よくあるトリップ。
流行りのトリップものを書いてみたかった感じです。
世の中の不思議というものは、意外と近くに転がっているものである。
けれどその不思議の主人公が決して自分であるとは限らない。
そんなことを、私、宮村想子は目の前の光景から逃避するようにぼんやりと考える。
まず思ったのは、何処だここは、という至極当然の疑問。はて、私はさっきまで図書室で課題をやっていたはずなんだけど。なんでこんな煌びやかなお姫様部屋で、ロココ調の家具に囲まれているのか。
「■■■、■■■■■■、■■■■」
「……っそんな、帰る方法はないんですか!?」
そうして、なぜ学年一の美人さんと名高い神崎愛理さんが四人のイケメンに囲まれて困惑しているのか。
私にはイケメン達の喋ってる言葉が全くわからないのだけれど、神崎さんには通じてるっぽい上に日本語で返してるのに通じてるのはなんでだろうか。異文化コミュニケーションがこんなに見事に成立しているのを初めて見たよ、私。
「■■■■、アイリ」
ああ、これ夢です? もしかして図書室で寝てしまいました? やだな疲れが溜まってるのかしら。ほっぺたつねってみたら夢から覚めないかな。
とりあえず実践しようとむにっと頬を引っ張ってみると、あれ、痛いんですけど。
「私が花嫁だとか、意味わかりません!じゃあ彼女は何かあるんですか!?」
必死にイケメン達と話していた神崎さんが、突然こっちに話題を振ってきたことで、逃避の為の脳内のアレコレが霧散する。
神崎さんの手が指す私の方へ、部屋の中の視線が集まる。
「……ええと……こんにちは?」
イケメンと美人さんの視線を一身に受けて、私はむにーっと頬を引っ張っていた手をそっと外し顔を引きつらせながらそれだけ言った。
訝しげな顔を隠しもしないイケメン達は、私の言葉がわからなかったのだろうか。首をかしげる人、眉を寄せる人、思い切り不審なモノを見る目でこっちを見る人、驚いたように目を見開いて私を見つめる人と多種多様にこちらを見て何か言ってくるのだけれど、なにぶん言葉がわからないせいでどう見ても歓迎ムードではないことだけしかわからない。
「……神崎さん、だよね? ええと、これ、なんなの」
そもそも話したこともないので一応名前を確認しつつそう聞けば、神崎さんは「私の名前知ってるの?」と驚いたようだった。そこじゃない、神崎さんそこじゃないです。
「ええっと、私にもまだ良くわからないの。なんか、私を花嫁だとか意味わかんないこと言ってて」
「あー……テンプレ乙です」
なんだろう、ウェブ小説とかで流行っていた異世界トリップ的なものらしいことはわかりたくないけどよくわかった。ついでに、先程考えていたとおり主人公が私ではないことも。
泣きたい、とげんなりしつつ、私以上に感情を高ぶらせている神崎さんを見てるとどうにも落ち着いてしまう。
心底困った様子で私に説明してくれた神崎さんは、私を呼ぼうとして名前を知らないことに思い至ったらしい。眉を下げて「ええと」と言いよどむ彼女に、「あ、宮村想子です。神崎さんの隣のクラスの」と軽く自己紹介した。
想子ちゃん、とはにかんだ神崎さんは、うん、可愛かった。ほらだってそこのイケメンたちも顔赤らめてるよ。
「私のことは愛理って呼んでね」
ほんわかと自己紹介しながら、先ほどの神崎さん……改め愛理さんの言葉に内心首を傾げる。
とりあえずフレンドリーに接してくれる愛理さんは、可愛い。しかしだ。花嫁とはどういうことだろうか。なに、愛理さんあのイケメン達の花嫁なの? え、イケメン四人いるけど、一夫多妻ならぬ多夫一妻?
