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立太子

荘厳と華麗が淡い色彩を伴って具現化した空の城。

その一番中心部、大聖堂での馬鹿馬鹿しいほどに大層な立太子の儀式を終え、臨席した貴族たちはそろって大広間での祝宴に場所をうつした。

その貴族の中にはクリスも含まれていた。

そうそうに王子に『お声をかけていただく』順番を終え、壁際で盃を重ねること十数杯。

その間、一応ブリュイエールの末席に名を列ねる自分に蝿のように群がる妙齢の娘を持つ貴族たちを捌いていると、急に辺りがざわついてクリスの前の人垣がざざっと二つに分かれた。

その道の先には、先程挨拶したばかりの王子が穏やかな微笑みを涼やかな顔一杯に湛えて立っていた。

「クリスティ・セドリック・セバルカンティ、ここにいたのですね?良かった、貴方とは個人的にお話をしたかった。」

よろしければ庭にでも出ませんか?と微笑む王子の笑顔をみて、王子に同性愛嗜好がなんて噂はあったっけ?と警戒心を抱きながらも、クリスはおとなしく王子に従って広間を出た。


空の城の庭の一番外れの高台に設けられた東屋。

遥か下に民の営みの証の明かりの星海を望む風雅な場所にクリスは案内された。

事ここにいたって本格的に王子の性的嗜好を疑りながら、表面上は落ち着きを取り繕うクリスの内心を知ってか知らずか、王子は案内の近習を全て下がらせた。

用意した洒落たグラスに淡い色の酒を王子自ら注いでクリスに差し出すと、王子は話を始めた。

「クリス、君は魔法学校に通っているんだってね?」

その前置き一言だけでクリスは王子の用事を大体察した。

「ジョゼフィーヌ姫のことですか?」

「頭のいい人間と話すのは楽でいいね」

にっこり笑って王子はクリスの予想を肯定した。

「姫をゆくゆくは王妃にしたいと?」

「あぁ」

クリスは溜め息をついた。どう考えても面倒事に巻き込まれた。

昔アラムに語ったもし自分がブリュイエールの当主だったらの仮定が急に現実味をおびてきた。

王子側からの働き掛けがあることを失念していただなんて、情けないにも程がある。

だが、王子の目のつけどころは正しい。

ジョゼの学友であり、ブリュイエールの末席に名を列ねるクリスは、ジョゼとブリュイエール一族の両方の動向を探れる人間で、利用価値はこのうえない。

ただ利用される側が頭の固いブリュイエール一族の矢面に立たされかねない危険性が高いだけだ。

……どう考えても割にあわない。

あんな爺共の集中砲火など誰が好き好んで浴びたいものか。

一瞬で全ての損得を考え尽して、クリスは即答した。

「お断りします」

「僕の話も聞かずに言っちゃっていいのかな?」

「お言葉ですが王子、私には利点が欠片もありません。ジョゼフィーヌ姫が仮に王子の元へ嫁がれたとしても、空席になった惣領の座は一族の末席に引っ掛かる程度の私には回って参りません。寧ろ親族内の争いに巻き込まれて痛い目見るのがオチです」

