16.魔女の手下
意外と鈍い音がした。
「‥‥い‥‥ったい‥‥痛いじゃない!」
あれは多分、平手打ちではなくて頬を殴ったのだろう。それでも戦闘職種であるところの彼女が本気で殴ったら、華奢な侍女など下手を打てば命の危険すらあるだろうから、充分に手加減はされているのだろう。元気よく喚きだしたから多分間違いはない。
「‥‥何やってんだ?」
さらに、縄を取り出し手際よく縛り始めたものだから、一層呆気にとられた。止めることすら思いつかず、ひたすらに呆然と眺めることしかできなかった。
「この‥‥っ裏切り者!裏切ったのね剣姫あのかたを?!」
「あんたに言われたくはないね」
「‥‥?!‥‥!‥‥!」
その上、懐から手巾まで出てきた。確かに侍女の声は甲高く耳に響いていたのでそれが塞がれるのはありがたいと言えばありがたいが、あまりに鮮やかな手並みに、呆れるよりも感心するよりも脱力した。脱力ついでにようやく足を動かすことを思い出した。
「姫さんにはあんたしかいなかったのに」
独白のように彼女は呟いたが、それは侍女に向けたものだった。その証拠に、すぐそばまで近付いたルセロに顔を向けもしない。ただ目を伏せて、いや、物言わぬ骸となった姫君をその目に映していた。
「あたしがいようといまいと、姫さんは死にたかったよ」
「‥‥それなら彼女が魔女の娘でその女は侍女ってことでいいんだな?」
空気を読んだほうがいいのかもしれないが、今後の動きのこともある。敢えて不躾に声をかけることにした。
「‥‥そーだよ」
「‥‥!」
応えた彼女は自分でふん縛った侍女を蹴って退けた。その蹴りに破壊の意図がないことくらいは分かる、多分痛みは感じていないだろう、恐らくは、強く転がされた程度にしか感じられなかったはずだ。屈辱は感じているかもしれないが。というよりもはっきりとその顔には屈辱だと書いてあったが。
だが、彼女が侍女を一顧だにしないものだから、勢いルセロも侍女を無視することとなった。彼女は骸の姫君の傍らに膝をついた。
「姫さんは逃げたかったんだ。あのくそばばぁに随分追い込まれていたから」
「‥‥自決か?」
「それは分からない。あの女が刺したのかもね。あいつ、ばばぁの手下だし」
姫君に触れる彼女の手は優しい。ほんの半日しか近くにいなかったのだと思っていたが、もしかしたら昔から触れ合う機会でもあったのかもしれない。何らかのつながりを想わせた。