「……というかさ、私には言葉が通じてないんだけど、愛理さんは通じてるの?」
ぐるぐる考えながらも、出てきた言葉はこれだった。うん、冷静装っているけど、宮村想子は混乱している。愛理さんが通じてないの!? なんて叫んでるところを見ると、わかってはいたけど愛理さんは言葉に不自由はないようだ。
なんで私が言葉が通じてないかは大体わかる。私が主人公ではないからだ。
「なんなの、どういうことなの……」
しょんぼりしながらそう呟いた愛理さんに、四人のなかから一人が話し掛けた。黒い髪、黒いローブと全身真っ黒なイケメンさんだ。名前わからないからクロ(仮)とでも呼んでおく。
彼は他の三人とは違って私にも笑顔を向けてくれたので、私の中ではいい人かもしれない認定をされている。他の三人? 嫌な人認定してるよ、勿論。
「■■■■、■■■■■■■。アイリ■■■■、■■■?」
クロ(仮)は私を指さし、次に彼自身を指さし、そうして頭を指す動作をしながら愛理さんに何事かを話している。まわりのイケメンが眉を寄せているところを見ると、あんまり歓迎されることではないっぽい。
不安げな佇まいでそれを聞いていた愛理さんは、私を見て、クロ(仮)を見て、と幾度か視線をウロウロさせたあと、「本当にできるの……?」と聞いていた。
何、なんの話してるの。私ものすごくおいてけぼりなんですけど。切実に通訳プリーズ。
時折こっちを向いてにっこりと笑ってくれるのはいいのだが、私にはよくわかりませんよクロ(仮)さんや。
何か話し終わったらしいクロ(仮)と愛理さんが私の方へ歩いてくる。ついでにほかの三人も一緒にこっちに来る。
「想子ちゃん、あのね、クラウスさんが言葉を通じるようにしてくれるって」
「クラウスさん? どなた?」
首を傾げた私に、愛理さんがクロ(仮)を見やり、次いでクロ(仮)が私を見て笑顔でお辞儀をしたので、彼がクラウスさんと言うらしいことは何となく把握した。クロ(仮)で定着しつつあったせいか、思い切り眉を寄せてしまったのは見逃して欲しいところだけど。
「えーと、どうやって?」
「……ごめん、説明されても良くわからなかったの」
素直に謝ってくれた愛理さんに、ありがとうと笑いかける。うん、そうだよね、愛理さんもいきなりのことに混乱してるだろうにごめんね。私が言葉がわからないばっかりに。
お互いに頭を下げあってるところに、クロ……じゃなかった、クラウスさんがやってくる。
「■■■■■■、■■■■」
「へっ、何? 何て?」
私に向かって何事かを話してくれているのだけれど、だから言葉わかんないってば。髪を撫でて頬に触ってと掌をさ迷わせているクラウスさんに困惑して助けを求めるように愛理さんを見れば、「目を閉じてって」と通訳してくれる。助かるー、ありがとう愛理さん!
ひとまず私はどうにもこうにも言葉が通じないことには始まらないので、素直に目を閉じた。クラウスさんに体ごと向けてそのままの姿勢で待っていると、がしりと大きな手に頭を掴まれる。これは、多分、クラウスさんですよね。クラウスさんは私の頭を掴んだままに、私に向かって何かを話している。
だからわからないって、……あれ。
「■■■、伝■■、聞■■かい」
「え、え? き、こえる?」
「良かっタ、聞■■てるね」
あれ、なんか、だんだんわかるようになってきた?
