4.
荒れ放題の廃墟に生ぬるい風が吹き抜け、ざわざわと木々を揺らす。太陽は徐々に陰りを帯び、砕けたレンガの壁は影を失いつつあった。
<アスプ古代遺跡>――かつて、央都を守護した竜が住んだとされるエリアは、大陸のど真ん中に位置するアウレリアから、東に8キロほど進んだ場所にあった。
「グエエェェ!」
奇声を上げて、竜人型のモブ・リザードフェンサーが大地を駆け、革鎧の剣士に切り掛かる。剣士はサーベルの間合いを冷静に見切って攻撃を躱すと、ショートブレードの反撃でモブの首を狩った。
ごろりと転がる爬虫類の頭を、無表情に踏み潰す。白い粒子状のエフェクトが舞った。
「<忍者>ですか、あなたは……」
呆れるのは白衣の狩人である。少女は妖精の如き美貌を隠すように、物陰から右半身だけを露出させ、次々と弓矢を放つ。敵の後衛・リザードマジシャンは一撃で額を射抜かれ、倒れ伏すほかない。
「そちらこそ。もしかして、シモ・ヘイヘの生まれ変わりですか?」
「なぞらえるなら、他にもあるでしょう? アタランテとか、アルテミスとか……」
「じゃあ、パリスで」
「最低の比喩ですね」
女に釣られてトロイア戦争の引き金を引いた人物に例えられるのは、お気に召さなかったようだ。アキレウスの踵を射抜いて、死に至らしめたという実績はあるのだが。
ノイエはモブを射殺し終えると、むくれた表情のままシウスの傍に歩み寄る。その足元は、切り裂かれ、消失し始めた魔物の体で埋め尽くされていた。
シウスは今の戦闘で取得した経験値とアイテム、クレジット――CGの通貨単位――を空間投影ディスプレイで確認すると、満足そうに頷いた。
「アウレリアの郊外に比べて、稼ぎがいいですね。パーティーメンバーの数が少ないこともあるでしょうけど」
「アイテムはHPポットに竜鱗ですか。あ……またLVが上がりました」
簡素な効果音が鳴り、アバター・ノイエが発光した。
すでに二人のLVは10を超えている。サービス初日としては十分過ぎる成果だ。
メニュー画面の時刻を見やり、シウスは訊く。
「もう4時か。ここの転移ポイントの登録は終わりましたし、一度引き揚げませんか?」
「……あと少し、探索を続けさせて下さい。まだ、この弓に慣れていないんです」
「そうは見えませんけど……」
シウスはLF時代から近接戦闘専門なので、弓のことはよく分からない。
そんな思いを汲み取ってか、ノイエは自分のロングボウを差し出した。
「わたしは弓道を習っているのですが、そのときに用いるのは和弓で、これは洋弓です。双方の一番の違いは、矢の軌道にあるのです」
「軌道、ですか?」
「はい。和弓で放った矢は山なりに飛びます。それに対して洋弓で放った矢は直線的に飛ぶ。弓の構造が異なることが原因なのですが、狙いが左下にずれてしまって……」
ノイエはそう言うが、シウスからすれば驚嘆を禁じ得ない事実である。使い慣れない弓であれほどの狙撃精度を誇るのだから、少女が本来の得物を手にしたらどうなってしまうのだろう――
戦慄する剣士の想いを知らず、狩人は長い銀髪を翻して廃墟を行く。
モブはあらかた狩り尽くしたはずだが、これはデスゲームなのだ。どんな罠が仕掛けられていても不思議はない。
慌ててノイエに並ぶと、涼しげな青い瞳が見つめて来た。
「武器といえば、シウスさんは普通の剣を使っていますよね。<剣士>は他に、両手剣や居合刀を装備できるはずです。どうしてそれらの武器カテゴリを選ばなかったのですか?」
<クロスガイア>には多くの基本職が存在するが、それぞれの職に、専用の武器が一つづつあるように設定されている。
CBT時代の攻略サイトでは「職業間の不公平をなくし、職業の特色をはっきりさせるための仕様」と考えられていた。
<剣士>の居合刀、<騎士>の斧槍、<重戦士>の大盾、<狩人>の弓、<鍛冶師>のハンマー、<占術師>の水晶球、<僧侶>の錫杖、<魔法使い>の魔本――全てを挙げればきりがない。
「ああ、そう言われてみれば……似たような理由ですね」
「はい?」
「狙いの付けやすさの話です。両手剣を使わないのは、刀身が長いと手元がちょっと狂うだけで、連鎖的に剣の切っ先がぶれてしまうからです」
得心したようにシウスは返答した。
攻撃力よりもスピードと命中率を重視する戦闘スタイルは、昔から変わっていない。
