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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
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46.直接対決(時間をあげよう)


 報せるべきなのか、報せないでおくべきなのか。

 リューネリアは王太子殿下の私室へと向かいながら、なおも悩んでいた。

 夕刻、王太子殿下に面会を申し込んだ返事が来た。もしかしたら拒否されるかもしれないと思っていたが、思いの外すんなりと許可が下り、今、北棟へと続く回廊を歩いている。

 国王及び王太子――つまり王族の生活は基本的に、北棟で近衛兵による厳重な警備をしかれた上に成り立っている。しかも王太子は病弱ときている。面会するとしても本人の許可はおろか、医師の許可まで必要になってしまうのだ。だがつい先程、その両方の許可が下りたのだ。

 今から会うべき理由は、単なる見舞いだ。

 強い理由を思いつかなかったということもある。が、多分、どのような理由にしろ、四年前のアクセリナ戦を指揮していたのが王太子だというのなら、どのような誤魔化しも嘘だと見抜くはずだった。

 しかも、リューネリアは本音を問い質しに行くのだ。命を狙いましたか、と。その上、確実な証拠は無いのだ。不敬と言われずとも、発狂したと思われても仕方がないことをしに行くのだ。

 もう、ここまで追いつめられたのだ。

 殺されるよりも発狂したと思われた方がいい。

 前後に護衛の騎士を従え、侍女はニーナのみを連れてきた。

 北棟に入る前に、護衛の騎士たちとは別れる。北棟専属の近衛兵による護衛に代わるのだ。ニーナはそのまま付き従う。

 やはり考えた末、戻る護衛の騎士の一人に伝言を頼む。リューネリアに声をかけられ、彼は頬を上気させ敬礼した。

 伝言先は夫であるウィルフレッド。

 ただ、王太子と面会する旨のみを伝えてもらうことにした。詳しいことは、伝言など出来るような内容ではない。

 北棟は静かだった。

 夕暮れ時と言うこともあり、斜陽が長く影を引く。

 いくつもの角を曲がり、重厚な扉の前にたどり着く。その扉の前にはまた護衛が立っており、リューネリアに敬礼した。

 扉をくぐると、取次の間で少しの間待たされる。ここから先は、ニーナは入ることは出来ない。

 通された先の部屋では、ソファでくつろいでいる王太子――カールがいた。

 夕暮れの日差しが部屋に入り込み、ウィルフレッドによく似た、だが線の細い頼りなさを見せる男性がゆったりと立ち上がった。

 わざわざ出迎えてくれようとしている相手に、リューネリアは部屋の入り口でドレスをつまみ、礼をした。

「王太子殿下におかれましては、この度の面会をお許し下さり感謝しております」

 床に落とした視線の先に、カールの靴先が見えた。

「堅苦しいのは止めよう。さあ、こちらに来て座ってくれ」

 ソファを示され、頷きを返す。

「お身体の調子はいかがですか?」

 ソファに向かい合って座り、他愛もない会話で繋ぐ。一応、見舞いと称してやってきたのだ。それぐらい聞かなければおかしいだろう。

 カールはウィルフレッドによく似た顔立ちで瞳の色も同じ色だった。だが、ウィルフレッドの瞳が波の立たない穏やかな湖だとすれば、カールの瞳は底の見えない深い湖を思わせる。

 その瞳がリューネリアを捕らえる。

「ここ最近は調子いいよ」

 ゆるく笑みを浮かべてはいるが、瞳が笑っていなかった。

「さて。見舞いとは表向きで、本当は私に話があるんだろう」

 どうやって話を切り出そうかと迷っていたが、まさかカールの方から話を振ってくれるとは思わなかった為、逆に不意をつかれた形になる。

 だが、やはり、とも思う。

 リューネリアがここに何をしに来たのか、彼は知っている。分かっているのだ。

「王太子殿下にお聞きしたいことが――」

 意を決して口を開く。が、ふと手を上げて遮られる。

「その、殿下、というのは止してくれないかな」

「では何とお呼びすれば?」

 わずかに緊張して問うと、口の端を上げてカールは笑みを浮かべる。

「名前で……というのはさすがにまずいか。兄で構わないよ。きみは弟の妻。私にとって義理の妹になるのだからね」

 思いの外、親近感を漂わせるカールに、リューネリアは戸惑いを覚える。

 本当に、今、目の前に座っている人物が、自分の命を狙っていたのか不安になる。もしかして、全く思い違いをしていたのではないだろうか。

 侍女がお茶を運んできて、テーブルの上に置いた。

 いつも飲むお茶とは違う香りが漂い、リューネリアは微かに首を傾げた。わずかだが、薬のような匂いがする。

「お気に召さないかな。身体にいいお茶だよ」

 それをカールから言われても、あまり嬉しくはない。いつぞやは毒草を茶筒に入れて贈ってくれたではないか。

 奇妙な眼差しでお茶を眺めていたからだろうか。カールはふと笑った。

「毒は入っていない」

 その笑い方がウィルフレッドに似ていて、慌てて視線を逸らす。そしてカップを手に取る。

 やりづらい。

 そう思いながらお茶を口に含む。そして視線を彼に向けたまま嚥下した。

「お義兄さま」

 と、呼んでみる。

 まさか本当に呼ばれるとは思っていなかったのだろう。目をわずかに瞠り、だが、すぐに寂しげな笑みを浮かべる。

「なかなかいい響きだね。ウィルフレッドはもう兄とは呼んでくれないから」

「そうですか……」

 実の弟から兄と呼ばれないからと、その嫁に呼ばせるとはどういうつもりなのだろう。

 カップを受け皿に戻すと、息を一つ吐く。そして、視線をカールに向けた。

「なぜ、わたくしの命を狙ったのでしょう?」

 このままいけば、うかうかとかわされそうだと思い、リューネリアは直球でいくことにした。

 底の深い湖のような瞳を見つめていると、そこに興味深いものを見るような色が浮かぶ。

 どれぐらいの時間が経っただろうか。カールはゆっくりと口を開いた。

「きみが四年前、パルミディアの軍勢を率いていたと知ったから……かな」

 否定もせず、正直に認めたことにリューネリアは瞠目した。

「ですが、ならば何故、すぐにわたくしを狙わなかったのです?」

「ヴェルセシュカに来てってことかな?それはきみにも時間をあげようと思ったからだよ。味方を作るだけのね」

 あくまでも穏やかな口調を保ったまま、その内容は恐ろしいことを言う。つまり、はじめから仕掛けようとしていたのだ。

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