第一話
暑い、暑い、暑い
じとりと流れる汗が背中を伝う
電車を2時間半、そこからバスで20分
ほんの3時間足らずでこんなにも風景が変わるのかと驚きながらチラッと腕時計を見て時間を確認する。
ここは同じ日本なのだろうか。人の姿がみえない。
「武蔵叔父さんまだかなあ」
生まれて初めて田舎らしい田舎に来た時枝陽は、男にしては線の細いスラリとした腕で日差しを遮る
呟いたところで人っ子ひとりいない場所にいる今、何も起こらない。陽は降りたバス停の看板にもたれ掛かった。
両親が車で事故にあい、亡くなってから早2週間。葬式やらなんやらで文字通りめまぐるしく時間が過ぎさった。
まだ高校2年生であるにも関わらず身寄りがなくなった陽であったが、幸いなことに何度か子供のころから顔を合わせたことがある叔父が快く陽をひきとってくれた。
そして今、その叔父との待ち合わせの場所へと来たのだがどうやら叔父は遅刻らしい。
改めて周囲を見渡し観察してみる。
ほぼ360度自然に囲まれ、あるのは鮮やかな緑色の木々と、でこぼこの細い道のりのみだ。鳥や虫、風に吹かれた木々の音しか聞こえないこの空間は自分の住んでいた所とは全く違うもので、どこか異空間にきたような気になる。
田舎暮らしに憧れていたわけではないが、こういった自然豊かな場所はどこかわくわくする。
カブトムシやザリガニがとれたりするのだろうか。子供にかえったような気になり思いを馳せるが、じとりとまた背中を伝った汗により、一気に気持ちが冷めた。クーラーになれた現代っ子は暑さに弱い。消して自分が柔弱だからだとは思いたくない。
「うわっ」
突如、大きな風が吹いた。
木々が激しく揺れ、鳥が飛び立ち、巻き上がる砂が目に入りそうになり反射的に陽は目をつぶった。
その瞬間フッと視界の端を何かが横切ったような気がした。
しかし確認しようとまた目を開けた時には何もなく、先ほどと変わらぬ景色が広がっているだけだった。
白だか黒だか色すら分からなかったが、確かに何かが横切り、視線を感じたような気がした。
何か不思議な気持ちになり、考えこんだところで前方からでこぼこの道のりを青い軽自動車が走ってきた。
「またせたな!!陽!」
窓からブンブンと手を振り上げ、スキンヘッドのガタイのいい男が大きな声で叫ぶ
「武蔵叔父さん!」