44.最終結論(どんなことがあっても味方です)
告げられた言葉に、衝撃を受けずにはいられなかった。
再び戦争をする為に、リューネリアを邪魔に思っていたのは議会ではなかったのか。王族は戦争を反対していて、自分をその駒として受け入れたのではなかったのか。
音を立てて血の気の失せる感覚を味わう。一瞬にして、目の前が暗くなる。
ふと気づいた時はニーナが傍らにいて、ソファに横たえられていた。
視線を動かすと、コーデリアとビアンカも側で心配そうにこちらを見ていた。
口早に大丈夫と呟いて、ニーナの手を借りて座りなおす。
「申し訳ございませんでしたわ、ネリア様」
落ち込んだようにコーデリアは俯いた。
くらくらする頭に片手を添え、コーデリアの行動を押し留めた。彼女が悪いのではない。むしろ、そのような情報を教えてくれたことに感謝こそすれ、謝罪を受ける謂れはない。
それよりも聞きたいことがある。
「その……誰かはご存知ですか?」
本音としたら聞きたくはない。
だが、逃げるわけにはいかない。目を逸らすわけにはいかない。王族の誰かによって、自分が今後取るべき道が決定するのだから。
しかし、コーデリアはわずかに青ざめたまま首を横に振る。
紅を刷いた唇は閉ざされ、言葉を紡ごうとしない。
「わたくしは大丈夫です。知っていることを教えて下さい」
身を乗り出してコーデリアを見つめたが、彼女はゆるく首を振るばかり。
「本当に知らないのです」
いつもはまっすぐに見つめてくるその青い瞳は逸らされ、揺れているような気がした。
もしかしたら彼女には予想がついているのかもしれない。だが、きっと再度尋ねたところで彼女のその頑なな態度から、きっと答えは得られないだろうと判断する。
これだけでも収穫はあったのだ。
今の話から、その情報をこの場で話すだけでも危険が伴うかもしれないのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「報せてくれたこと――感謝します」
追求をしないと告げるかわりに、謝辞を述べる。
「ネリア様。どうかお気をしっかり持って下さい」
「私たちはどんなことがあってもネリア様の味方ですから」
痛ましげな表情を浮かべる二人に、どうにか笑顔を向ける。
彼女たちの労わりは、ほんの一瞬でも慰められる。実際に、リューネリアを狙う者がヴェルセシュカという国となった場合、その言葉は彼女たちには重荷にしかならないだろう。だが、嘘を言うつもりではなかったことぐらいリューネリアにも分かる。
「もう、戦争などこりごりですのに……」
ビアンカが吐き捨てるように言う。
どうやら相当嫌な思い出があるようだ。
彼女は豪商の娘で、ヴァーノン子爵に見初められて輿入れした身だ。ならば年若いビアンカは、結婚する前は商家にいたわけで、戦時中には国に供給を強いられていたと考えられる。そこで嫌な思いをしたと考えてもおかしくはない。
「私たちにはやはり戦争を止めることなど出来ないのかしら」
コーデリアも力不足を嘆くように呟く。
彼女の一人娘は、パルミディアへの人質候補だ。他人事ではないのだ。
それに、子供を持つ親なら誰だって戦争などという悲惨な状況を子供に見せたくはないだろう。勝っても負けても、犠牲はどこかに潜んで、影で悲しんでいる人が必ずいるのだから。
それを思うと胸の奥が疼く。他人事ではないのだ。
「戦争など無くなってしまえばいいのに……」
つくづくと呟くと、ビアンカは頷いて、申し訳ございませんと一つ謝ってから続けた。
「実は私、四年前に、パルミディアが国境を越えた時、あの運河沿いの街、アクセリナにいたのです」
パルミディアにしてみれば完全な敗北、ヴェルセシュカにしてみれば完全な勝利を治めた戦いのことだ。
まだ嫁いでもおらず、家業を手伝っていたビアンカは食糧をヴェルセシュカの軍へと運んで来ていたらしい。
そこで見た悲惨な光景を今でも忘れないという。
それはまたリューネリアにも言えたことだった。後方支援とは言え、一年以上戦場にいたのだ。幾度となくそういう光景を目にしてきて、なお且つパルミディアの勝利の為に自らの知識をもって、ヴェルセシュカの軍を迎え撃っていたのだ。
それが王族の責任だと思って。
「パルミディアの軍勢が押し寄せてきた時、もう駄目だと思いましたわ」
その時の恐怖を思い出したのか、ビアンカはふるりと身体を震わせた。
今なら思う。
王族であったからこそ戦争を止めることが出来たのではないだろうか。誰かの思惑であれ、それに乗せられて自ら軍配を振ってしまった自分に責任がないとは言い切れない。あの時、乗せられず、どうして止めることに頭が回らなかったのだろうか。
「ですが、王太子殿下のおかげで今があるのですけど」
ビアンカは、目を伏せてふと呟いた。
だが、リューネリアはビアンカの言葉に首を傾げる。
「王太子殿下?」
「ええ。パルミディア軍を追い返したのは王太子殿下の采配です」
コーデリアがリューネリアの疑問を察して、答えてくれた。
「ですが、王太子殿下は……」
「ええ。殿下はお身体の丈夫な方ではありませんわ。戦場におられた時も当初、状況を見て実際に指揮を取っていた者に助言される程度で……ですが、あの時だけは無理を押して直接指揮を取られたと聞いております」
だから、議会も王太子殿下には一目置いているところがあるのです、と続けたコーデリアの言葉が耳を素通りする。
リューネリアは目を見張った。
あの時――アクセリナの戦いの時、ヴェルセシュカの軍を指揮している者を探ったが、知ることは出来なかった。というよりも、探る間も与えられず追い返されたのだが。
その後、どんなに探ってもあの場で指揮をとっていた者を知ることは出来なかった。
まさか、こんな時に知ることになるとは。
「そう……」
頭の中が目まぐるしく計算していく。
そして全てが一つに収束する。
「ネリア様?」
急に黙り込んだリューネリアを訝しむように、二人の女性にジッと見つめられる。
「いえ、大丈夫です」
そう言って、今思ったことを胸の奥にしまう。
それ以降は、その話を完全に打ち切り、しばらくは他愛のない会話をしてお茶会をお開きにした。
二人を見送った後、ニーナを呼ぶ。
「ニーナ。少し確認して来て欲しいことがあるの」
声をかけると、ニーナは一礼した。
二つの事を告げると、彼女は身を翻して部屋から出ていく。
彼女が戻ってくるまでの間、静寂が耳に痛かった。息苦しくなるほどの沈黙が部屋を満たす。
だが、扉が開いてニーナが姿を現した時、彼女の顔を見て苦笑した。するしかなかった。
彼女からの報告を受け、結論から言うと、自分の考えに間違いはなかった。
「では今回の首謀者のところに連絡を――そうね、お見舞いに伺いたいと伝えて」
そう告げたリューネリアに、ニーナはゆっくりと頷いた。