「中々に良い洞察だ。だが僕の切札を聞いてもまだ非協力的な態度を貫けるかな?」

 王子の微笑に意地悪いものが混ざり始め、クリスは温和で聡明と名高い王子の仮面の下の本性を覗き見た気がした。

「確かにブリュイエールの内紛は一族の末席の君には脅威だろう。だが強固な後ろ立てがあればどうかな?そう、たとえば、王家とか」

 最後の一言に、クリスははっと目を見開いた。

「僕には妹が居るんだけど、興味ないかな?」

 信じられない、という表情でクリスはマジマジと王子の顔を見た。

 王子は今、クリスに王女を降嫁させると言っている。貴族筆頭のブリュイエールとはいえ、傍系末席の自分よりも本家筋に近い若者はたくさんいるというのに。

「――本気ですか?」

「ああ、本気だとも。史上初めて王家の血が貴族に流れ込む、その受取り主に、君を指名したいと言ったら?」

 史上初?そう、史上初だった、王家の血が貴族に流れ込むのは。

 何故なら、王家の子どもは歴代皆、たった一人しか無事に成長しなかったからだ。

 なのに今の王の子は目の前の王子と、そして近い内に社交界にでる王女の二人が健在で。

 ――王家の後ろ立ては一族の石頭たちと渡り合うには十分すぎる武器。それこそ、自分が惣領になれる可能性が開けるほどの、切り札。

 この話は聞く価値がある。だが美味い話には必ず裏があるという、とクリスは自分で自分に警告を発した。

「……どうして私をお選びに?」

「僕を見縊ってもらっては困るよ、クリスティ・セドリック・セバルカンティ。君も能ある鷹ならばもっと入念に爪を隠すべきだった」

くつくつと一頻り笑うと王子はひたっとクリスの目を見据えた。

「僕の手駒はブリュイエール家の奥深くにまで食い込んでいる。自らの聡明さを隠し、権力闘争に明け暮れる親族たちの警戒心を背けるための狂人の振り。だけど、判る人間には判ってしまう脆さを孕む擬態だね、クリス。現に僕の手駒は見破った」

「ブリュイエールに手駒が居るのなら僕など必要では無いでしょう?」

「それが困ったことに姫の親しい学友となると、この世に二人しか存在しなくてね。君も知っての通り、アラムとか言う庶民は僕が利用するには接触するところからして難しい。だから、是非君には僕に協力してもらうよ」

王子の菫青色の瞳がきらりと輝いた瞬間、クリスは自分の負けを認めた。

鷹に狙われた兎の心地がして、圧倒的な格の差を思い知らされてしまったのだ。

目の前に居るのは自分より一回り近く若い少年だと言うのに。

クリスは暫く瞑目すると、そっと膝を折った。

「エルネスト王太子殿下、我が命、我が剣、永久に御身に奉らん」

古式ゆかしい儀礼にのっとって跪いたクリスの頭に、王子はそっと手をかざしてその礼を受け取った。

「赦す」

「……心より忠誠を、お誓い申し上げます、我が君」

――契約はなった。これでクリスの全ては王子の支配するところなった。

「これで漸く僕は自分の望みを叶える事が出来る。君の一族には本当に世話になるよ」

「……もしかして、もう一族の重鎮にはこの話を……?」

「大喜びで僕の前だと言うのに妄想の世界に旅立っていってしまったよ。馬鹿ぞろいのお歴々が上に立ちふさがっていては大変だね、心底同情する」

この王子にかかっては粒ぞろいの狸爺どもが陣取る一族重鎮も形無しである。

孫よりも若いだろう王子にここまで見縊られた面々を思い出し、……クリスは深い深い溜息をついた。

本当に、愚者が上に陣取ると、苦労が全て下っ端にまわってくるなんて、世の中不公平に出来ている、と。

「もうすぐ妹の社交界デビューがある。その場で姫との繋ぎを君に頼みたい。……できるだろう、君になら」

そう言って王子は王者の貫録を滲ませてクリスにほほ笑んだ。


「おはよう、クリス!」

朝の光が差し込む気持ちの良い廊下で、ジョゼはいつもより数段元気な声で数歩先を行くクリスに声をかけた。が。

「……おはようございます、姫」

 いつもなら軽く数分は詩の朗読のような挨拶をしてくれるクリスなのに、今日は全く精彩がなく、常に周りに飛んでいる花々も何処とは無くしおれているような気がする。

それにつられて、ジョゼの空元気も急速に萎んでゆく。

「クリスがそんなだと調子狂うわ。折角嫌なこと忘れようと思ってたのに」

「嫌なことですか?」

「そ。昨日ね、小父様方がお父様にそろそろ私も社交界デビューをってせっついたらしいの。何でも、私より一つ年下のマルグリッド王女殿下がデビューなさるから、私も一緒に、ですって。私としては学校卒業するまでの後一年、何とか逃げ回って研究に打ち込みたかったのに、こう来られるとね……どうやらタイムリミットみたい」

 相変わらず自分の利益が絡むとブリュイエールの人間は行動が早い。

 昨日王子から話を受けて昨日中に動き出す一族の重鎮たちの年に似合わぬフットワークの軽さに侮蔑にも似た称賛を内心送りつつ、クリスは王子の依頼を一応果たしにかかった。

「姫ならば社交界と学術探求を両立できますよ。ぜひ、姫のデビューの際には姫の第一の従順なる下僕たるこのクリスにエスコートを御許しください。」

 クリスがいつものように茶化して跪くと、ジョゼはちょっと考えてからはにかんだように笑った。

「そうね、どうせエスコートされるならどこかの馬鹿息子やパパよりクリスが良いわ」

 ――全ては、王子の描く道筋通りに事は運んでいた。

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