?」

「貴方は騙されているんです!!」

「それはキミにも言えることだ。キミが俺を騙していないという保証はないし、それ以前にキミが誰かに唆されている可能性だって捨てきれない。ホラね、となると議論は堂々巡りだ。結論は『否』だよ、お嬢ちゃん」

「でも!」


 例えそうだったとしてもこのまま放置すれば危険だということは確かである。少年は気付いていないのか飄々としてはいるが、アタッシェケースに収められた《神器》からは途方もないほどの魔力が溢れ出している。椎菜は知る由もないが、この状況は椎菜自身が持つ魔力が《神器》に干渉した結果である。《神器》は適正のあるものに惹かれる傾向がある。しかしそれを指摘できる人間はこの場にいなかった。

 だがそれよりも何より相手が悪い


「まあ、そんなわけだ。だからその物騒なモノはそろそろしまってはくれまいか?」


 突き出されたロッドの先端からは今にも解き放たれようとしている魔力が主の号令を待っていた。いくら見た目がファンタジーでも、それを軽視しない程度の分別はあったらしい。

 少年はいつでも離脱できるように身体に力を込める。


 ――それが引き金になるとも知らずに。


 瞬間、アタッシェケースが轟音とともに内側から爆発した。

 炸裂弾のように破片が周囲にばらまかれる。

 椎菜は咄嗟に待機させていた捕縛術式から防御術式に切り替え魔力による防御力場を発生させる。この機転の早さとそれを実現可能にする逸脱した魔法行使スピードが、彼女を有名にした最たる理由である。

 頑丈であることをウリにしていたアタッシェケースの破片が、悲鳴を上げるように障壁とぶつかる。一応これでも師の上級魔法ですら防ぐ防御魔法である。この程度の物理攻撃ではビクともしない。

 しかしそんな彼女ですら間一髪というタイミングであった。

 であれば、彼女より至近距離にいた少年は絶望的ですらあった。


「チィッ!」


 彼はとりあえず悪態をついてから回避行動に移る。彼からは一片の魔力反応すら感じられない。故に防御は不可能。彼の選択肢は間違ってはいない。

 しかしそもそも回避できるタイミングではない。


「あぁっ……」


 自分の身を守るのに精一杯で、少年に対して何もできなかった椎菜には何の落ち度もない。

 しかし彼女自身には「見殺しにしてしまった」という後悔が膨れ上がる。自分が呼び止めたことが全ての発端であるとすれば、彼の死因は間違いなく自分にある。

 後悔が時間の感覚を引き延ばす。

 そして同時に信じられないモノを目にする。

 そして直後体験をする。


 自由の身になった《神器》が中空で眩いほどの光を放つ。

 そして幾筋も尾を引いて飛び出していく帯状の術式が、自分と少年に群がった。

 先程まで自分がセットしていた捕縛用の術式とは文字通りレベルの桁が違うほどの精密で容赦のない術式が迫りくる。


(ダメッ!?)


 障壁を最大出力で展開するも、嘲笑うかのようにいとも容易く打ち砕かれる。無駄だと心の中で諦めた弱い自分が顔を出す。

 拘束。

 見れば少年も両手両足を拘束されていた。怪我がないのが奇跡であると同時に、最悪の災厄に巻き込まれたという比べるもののない程の不運。

 知覚できたのはそれまで。

 視界とともに漂白されていく意識とともに、


 ――まぁ、あれだ。向こうもそれなりに刺激的だぞ?楽しんでこい××××


 聞いたこともない誰かの楽しそうな声が微かに直接頭に響いた。

お読みいただきありがとうございます。

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