「居合刀は魅力的な武器ですが、攻撃速度を保てるのが二回では心もとない。一対一のPvPならともかく、モブ集団との戦闘には不向きでしょう」
「……意味が分かりません」
今度はノイエが首をかしげた。苦笑して、居合の解説に入る。
「居合の原理はデコピンと一緒なんです。鞘との摩擦抵抗を利用して、運動エネルギーを溜めて抜き放つので、初撃の速度は通常の斬撃とは比べるまでもなく速くなり、居合返しを活用すると、運動エネルギーを保ったまま二撃目を放つこともできます」
「……できるんですか?」
「現実には無理ですが、仮想空間なら一応は可能です。要するに、速度面で居合刀は強い。そのかわり、手数がどうしても減りますし、居合を放つまでのタイムラグや、鞘を失うと十全に力が発揮できない問題があるので」
シウスは「刀自体の耐久値も、低めに設定されていますし」と付け加えた。だが、それは本心ではない。
シウスが長年プレイしていたLFには、プレイヤーの要望で追加された<侍>という和風の職業があった。ものは試しとセカンドキャラで<侍>を選択し、居合をやってみたことがある。当時のギルドメンバー達の反応は、散々だった。
「ちょっと待て、今のおかしいだろ!? そんなん避けられねーよ!」
「流石は<木陰>が誇る<外道剣士>。セカンドキャラまで鬼畜とは……」
「運営に連絡したわ。……仕様の変更を検討するそうよ」
不評を受けて、セカンドキャラは二月と経たず封印の憂き目に遭ったのだった。
シウスがアバター作成時に居合刀を選択しなかった本当の理由は、この苦い経験を思い出すからというのが大部分を占めていた。
「……初めから思っていたことですが、あなた無茶苦茶ですね」
「どこがですか? 俺は普通のVRMMOプレイヤーですって」
「へえ、初対面の女性の胸倉を掴んで投げ技を掛けるのが、普通ですか――」
「……意外と根に持つタイプなんですね、ノイエさん」
軽口を叩き合いながら、二人は遺跡の奥へと進んで行った。
探索と戦闘は日が傾くまで続き、連携の向上やエリアの把握、さらなるLVアップに繋がることとなる。
◆
西暦2105年3月28日、午前0時25分。
自らに割り当てられた宿屋の一室で、シウスはベッドに寝転がっていた。
横目で窓の外を見やると、魔法動力らしき照明が闇を払っている。暗がりに浮かぶ白亜の王城と中世風の街並み――央都の景色は、最新のVR技術を惜しげもなく披露している。
室内の調度品は嫌味でない程度に高級感を醸し出しており、戦いに疲れた精神を癒してくれた。目を閉じて、今日一日を顧みる。
LFのデータ消失、サービス終了という悪夢から心機一転。忠はアバター・シウスを作成し、新作VRMMO<クロスガイア>にダイブする。
しかし、その世界はあっという間にデスゲームと化し、数千人規模のプレイヤー達はパニックに陥った。
運営側の目的はギャンブルかと思われたが、拠点の行き届いた配慮から、その可能性は低い。情報も足りないので、取りあえずクリア条件を満たすことを選択した。
(CGにも、いろんな人がいたな……)
シウスが特に深く関わったのは三人だ。
抜群の思考力と狙撃の腕を誇る<狩人>ノイエ。このデスゲームを共に終わらせると、心に誓った白衣の少女。
物腰こそ柔らかいが、その気性は戦女神アテナのように激しく、熱い。
VRMMO初心者らしき少年の<騎士>オズマ。ノイエよりもさらに年下だろう。デスゲームが長期化した際は、精神的に大丈夫だろうかと心配になる。
そして、口が悪い白髪の<重戦士>はエーギルと名乗った。シウスと同じくLFの元プレイヤーであり、ノイエとは初日から対立している。
いつか彼女と殺し合うことになるのでは――そう考えると胃が痛くなりそうだ。
「脱出、しないとな」
シウスには後悔がある。VRMMOの師、博孝に嘘をついてしまったことだ。
外部と連絡が取れるのならば、今すぐにでも謝罪したい。現実で顔を合わせて、頭を下げたい。
だから、まだ死ねない。必ずデスゲームを完全攻略し、現実世界に回帰するのだ。
(まあ、頼りになる相棒もいることだし、大丈夫――)
予想以上に疲弊していたようで、すとん、と眠りに落ちた。
明日からは、また調査の日々が待っている。剣士の休息は、たった一時のことなのだ。