表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
二章「決意の誓約」
8/49

3.

(狙いにくい……!)



 焦燥をあらわにして、ノイエは弓を引き絞る。

 既に、戦闘開始から30分は経過していた。


 敵の怪物――複数の金属板を胴体に張り付けた九頭の大蛇は、遥か下方に位置している。

 高度だけ見れば、重力を味方につけて矢を放てる上、反撃の及ばない場所にいるノイエの方が圧倒的に有利だ。


 しかし、如何いかな射撃の名手も、射線の確保が不十分では実力を発揮できないのである。


 足元に開いた直径4メートル程度の穴から、太陽の光を頼りに、縦横無尽じゅうおうむじんに動き回るシウスへの誤射を避けつつ、<アーマード・ヒュドラ>に矢を打ち込む――至難どころの話ではない。

 まとの大きさに助けられて、どうにか攻撃を当てるだけ。それがノイエの精一杯の援護だった。



「くっ、<ヘビースナイプ>!」



 <狩人>が最初から使えるそのスキルは、通常攻撃と同じに所作しょさに見えた。事実、威力も同じだ。地下を滑る鋼の要塞の如きエリアボスにとっては、全く脅威にならないだろう。


 だが、この戦場において、<ヘビースナイプ>はパーティーの生命線だった。


 上方から斜めに撃ち下ろされた矢は、怪物の胴体に当たると、つぎはぎの鉄板に防がれて鈍い音を発する。微小なダメージと同時に<アーマード・ヒュドラ>が仰け反り、胴体から伸びる九つの首がそれにつられて引き戻された。


 <ヘビースナイプ>は対象をノックバックさせ、間合いを保つためのスキルなのである。



『相変わらず、神業かみわざじみてるな……!』



 そして、シウスは敵がひるんだ瞬間を見逃さない。瓦礫がれきを踏み割り、たった一歩でトップスピードに達すると、絡み合う円筒形の鉄塊に肉薄した。



『<クロスエッジ>!』



 防御の隙間を縫うような連続の剣閃が、降り注ぐ白日を浴びてきらめく。

 エリアボスのHPバーがわずかに減った。それをものともせず、蛇の首がシウスを食らわんと迫り来る。



『うーん、効いてはいるんですが……微々たるものですね』



 『あと八割は残ってないか?』と冷然たる現実を告げる言葉が聞こえた。


 その場から飛び退き、シウスは剣を持たない左手で頭を掻きながら回避行動に移る。地下の空洞では一対九なのだ。いくらスピードで勝っていても、追い詰められればひとたまりもない。



「このままではジリ貧です、何か策は――!」



 二人は戦力的な不利を戦術で無理矢理互角に持ち込んでいる。まるで命綱も、バランス棒も持たずに、超高度の渓谷間で綱渡りに挑む曲芸師のような状況だ。


 <ボイスチャット>越しにシウスの返事を待つ。一拍おいて、返事が来た。



『このボスは物理的な守りが硬く、動きの遅い重量級の魔物です。ノイエさんの位置に、高火力の<魔法使い>を多数配置して戦うのが定石でしょう』



 隕石の飛来を想起させる多重の頭突きが、シウスの黒髪を数本散らした。襲いかかる九つの頭部をかわしながら議論をするのは、無双の剣士であっても命がけだ。


 そんな中で示されたのは、不可能な戦法だった。二人の職業に、魔法を扱う素養そようはない。



『それができない俺達が勝利するための方策は二つ。このまま地道に敵のHPを削り続けるか、玉砕覚悟で特攻するか』


「……後者を選ぶのですね」


『あれ、分かります?』


「いい加減、あなたの蛮勇は理解しました。それ以前に、MPポットが切れそうです。長期戦が無理ならば、短期決戦しかあり得ないと推察したまでです」


 相棒の理解が嬉しいのか、シウスはフレンド間通信に拾われないよう含み笑いをする。

 それをノイエは聞き逃さなかった。こんな絶望的な戦いの最中でも余裕を感じさせる態度に、憤りを通り越して呆れてしまう。



「策の具体的な内容は?」


『神話の再現です』


「……破天荒なことを」


『そんなことはないですよ。ヘラクレスだってやってたじゃないですか』



 ノイエは大仰にため息をついた。この青年は、やはり無茶苦茶だ。


 ヒュドラ退治は、ヘラクレスの伝説の中でも有名なエピソードである。

 九つの首の内、中央のそれが不死であり、首を切り落としても無限に再生し続ける毒蛇ヒュドラ。ヘラクレスは不死の首を地面に埋め、大岩で押しつぶすことでこの怪物を倒したが、従者の手を借りたという理由で、功業の一つとは認められなかったという。



