5.月夜の泉
「‥‥あ」
自己嫌悪しながら歩いていたら、気付いたら目的地に着いていた。
地元の人間も知らない場所だから、当然道なき道を来たはずなのに、覚えがないと言いながらルセロのどこかは知っていたのだろうか、自分が生まれた場所を。母親はこのほとりでルセロを産み落とした。その傍らに父親があったのかは知らない。
森が切れて、小さな湧水が目に映る。
そして、それに足をひたす小さな後姿も。
「‥‥え」
半月を少し過ぎた月明かりはそれほど明るくないはずなのに、その姿は輝いて見えた。儚い、小さな背中だと思った。
それが少女だとはすぐに分かった。足をひたしているだけだから当然靴しか脱いでいないのだが、どこか疚しい気持ちになって、目を逸らす。
だが、ここは今や王領なのではないだろうかと思い、襲撃に来た自分たちが認可されているというわけではないが誰何すべきだと気付き、目を戻したところが、
「‥‥あれ?」
靴だけ残して誰もいなかった。一瞬混乱して、それが致命的な隙となった。頭上の風切音に身体が反応したのは僥倖に過ぎない。
「‥‥っ!」
咄嗟に転がり、迫って来たものを必死で避ける。それは抜身の剣で、反応できていなければ両断されていたのは首か、腕か脚か。まったく容赦のない一撃だった。
「‥‥へぇ。いい反応」
嘲るように言った彼女は、裸足で大地を踏みしめて、抜身の剣は脱力された右手に握られていた。防具の類は身に着けていない、いや、そんなことよりも、
「‥‥剣姫っ?!」
その不敵な笑顔を目にした途端、血が沸騰したかと思った。意識するよりも早く自然に利き腕が護身の短剣を握り、肉薄していた。
「お‥‥っと。この顔を知っているのか」
そこにいたのは剣姫。引っ張り出せれば勝ちだと思っていたが、このような場所で出会ったところで勝ちも負けもない。むしろ力量から言って自分が死んで葬られて終わりだ。だがそんなことはどうでもよかった。
「知っているさ!
お前があの魔女などを守るせいで‥‥!」
本心はただ嫉妬しているだけなのに、ルセロの口は言い慣れたお題目を披露する。だが少なくとも憎いのだという感情だけは本物だ、その熱でせめて一太刀加えようという勢いは、しかし、一言で止められた。
「‥‥あぁ。まぁ、否定はしないけど、あたし、ただの影武者だから」