2.前王の遺したもの
現王の親、前国王は善良な王ではなかった。
小国を、土地が豊かであるだけの小国を、侵略から守るだけでなく討って出るだけのちからをもつものに変えたのは、確かに彼の王の功績だろうけれども。それが、国を想う気持ちからくることであればまだよかったのだろうけれども。
前国王は他人を信用しなかった。土地の豊かさを収穫物としてしか見ることはなかった。払えないほどではないにせよ税は上がる一方で、兵役も長引くばかりだった。
その前国王の気質は、幸いなことに現王にも現王の弟御にも受け継がれはしなかったが、残念なことに、現王の妹にはしっかりと受け継がれてしまった。そしてまた前国王は、己と違い民を第一に想う現王よりもその妹を可愛がったものだから、施政権こそ現王が受け継いだもののその妹の傍若無人な影響力は消えることはなく。
結果として、前国王の時代、国は栄えたけれども王族は民の尊敬を失い、今代でも、やはり国中の恨みを買ったままでいた。
そんな時代。
「ルセロ」
夕闇から溶け出すようにマルテの長身が現れ、いつもの無声でルセロの名を呼ぶ。
ルセロはそれに頷いて返して、声は出さずに右腕を大きく振った。ざ、と立ち上がる気配。身をひそめていた森の木々が揺れ、数十人が静かに離宮を目指す。ルセロはその先頭に立っている。マルテはまた先行して、要所要所で必要な情報をもたらす予定だ。
森の離宮に現王の妹、侵略と暴虐を兵に課す魔女が現れるという報を得たのはいつだっただろう。一年も前ではなかった。だが、こうして若者が集まり一糸乱れぬ行軍ができるほどに団結した。
それもこれも、前王とその意志を受け継ぐ者への恨みはあるけれども、それ以上に兵役のおかげとも言えた。
ルセロはこの夏17歳になる。成人が18歳であるこの国ではまだ子供の範疇に入れられるからそれを経験したことはない。ただ、母親の意向で幼い頃から剣は振らされていたから対人の戦闘ならば常人よりは強いけれど。
成人した年の秋から、収穫後翌春の播種までの期間を5年間の兵役が課せられる。もちろん職業軍人もあるし有事の際には田畑があろうと徴兵されるから、夏の間の軍備が薄いということはない。男女の別は基本的にはないが、女性の場合妊娠出産の間は免除されるから、ほとんどの女性は18歳~23歳の間に婚姻と出産を選ぶ。聞いた話だと、2年に一度立て続けに3人の子を出産して、一度も兵役を経験することなかった猛者がいるらしい。
とにかく、19歳以上の男女ならほとんどが兵役を経験しているから、さして訓練の必要もなく、ルセロの指示に従ってくれている。国土のほとんどが耕地か森林であるこの国のことだから、森の歩き方も堂に入ったものだ。