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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
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47.暗澹冥濛(きみになら見えるはず)


 カールがリューネリアの命を狙ったことを、どうやって知ることが出来たのか――。

 最初に感じたのは違和感だった。

 命を狙うならもっと直接的に来てもいいはずだ。

 確かに最初の襲撃以来、警備も厳しくなったが、リューネリアたちもわざと警備の手を抜いたり、相手を誘い出そうと罠を張ったりしていたのだ。しかし、結局直接的だったのは最初の一回だけで、警備を厳しくしたそれ以降は手のひらを返すように、徐々に周囲を削って逃げ場を失くしていく方法に変わった。

 その方法が、四年前のアクセリナでの戦いに似ていることに気づいた。精神的にじわじわと追い詰められていく。その上、確実に弱点をついてくる。こちらの考えなどお見通しとでも言うように。

 そしてコーデリアたちから聞いた、議会は動いていない、ということ。王族が関わっていること。王族なら、侍女たちも疑いなく話してしまうだろう。警戒対象は議員だったのだから。騎士たちも同じことが言える。報告は義務だ。

 バレンティナが階段から落ちた時の件もそうだ。コーデリア達とのお茶会が終了した後、ニーナに確認を取ってきてもらったのだが、呼び止めた者が不審に思われなかったのは、彼がクワエル伯爵……つまりカール側から情報を得ていたからだ。あの時、王族を疑ってもいなかったのだから。

 極めつけは茶筒に入った毒草だ。あの後、調べて分かったのだが、その毒草は本来、薬として使用される。薬に関わる機会の多いカールなら、製法など知っていてもおかしくはないだろう。

 最後に、ビアンカから聞いた四年前の戦の指揮を執ったのがカールであったということ。すべてが一本の線で結ばれ、結果、王太子にたどり着く。

 カールは組んだ足の上に両手の指を組み、ソファの背にゆったりともたれ掛かっている。

 底の見えない深い湖のような瞳をこちらにむけたまま、笑んでいるのは口元だけ。

「四年前は、私が勝利した。しかしその時、きみはまだ十三の子供だった。子供に勝てるのは当然だろう。――だが、四年が経った今、きみはどれだけ成長したかな」

「――そのためだけに私の命を?」

 それはあまりにも悪趣味だ。

「ちょっとした賭けをしてみただけだ。きみが生きているうちに私に気づくと私の負け。当然、きみが命を落とした時には私の勝ち」

 軽々しい口調とは裏腹に、言っている内容は空恐ろしい。

 その上、カールが絶対的な安全圏にいる上での賭けだ。

 割が合わない。

 しかも、人の命を何だと思っているのか。そのような軽々しいものであってはならないはずだ。

 冷静にならなければ思いつつも、込み上げてくる怒りを押さえこむよう、腿の上に置いた手を握りしめる。

 それに気づいているのか、いないのか。カールはなおもゆったりと告げた。

「だから時間をあげた。誰を味方につけるのか。それによってきみの運命は変わる」

「でもっ、だからと言って私の周囲の人まで巻き込んでいいはずないでしょう!」

 あまりの暴言に、我慢ならず声を荒げていた。

 バレンティナは大怪我を負ったのだ。もしかすると、命を失っていたかもしれないのだ。

「そうだね。あれは悪いことをしたと思っている。だけど、戦争で何万という人を殺したきみがそれを言うの?」

 まっすぐに向けられた言葉に、息を止める。

 それは……。

 上気していた頬から熱が失われていくのが分かった。

「ああ、ずるい言い方だったね」

 相変わらず瞳は笑わないまま、口元だけに笑みを浮かべ、カールは手を横に振り払った。まるで、今の言葉を取り消すように。

「だけど、きみが味方につけた者たちは、いい選択だったと思う。こうして私にたどり着けたのだからね」

 冷ややかな笑みを浮かべるカールは、ウィルフレッドとは似ても似つかない。冷めた眼差しで、こちらを静観している様子は、次にどのようにリューネリアが出るのか待っているのだろう。

