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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
二章「決意の誓約」
7/49

2.

 転移ポイントに登録を済ませたおかげで、<アスプ古代遺跡>までは一瞬で到着した。

 昨日の昼は曇り空だったため、不気味な雰囲気が漂っていた廃墟はいきょも、快晴の朝日の下では異国の重要文化財のようなおもむきを醸し出していた。


 エリアに転移するや否や、空間投影ディスプレイを展開し始めたシウスを、ノイエは怪訝けげんそうに見やる。どうやら地図のようだが、そんなアイテムを手に入れた覚えはない。



「何ですか、それ?」


「簡易マップを作ってみました。だいたいの道順は覚えていますけど、仮に遭難そうなんしたら目も当てられないので」


「<剣士>にマッピングスキルがあったんですか……便利ですね」


「いえ、メニュー画面をいろいろ探してたら、<スケッチブック>というコマンドが出て来たので、それを使いました。メールに添付てんぷして送りますね」



 ――それはつまり、自作ということではないか。


 青年の予想外の気遣いに、ノイエは内心で似合わないと笑いつつ、礼を言った。

 簡易とはいえ、俯瞰型ふかんがたのマップには敵のポップ地点や宝箱の位置がアイコンで示されており、見た目にも分かりやすい。探索がはかどることは間違いないだろう。



「今日中にエリアボスを討伐したいところですね。運営からのメールによれば、ずいぶん強いみたいですけど、俺達ならやれますよ」



 革鎧を装備した黒髪の剣士は、自信に満ち満ちた様子で微笑んだ。多分に信頼の含まれた笑顔が眩しくて、ノイエはどう応じるべきか迷ってしまう。

 ただ、この青年の熱く燃えたぎる闘志だけは、温和な表情の奥に透けて見えた。



(シウスさん……あなたは本気なんですね……)



 ノイエは羨望せんぼうを禁じ得なかった。デスゲームに囚われた人間が、どうしてそこまで強く在れるのか。きたい衝動が抑えきれず、つい、こぼしてしまう。



「あなたは何故、戦うのですか」



 言ってから、哲学的な問いかけをした自分に気付く。これでは全く会話になっていない。

 頭の中で自分自身を叱りつけながら、誤魔化ごまかすために歩みを進める。

 シウスは早足で隣に来ると、歩調を合わせ、語り始めた。



「戦いは手段です。現実にしろ、仮想にしろ、傷つけることが目的であってはならない。だから、特定の理由を問われると困りますが、あえて言うならば――」



 しばし瞑目めいもくしてから、シウスは続きを述べる。

 まぶたの裏に何を見たのか、どこか楽しそうだった。



「――仲間のため、でしょうか。独りきりの強さは最強になり得ない。俺にとってVRMMOは、戦いを通じて知り合った人達と、共に高みへ登り詰める舞台なんです」


「しかし、敵対する相手と共に在ることはできないでしょう?」


「その場合は、まず話をして、通じなければ全力でぶつかるだけです」



 それが自然の摂理であるかのように断言するシウスに、聞きたくなかったと思う。

 価値観があまりにも違い過ぎて、着いて行けなかったのだ。


 ノイエが戦うのは、自己保身と自己顕示欲という相反あいはんする理由からである。シウスには絶対に知られてはならないことだ。


 密かに戦々恐々としていると、曲がりくねった通路の先――簡易マップが示した通りの地点で、モブが六体も湧いて出た。

 先制攻撃で数の不利をなくすために、ノイエは思考操作でインベントリからロングボウと矢を三本取り出すと、同時につがえ、スキルを発動させる。



「<デルタスナイプ>!」



 貫通性を得た三本の矢は、前衛のリザードフェンサー三体と後衛のリザードマジシャン三体を一息に串刺しにした。

 飛び散る白色の閃光は、一般的な爬虫類の血液とは合致しない。運営の血液恐怖症への配慮、あるいは単なる見栄えを意識した仕様である。


 ノイエはスキル使用後、長めの硬直をさらす。<デルタスナイプ>は発動こそ早いが、攻撃後の隙が大きい。魔法使いタイプで耐久力の低い竜人型の魔法使いは全て倒しきれたものの、前衛のサーベル使いはHPバーを減らしながらも起き上がった。


 残り三体のモブの接近に対し、シウスはのんびりとした足取りで前へ出た。

 時間差を活用して次々に切り掛かるリザードフェンサーをあざ笑うように足払いを掛け、相手の体勢が崩れたところを攻撃する。



「<パワーブレード>」



 シウスは剣を天に掲げて力を溜め、振り下ろす。単純かつ発動の遅いスキルではあるが、威力は通常攻撃の倍以上だった。斬撃はモブどころか大地に亀裂を入れるほどの破壊を生じさせ、砂煙を巻き上げる。

