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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第1章
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 5.背後関係(何をお望みで?)

※今回もウィルフレッド視点です。


「ですが、あなたは……言葉が悪いのですけど……諦めているようにしか見えません」

 思わず、ステップを踏んでいる足が止まるかと思った。

 だが、彼女に動揺を気づかれることはなかったようだ。本音のところを彼女は知るはずはないのだと自らに言い聞かせる。

「これは失礼を。決してあなたが気に食わないとか、結婚が嫌だと思っているわけではありません」

 紫の瞳が、ウィルフレッドの言葉を一言でも聞きもらすまいと見つめてくる。

 この状況でなければ、完全に口説く体勢に入っているのだが。

「では、何に対して諦めているのかしら?わたくしは別にあなたの主義に口を出すつもりはないのですけど」

 彼女から婚約者としては有り得ない台詞を聞き、ウィルフレッドは目を見開いた。

 つまり、浮気はいいのか?パルミディアは一夫多妻制だっただろうかと記憶を手繰り寄せる。それならば、そういう環境で育っているなら耐性はあろうが、引き出してきた知識は一夫一妻制のはずだった。

 思わずまじまじと王女の顔を見つめてしまった。

「姫は心が広いのか、それとも冷酷なのか……」

「どちらかというと後者かもしれませんね」

 うっすらと浮かんだ微笑に、彼女が今までどのような環境の中で生活していたのかを垣間見たような気がした。

 決して彼女は姫だからと、蝶よ花よと育てられたわけではないのだ。彼女のそのオレンジの明かりを宿す紫の瞳が、何を見てきたのか、ウィルフレッドは興味を覚えた。

 だが、まだ彼女が何を考えているのかは分からない。才女と言われているし、この夜会での堂々とした態度を見ても、並みの姫ではないのは見てとれる。警戒をして悪いことはない。

「なるほど。私たちの間に愛情は必要ないと考えているのか」

 少し話しを逸らしてみる。

「必要に感じないだけです。そのようなもの無くとも協力は出来るでしょう?」

 協力という言葉に首を傾げる。

 悪くはない、が彼女のいう協力の意味が分からない。

 取りあえず、一般論を持ち出してみる。

「それは、なかなか難しいと思うのだが」

「なぜ?」

 彼女の瞳が少し揺れる。なにか考えているのだろうか。

「通常、同性ならば仲の良いものが数名集まれば友情というものが生まれる。だが、異性となるとただ仲が良いからと集まったところで友情にはならない。必ず独占欲というものがどこかに生まれる」

「それはあなたの主義上のことではなくて?」

「経験上、異性間の友情を目にしたことはないね」

 彼女はその言葉に考え込んでしまった。どうやら彼女の中にその答えはなかったらしい。

 どういう答えが返ってくるのかしばらく待つ。

「わたくしがあなたの主義を認める場合、……わたくしに独占欲がわくと問題なのね?」

 予想外の言葉に、思わず笑みが浮かぶ。彼女が、自身で導き出した答えはどうやら不本意だったらしい。

 ぎこちない笑みを浮かべている。

「取りあいは嬉しいけどね」

 つい本音が出てしまった。

「あまりいい趣味とは言えないわね」

 空耳とも取れる小さな声が反論する。

 聞こえなかったことにして、結論を尋ねた。

「で?やはり愛情は必要ないと?」

「ええ。それより、話しを戻しても?」

 断言され、しかも冷静に話しを戻された。

 何気なく違う話に持っていこうとしていたのに、どうやらうまく騙されてくれる気はないらしい。

「諦めているとかいっていた話?」

「そう、この婚姻を嫌がっているわけではないのだとすると、何に対して諦めているのかしら」

「……諦めている、という言葉が適切かどうかは別として、それでも敢えて当てはめるとすれば、私はあなたに対して何も出来ない、ということかな」

 正直、力不足だ。


 一年前、彼女との婚約が決まって、父である王より休戦をこのまま終戦に持っていく意向を聞いた。だがヴェルセシュカでは意外と議会の力が強い。決して王族を(ないがしろ)にしているわけではないが、もしも議会によって王が不適格と認められてしまえば退位しなければならない。それは色々な制限があり、滅多にあることではないが、長い歴史の中で無かったわけではない。そして、終結の時期を見誤ったと言ったのも、議会が終戦を認めなかったからだ。