 だけど、どうして冷静でいられようか。

 その上、先程の不意をつく反撃に、じわりと湧き出てきたのは恐怖だ。やはり彼は、こちらの弱点が何か、いつそれを使えば効果を発揮するのかを知っている。

 先程とはうって変わって、この場から逃げ出したい恐怖を、怒りで何とかすげ替え、リューネリアは背筋を伸ばした。

 緊張の為か、喉が渇く。唇を湿らせ、ゆっくりと息を吐く。

 まだ、話は終わってはいない。

「……もしも――」

 無理に感情を押さえ込んでいるためか、声が震える。

 上げた視線の先にある、底の見えない湖が恐ろしいと心底思う。

「もしも、私が四年前、アクセリナにいなかったら貴方はこんなことをしなかったの?」

 先程、ふと思い浮かんだのだ。

 戦地に赴いていなかったら、このようなことにならなかったというのだろうか。バレンティナも怪我をすることはなかったのだろうか。

 その言葉に、つっとカールは目を細めた。

「きみはウィルフレッドが以前「戦争をする必要があったのだろうか」と言ったことに、どう返した?」

 どこから情報を得ているのか。カールは随分前のことを思い出させる。

 まだ、あれはウィルフレッドと結婚する前。お互いのことを探り合っていた頃のことだ。

 あの時、自分は何と言っただろう。

 リューネリアが脳裏に浮かび上がってきた言葉を口にするよりも早く、カールは口を開いた。

「それを今更言って何になる」

 冷酷とも取れる口調で告げた。

 そうだ。確かにあの時、そう言った。

 実際あったことを今更なかったことには出来ない。それは十分承知していたはずなのに、大切な人ができるだけ、心の揺れも大きくなる。

「過去は過去だ。消すことは出来ない。ならばそこから最良の選択をするべきだと思わないかい?」

 カールの言っていることはヴェルセシュカに来た当時のリューネリアの考え方と非常に似ていた。

 だから分からなくはない。それが王族として、民をまとめるものとしての必要な考え方なのだろう。

 だけど。

「これが貴方の言う最良の選択だったと言うのですか?」

 違うと思った。

 今回のことは、王太子の娯楽にしか見えない。最良の選択が、人の命を軽々しく扱うものであっていいはずがない。

「――そうだね。きみは今、とても感情的になっている。だから納得がいかないみたいだけど、きみになら見えるはずだよ。――ああ、時間切れみたいだね」

 そう言って、リューネリアの背後の扉を見やる。

 あまりに衝撃的なことばかりに、言葉を失ってしまい、背後の物音にまで気を留めていなかった。

 途端、激しい音と共に扉が開く。

「ネリー!」

 呼び声と共にウィルフレッドが駆け込んでくる。

 振り返って、思わずソファから立ち上がる。それと同時に、ウィルフレッドの背後から近衛兵が数名部屋になだれ込んできた。

 ウィルフレッドの様子から、ただならぬものを感じたのだろう。

 王太子の部屋に飛び込んでくるなど無茶をする。たとえ兄弟であっても、不審極まりない。近衛兵が腰のものに手をやっていないだけまだ安心できたが。

「ネリー?」

 先程のカールの発言に、ひどい顔をしていたのかもしれない。

 両腕をつかまれると、引き寄せられた。

 カールや近衛兵の目の前で、抱き寄せられて思わず身を固くする。と、その耳にカールの感心したような声が届いた。

「噂は本当だったんだね。……なるほど、仲は良いようだね」

 恥ずかしさのあまり突き飛ばしそうになるのを何とか我慢し、ウィルフレッドの腕を宥めるように押さえた。

 すると、ウィルフレッドがリューネリアの視線の先からカールを隠す。

「あの、ウィルフレッド様。まだお義兄さまとの話は――」

 背中に向かって言うと、ウィルフレッドはそれさえも遮るように、ソファにくつろいでいるカールに向けて口を開いた。

「王太子殿下。一体、どういうつもりです。私の妻に何をするつもりだったのですか?」

 その態度は、弟というよりも臣下のそれに近くて、リューネリアは先程カールが見せた寂しげな笑みを思い出した。

「どうしてそんなに他人行儀なのかな。たった一人の弟にまでそんな態度を取られるとは」

 不本意そうに言い放ち、そして諦めたように溜息を落とした。

「リューネリア殿。この場は引いてくれないかな」

 そう言って近衛兵を呼ぶ。

 ずらりと周囲を取り囲まれ、彼らに腕を取られると、丁寧ではあるが否応なしに部屋から連れ出される。

 しかし部屋から出る直前、カールは告げる。

「あ、そうそう。賭けは私の負けということで」

 振り返ったリューネリアにカールは笑顔を向けてきた。

「賭け?」

 ウィルフレッドは訝しげに眉を顰める。だが、リューネリアは首を横に振るとウィルフレッドを促して部屋を出た。

 言えるような内容ではない。今はまだ、心の整理が間に合わない。

「ネリー?」

 カールの部屋から出されると、近衛兵から自由を取り戻す。

 周囲はすっかり薄暗くなり、空気がひやりと頬を撫でる。

「戻りましょう。終わったわ……。ニーナも」

 ずっと控えの間で会話を聞いていたはずだ。ニーナは頷くとリューネリアに従った。ウィルフレッドも無理に問い質すようなことはしなかったが、こちらを気にしながらも、リューネリアと共に中央棟へと足を向けた。

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