『<パワーブレード>で床面の岩盤を切って、中央の首にぶつけます。効果がなかったら、流石にお手上げですけど』


「わたしは何をすればいいですか?」


『今まで通り、<ヘビースナイプ>で俺と敵の間合いを開けて下さい。<パワーブレード>は攻撃前の隙が大き過ぎるので』


「了解です。狙いを付ける前に、食べられないで下さいね?」



 軽口に吹き出したシウスを尻目に、ノイエはアイテムインベントリから矢を取り出す。陽光の加護を得て、落とし穴の奥を見通すと、意識を極限まで集中させた。


 ――決して失敗は許されない。これはシウスの生死を左右する一矢なのだから――



「――――!?」



 自分の思考に愕然とする。

 ノイエは、否、野々宮灯流ののみやともるは、誰かのために戦うような人間だったか。


 これまで、己で雑事を行うことは下賤げせんな者の所業だと言い聞かせられながら、温室でぬくぬくと育って来た。着せ替え人形のような扱いに耐えかねて、ストレスの発散のために弓道を習い始め、熱中した結果、全国大会でも結果を残せるほどになった。


 それでも、両親には―― 一番めてほしい人には認められなくて。慰める使用人を、憐憫れんびんはやめろと罵倒し、遂には仮想の世界に逃避した。


 そして、<クロスガイア>の中で出会ったのが――



(感化、されたのでしょうか)



 第一印象は最悪だった。違法プレイヤーと間違われて背負い投げを掛けられるなど、想像の埒外らちがいにあったことだ。戦闘センスと頭の切れは認めるが、デリカシーに欠ける言動は如何いかんともし難い。


 しかし、彼は在り方が強い。立ち居振る舞いの一つ一つが鮮烈で、時には姿を追うことさえ躊躇ためらわれた。故に自分が先を歩き、背中を見ないで済むよう苦慮したのだ。

 たかが数時間の付き合いで、己にこのような感情を抱かせる人間を、灯流ともるは他に知らない。



(違いますね……そんな浅い言葉では、かたれないほど……)



 瞑目めいもくして、内容の濃いデスゲームの初日を思い起こす。

 それは、老婆が遥かな昔を顧みるべく、がたついた物置からアルバムを取り出すような、不思議な気持ち。


 晴天の下、爽やかな風が吹き抜ける平原で。双眸そうぼう灼熱しゃくねつを秘めた剣士が見つめて来る。

 伝えなければならない。弱い心を否定する、素直な想いを。



「――あなたは、わたしの目標だから、絶対に死なせない」



 まぶたを開く。目の前の世界は、別物のように美しく映った。

 射法八節。研ぎ澄まされた感性の中、ノイエは会心の射を放つ。


 シウスは上方を確認することもなく動き始め、矢に続くが如く疾走した。弦の音で<ヘビースナイプ>の発動を察知したのだが、ノイエにはそれが理解できない。

 ただ、以心伝心で分かり合えたようで、夢心地で目を弓にする。


 ――今まで通り、<ヘビースナイプ>で俺と敵の間合いを開けて下さい――



「――――え?」



 暖かな幻想の情景は、一瞬で永久凍土と化した。


 シウスの要望を思い出す。青年は、間合いを開けるよう願ったはずなのに、何故自分からエリアボスに接近すべく駆け出したのだ。明らかに矛盾しているではないか。

 違和感に従い、しゃがみこんで大穴の内部を覗き込む。 


 射の衝撃で仰け反った<アーマード・ヒュドラ>の首で八艘跳はっそうとびをするように、シウスは宙に舞い上がり、スキルの発動体勢に入った。


 ――<パワーブレード>で床面・・の岩盤を切って、中央の首にぶつけます――


 重力を利用して、斬撃の威力を上昇させるつもりか。だが、跳躍ちょうやくに勢いがあり過ぎて、天井・・に衝突しそうだ。

 地下に広がる空洞の上に位置する、ノイエにとっての床面・・・・・・・・・・に。



「パワー、ブレードぉぉぉおおお!」



 剣士が振るう渾身の一撃が、二人を分かつ岩盤に叩き付けられた。

 やや離れた位置で、広間の地面に亀裂が走る。


 内側からひびを刻まれ、岩盤は既存の大穴と呼応するように崩落していく――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