1.出撃の前
ルセロは親を知らない。
己を産み落とした存在と、その種になった存在があることはもちろん知っているが、それを己に近しいものとして意識したことはない。
たとえ自分が恵まれているとしても。
それは恵みというよりも施しで、苛立ちも手伝ってルセロは親というものを殊更意識しないように努めた。それが逆に痛いほど意識しているということからも全力で目を逸らしていた。
「ルセロ」
「‥‥あぁ、マルテ。どうだった?」
「夕方着くらしい‥‥ってことしか訊きだせなかった」
「充分だ」
離宮を偵察に行っていた幼馴染と無声で囁き交わす。
マルテは大柄な体格に似合わず、こうしたこっそりとした偵察などに向いている。逆にルセロは、小柄でやせっぱちな割に立ち回りが豪快だ。己の体躯ほどもある剣をぶん回して戦場を駆け回る姿に、往年の母の姿を想う連中もいるらしいがそんなことはルセロの知ったことではない。ただ、少なくない人数の若者がルセロの姿に魅せられて着いて来てくれるということだけが重要だ。
「よし‥‥行くぞ」
気負いはない。かといって高揚もない。それはそう、おそらく無駄死にすることくらい知っているから。それでも、
「剣姫を引っ張り出したら俺らの勝ちだ」
ルセロは教会で育った。
大地の教えを伝えるだけの、小さな教会だ。それでもルセロ以外にも数人の孤児はあって、その中でルセロだけは親から捨てられたのではなく預けられたのだという。
年に数度顔を合わせる母親は、ただ自分の生活ではルセロを育てることができないから預けているだけだと言った。だから大地の教えに染まる必要はないと。確かに母親は少なくない金品をそのたびに教会の長に渡しているようだったが、だからといってそれが共同で生活している子供たちの関係に溝を作るかと言えばそんなことはなかった。年に数度顔を合わせるだけの母親よりも、兄弟のように育った子供たちのほうが家族だったし、分け隔てなく慈しんでくれた教会の大人たちのほうが親だと思った。
だから、12歳を数えた年に「迎えに来た」と母親が微笑んだときも、ルセロはその手を振り払って教会に残ることを選んだ。そのことに後悔はない。
たとえそのために、この小国を転覆させようという謀略に巻き込まれたとしても。そのうえ見栄えがいいからとリーダーとして祭り上げられたとしても。後悔はない。