第二話 千の言葉
花の言葉にはいつだって意味があった。だから花の言葉で救われてきたのは俺1人じゃない。でも、もう花は言葉を使えない。声を失ったことによって花は今まで築き挙げてきた信頼や自身、全てを失ってしまったんだと思う。
「花…。」
あの日、俺は花に気付かれないように必死に声を殺してないた。体に残った傷が痛むわけじゃない。花から言葉を奪っってしまったという事実が痛みとなって俺を縛りつけていたからだ。
次の日、千は花に揺さぶられて目を覚ました。まだ眠かったがゆっくりと体を起こして手を伸ばした。その手が花の頬に触れると花はそれに答えるかの様に自らの手を千の手に重ねた。いつもなら花はここで笑顔で「おはよう」と言ってくれる。でも、花はもう言えない。言葉を、声を失ってしまったんだから…。
『おはよう』千がそういいかけた時、花はとても悲しそうな顔をしたように見えた。だから何も言えなかった。
同じ顔をした人間が自分の唯一の存在証明であった言葉を使い始めたら、花はどう思うだろうか?そう考えると言葉が詰まった。今までは言葉を使わずに生きてきたからか、こんな思いは初めてだ。
千は無言のまま、先に部屋を出て行った花の後を追った。
朝食の用意されたリビングでは花がすでに席に着き、千が来るのをじっと待っていた。
千も何も言わず席に着くと、2人は一緒に手を合わせた。
言葉のない、無言のリビングはこんなにも静かだっただろうか?
千は箸を止め、もくもくと寂しそうにご飯を口にする花をみた。
「あ…の、さ。花?俺は、いままで花に、頼ってたよ?言葉も、気持ち、も。でも今度は俺が助けるから…花がなにか困ってたら、絶対力になるから、だから、全部溜め込まないで。俺は、今の花がどっかに行きそうで心配なんだ。ちゃんと、話すから…。だから、自分を攻めないで…。」
千は15年間生きてきてはじめて花に自分の言葉を伝えた。花は優しく微笑みながら泣いていた。その涙はとても、とても綺麗だった。




