10.敵と手下
皆が混乱して反論を思いつけない今しかないだろう、とルセロはそこで口を開いた。
「で、そいつが言うには、今回の離宮行は罠なんだと」
今度こそ、全員が絶句した。数十人がいるとも思えない静寂があたりに満ちた。
「そいつが教えてくれた。魔女は自分の娘を身代わりに派遣したんだとさ、剣姫‥‥の影武者までつけて」
死んでもいいということなのか、それとも死ぬはずがないと思っているのか。人間としては後者であってくれと思う。ただ、革命者としては前者だろうなと半ば以上確信していた。
「あの根性悪いくそむかつく勘違いハイエナばばぁには敵か手下しかいないんだよね」
ぼそりと呟いたその言葉で、前者である確信がさらに強まった。強まってしまった。ひどい親だと思う、自分で腹を痛めた娘ですら手下でしかないのか。討つべき理由が増えるのは望むところだというのに、だが心が痛む気がする。
ところで口に出すたびに魔女の形容詞が残念な方向に増えているのは多分気のせいではない。いろいろな意味でどっと疲れた。
「ルセロ」
気を取り直して言葉を続けようとしたそれは、しかし真摯なマルテの呼びかけに遮られた。
「何だ、マルテ」
「‥‥その女はどこまで信用できるんだ?」
さて、何と答えようか。
彼女の策に‥‥正確には戦姫の策に乗るためには、ここは心底から信用しているふりをするべきだろう。心酔して見せるくらいでいいかもしれない、そんな自分は気持ち悪くてごめんだが。
それは、おそらくここに紛れ込んでいる魔女の手下の目をごまかすために。
だが、それはこの心底から心配してくれる幼馴染を騙すのと同じことだ。かといって敢えて悪しざまに言うこともできない。
しばし考えて、その時間がある程度のことを雄弁に語ってしまっていると気付いたが遅かった。少なくともマルテの目はごまかせず、仕方がないなという目で見られてしまった。ばつの悪さをごまかすために沈黙に逃げた。
「‥‥だが少なくとも、離宮に魔女本人がいないことだけは確かなようだ」
知ってたのかよ、と喚くことはできなかった。そんなことをすれば折角のマルテの助勢を無駄にすることとなる。だから黙って頷いた。なるべく重々しく見えるように願う。
「それから王城に剣姫本人がいるらしいこともかなり確かだ」
ルセロは時々、この親友が末恐ろしくも頼もしいと思う。