何が起こってるんだろう。頭を押さえながら話している彼が言葉を通じさせているのだろうとは思うのだけど、いかんせん何が起こっているのかはわからない。
「俺はクラウス、わかる?」
「は、い。わかります」
「通じたね。じゃあ離すよ」
そうして、クラウスさんが手を離す。一歩引いて私を見た彼は、もう一度私に話しかけた。
「言葉はわかる?」
問いかけに頷く。
これは、不思議な感覚だった。耳には確かに異国の言葉として聞こえているのに、意味がわかる。なんだろう、例えば簡単な英文をリスニングしてる時に近いかもしれない。
「これは一体……?」
私が返した言葉はもちろん日本語だ。愛理さんに通訳してもらおうかと振り向きかけたところで、クラウスさんが笑った。
「俺の持っている言葉の知識を君に分けた状態、というのが一番近いかな。同様に君から君の国の言葉の知識をもらってるから、俺には言葉は通じるよ」
「はあ……そうなんですね?」
なるほどよくわからん。説明されてもわからない。
しかし、ほかの人が話してる言葉がわかるのはありがたい。今はクラウスさんにだけだけれど言葉が通じるのも助かる。これからどの位この世界で過ごすことになるのかはわからないけれど、いちいち愛理さんに通訳してもらうわけにもいかないし。
あ、そうだ。異国の言葉として聞こえる、そして意味がわかるとなれば、勉強すれば話せるようになるかもしれない。
よし、そうと決まればまずは言葉を覚えることから始めてみようか。
「おい、クラウス。勝手をするな」
低い声が不機嫌さを隠さずに投げられた。金髪碧眼の如何にも王子様してますみたいな外見のイケメンがこっちを睨みつけている。正確にはこっちを、ではなく、私を睨みつけている、だろう。
「いいじゃありませんか。こちらの不手際で彼女もここにいるのですから、言葉くらい」
「俺はアイリしか召喚してない」
言葉がわかるようになると分かるのだけれど、本当に歓迎されてないらしい。召喚した、と言ったからにはこの金髪が元凶らしいのに、随分ないい草である。
「まあ、貴方が何と言おうと俺は勝手に彼女を助けますよ」
飄々と返すクラウスさんが私の肩を抱いて引き寄せた。ついでに右手を絡められ、完全に逃げられない体制だ。痛いほどの力は入ってないけど、体は全く動かせない。
なんだこれなにがどうなってるの。ていうか愛理さんがすごい目をキラッキラさせながらこっち見てるのはなんで。
「俺、この子が気に入りましたんで」
その言葉と共に、ちゅっと頭のてっぺんにちゅうされた。なんでか知らないがぞわっとしたような感覚に震えれば、私を拘束していた腕が一旦離れてしっかりと抱き直される。後ろから抱きしめられていた体勢から、向かい合わせで抱きしめられる形だ。
肩を抱いていた腕は腰にまわり、右手を絡めていた手は私の頭に添えられて優しく撫でられる。
「クラウス!」
「俺は降りますから、そちらの花嫁を口説くのは三人でどうぞ?」
酷く軽い口調でそう言ったクラウスさんは、後ろで文句を言っている面々をまるっと無視して私に視線を合わせてきた。
頬に手を添えて上向かせ、クラウスさんは優しい笑みを浮かべて私を見つめる。
「君の名前を教えてくれる?」
「み、宮村想子です。多分こっち風に言うならソウコ・ミヤムラだと思います」
ソウコ? と繰り返したクラウスさんは、何度か私の名前を呟いた後に、一体何がどうしてそうなったのかは知らないが私の額に口づけを落とし、私を抱き上げる。
「あわっ!? え、ええ? なになになに!?」
「ソーコ、俺は君を選ぶよ。どうか君も俺を選んで」
そうして嬉しそうな声音で、クラウスは結婚してくださいと宣った。
「は……? え、あ、はい? ええ?」
言い訳をしよう。私は混乱していた。だからまず、何事だよとか何が起こってるんだよとか、そんなことばかりを考えていた。
だから気付かなかったのだ。
聞き返す意味で言った「はい?」がイエスと受け取られていたなんて。
この始まりの日から、私が根負けして頷くまでずっと求愛され続けるなんて、この時の私は知らなかった。
この後想子はクラウスに、愛理は名前でなかった他の三人に口説かれまくる感じになるんじゃないかな。
でも、愛理さんの中でも三人はいい印象なくて、護衛についていた騎士と恋に落ちたら楽しいですよねー。