 だから議会は、二大国の手前表立って言いはしないが、休戦の条件であるパルミディアの王女との婚姻は本心では反対であり、彼女の存在は邪魔でしかないのだ。

 その議会から彼女を守ることが出来る自信は、今のウィルフレッドにはなかった。

 リューネリアは首を傾げた。

「……たとえあなたと結婚しても身の保証はないと言いたいのかしら?守ってもらおうなど最初から思っていないことだわ」

 可愛らしく首を傾げている様は、本当にまだ十七歳に見える。しかしその可愛らしい唇から紡がれる言葉はかなり現実的だ。

 出来ることならもっと魅力的な言葉を囁いて欲しいものだと心の片隅で思う。

「それは大した覚悟だ。だが、そう思うのならあなた自身が問題なのではなく、こちらの事情だと言った方がいい」

「事情とは、何?」

「これは、知っているかもしれないが、今この場には来ていない兄上――第一王子は、身体が弱く床に伏せていることが多い、ということに関係する」

 背後関係以外に、もう一つ問題があった。多くを言えなかったが彼女は察したようだった。

「では……」

 その可能性に、彼女は口を閉ざす。代わりにウィルフレッドが口を開いた。

「その場合、人質であるあなたの存在が、この国にとって邪魔になるのは目に見えている」

 二つの意味で、彼女はこの国にとって存在自体が邪魔なのだ。

 だが、そこまで言ってしまっては無駄に彼女を恐れさすことになりかねない。それはウィルフレッドとしては不本意だった。

「なるほど、ね」

「だから私は守るとは言えない」

 口にしながら不甲斐ないと思った。ヴェルセシュカの王や二大国はこの婚姻に望みをかけているというのに。

 だから出来るだけ、彼女には自分に出来る限りのことをしようとは思っていた。

「……結構よ。自分の身は自分でどうにかするわ」

「……――」

 何も答えられなかった。

 絶句していると、彼女は気丈にも笑いかけてきた。

「意外でしたわ。思っていたよりもあなたは誠実なのね」

 誠実ではない。でも薄情者にはなりたくなかっただけだ。だが口から出てきたのは、単なる気休めでしかなかったが。

「一応、可能性の話であって、目下あなたは私の婚約者だ」

 いつもの調子で軽く言うと、彼女は軽く眉をひそめた。

「その割には放っておかれた気がしますけど?」

 おや、と思う。どうやら淡白な関係を望んでいても彼女なりに不満はあるらしい。

 ついからかいたくなって口を開く。

「私の主義を黙認するのでは?」

「もちろん口を出すつもりはないわ。でも婚約者だと言うのなら、それなりの扱いをして欲しいわね」

 ウィルフレッドは気づくと、彼女との会話を楽しんでいた。

 彼女の本音を聞くのは今しかないと思った。

「では何をお望みで?」

 軽口を叩きながらも、彼女の瞳を覗きこむ。

 しかし返事はなかなかつれないものだった。

「……そうね。取りあえず明日の午後、あなたの執務室を尋ねてもいいかしら?」

 どうやら彼女はまだ自分と話すことを望んでいるらしい。焦らされた答えには、それ相応の返答をしなければならないだろう。

「執務室には滅多に足を運ばないんだが?」

 嘘である。補佐官にいつも押し込まれている。

「仕事は嫌い?」

 好きではない。それならば女性と遊んでいた方がもちろん楽しいのだが、遊んでばかりいると補佐官に怒られ、しばらく執務室での生活を強いられる。

「博愛主義者の私としては、ね」

 補佐官の今までの仕打ちを思い出し、思わず憮然とした返答になってしまった。

 だが、彼女は花が開くような笑みを見せた。

「ならば、執務室で逢引現場にいきあう可能性はないのね。安心して訪ねさせてもらうわ」

「分かりました。お待ちしておりますよ」

 今度はどんな女性をも魅了してきた笑みを浮かべると、ちょうどダンスの曲も終わったところで、踊りの為に取っていた彼女の片手を口元に引き寄せる。手袋ごしだが、手の甲に約束の口づけを落とす。

 周囲のざわめきが一層大きくなる。

 微かに王女の頬に赤みが差しているように見えたのは気のせいだったのだろうか。


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