 おそらく、新しく習得したスキルの性能を試すためのオーバーキルだろう。


 あっという間に戦闘は終了した。<アスプ古代遺跡>に出現するモブに、もはや負ける気はしない。そんな楽観さえ感じるほどの圧勝である。



「この調子なら、本当にエリアボスまで倒せそうですね、シウスさん」


「ええ。その意気です!」



 握り拳を作るシウスに、ノイエはくすりと笑みを返した。





 探索は順調に進み、10時を回るころには最奥らしき広間まで到達した。

 しかし、そこからが鬼門だった。


 約40メートル四方の開けた空間。そこには入り口以外、通路も扉も存在してはいない。植物のツタと葉が絡んだレンガの壁が高々とそびえ立つくらいで、完全な行き止まりだ。


 二人は顔を見合わせると、日陰に入り、意見を交換した。



「道を間違えたのでしょうか?」


「うーん……行ける場所は、ここで最後なんですが……」



 質問に、道中書き足された簡易マップと睨めっこしながらシウスが答える。次は軽くジャンプして、硬い岩盤に覆われた地面を確認し始めた。隠された、地下への階段を探しているのだ。



「ノイエさんは壁面を調べてもらえますか?」


「なるほど、隠し扉ですね。分かりました」



 ダンジョンを探索するゲームには付き物のギミックだ。<クロスガイア>にそれがあっても納得である。


 ノイエは右手でツタを払うと、レンガを軽くノックする。硬い感触が手の甲から伝わって来た。三歩横に移動し、もう一度同じことをする。



(時間がかかりそうですね……)



 単純作業の繰り返しを想定し、気が滅入る。

 振り返ってシウスを見ると、広間の中央へ進んでいた。



「おおっ!?」



 ――そして、無様に落とし穴にまり、落雷のような轟音ごうおんと共に、重力に従って落下する。



「シウスさん!?」



 まさかの事態に慌てて落とし穴の縁に駆け寄った。

 床に開いた円形の穴は直径4メートルほどで、下方を覗くと、受け身を取ったのか、革鎧の防御力のおかげか、剣士は無事に生きている。


 しかし、穴の深さは目視で10メートル以上ありそうだ。その衝撃は消しきれるものではない。

 落下した際に瓦礫がれきが体中に当たったこともあるのだろう。事実、シウスの頭上に出現したHPバーは三割を切っていた。革鎧も全体的に損傷している。



「こんなベタな罠に……」



 シウスは思考操作でアイテムインベントリ内のHPポットを使用しつつ、何やらぶつぶつと呟いている。距離が遠くてよく聞こえない。

 彼が死んでしまったかと思ったノイエは、尻もちをついてへたり込んだ。メニュー画面から<ボイスチャット>を使って文句を言う。



「もう、驚かさないで下さい!」


『――それは無理みたいです』



 眼下から暗がりの奥を、くい、とあごで示され、ノイエは目をらした。

 落とし穴から地下の空洞に注ぐ日の光が、巨大なシルエットを照らし出す。


 見覚えのある爬虫類の頭が、そこにあった。表面はうろこに覆われ、うごめくのは金色のぎょろりとしたまなこ

 だが、その大きさと、数が問題だった。


 人間を簡単に丸呑みにできそうなほどの口から、ちろりと先の割れた舌。鉄板の融合した複雑怪奇な胴体は、出来の悪いオブジェを連想させる。

 そして、樹齢百年を超える大木のような円筒状の首が九本。シャーシャーと、蛇の吐息が大合唱をしていた。



「……ヒュドラ?」


『いきなりすごい大物ですね。メールの表現は嘘じゃなかった……』


「神話級の怪物ではないですか!? 早く上がって来て下さい!」



 泰然自若たいぜんじじゃくとした口調で語るシウスに、悲鳴じみた声で逃走を促す。

 返答は――首を横に振る、否定の意。

 


『階段とか、エレベーターは見当たりませんし、あの巨体を足場にして飛んでも、ぎりぎり地上までは届きません。ブレードがもう一本あれば、交互に天井に突き刺して脱出するんですけど……』


「あなたロッククライマーですか!?」



 錯乱さくらんの叫びは、地下の空洞に響くのみで、何ら状況を好転させない。

 シウスは、わざわざブレードと言った。ノイエが近接装備の短剣を投げ入れても無駄だと、釘を刺したのだろう。



「それなら<テレポート>で転移ポイントに――」


『……済みません、最初に試しました。この一帯では、こいつを倒さないと使えないんでしょう』


「……システムウィンドウ!」



 往生際悪く、メニュー画面を開き、ウィンドウ内の<テレポート>に触れた。

 ピーという軽い警告音が、逆に残酷さを強調する。当然の如く、転移は不可能だった。


 ノイエは一縷いちるの望みをかけて、背後を振り返る。広間の入り口は、黒いもやのような魔法の光で封じられていた。



(もう……逃げられない……)



 これで、完全に退路を失った。かつてない恐怖で歯の根が合わない。

 頭上の死角で怯える少女に、剣士は全く気付かず、武器を取り出し、怪物の巨体と向き合っていた。


 その姿は、避け得ぬ戦いへの覚悟を決めた武人そのものだ。

 ノイエは理解不能な敵と味方の両方に、ますます震えが加速する。



(わたしには……できるのですか?)



 ――あなたのように、戦うことが――


 自分の内心に、応じる者は誰もいない。

 震えるひざを数度叩いて、ノイエはロングボウを呼び出し、どうにか戦闘態勢を取る。


 <アスプ古代遺跡の>エリアボス、<アーマード・ヒュドラ>は、のそりといずるようにして、九つの首をシウスに伸ばした。


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