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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
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37.五里霧中(黒とは言えない)


 事が起こった時、ニーナを除く六人の侍女の内、二人はリューネリアの私室や寝室の片付けの為に残っていたことは把握している。

 うち一人はランス公爵家の後見で侍女として王宮に上がったダーラと、残るもう一人の侍女は王太子の婚約者の実家であるクワエル伯爵家の遠縁にあたるマーシャだ。

 残り四人にしても、それぞれの後見は確かなものであり、あえて言うならランス公爵家の後見というだけでダーラが一番あやしい。

 未だに休戦したことに否定的な議員は多い。水面下で動いている者もいるが、それでも極々少人数で、大きな動きは見せていない。取りあえず動きを監視しておくが、放っておいても問題はないと言われている。

 だが、ここで問題となるのはランス侯爵だ。

 リューネリアはウィルフレッドから説明を受けながら、自分がヴェルセシュカに来てから得た情報と矛盾する話に首を傾げた。

 公爵は議会での発言権は確かに高いが、ウィルフレッドとリューネリアの婚姻を推し進めてきた一派の台頭ではなかっただろうか。つまり、戦争反対派のはず。

 確認すると、ウィルフレッドは頷き、苦々しく言葉を続けた。

 エリアスの言葉を借りると、一度身内に招いた方が油断させることが出来るとのこと。

 極端な言い方をすると、嫁いできたパルミディアの王女が不慮の事故(・・・・・)で亡くなろうとも、すべてヴェルセシュカ内の問題として片付けることが出来る。実際問題としてパルミディアが黙っているとは思えないが、全く有り得ないという話でもない。

 しかもその可能性を考えるなら、憂慮すべきことは他にもある。

 パルミディアには現在、王位を継承すべき人間は、リューネリアの弟、ライオネル一人だ。しかもまだ幼く、パルミディアの王子一人いなくなれば、パルミディアは内側から荒れていく。

 そうなることを見越してのことなら、ランス公爵も疑うべき一人だろう、と。

「でも、それは公爵が議会でも発言権が高いから疑われているのでしょう?」

 穿ち過ぎではないかとリューネリアは思う。

 寝室で、寝台の端に腰かけて話をしていたウィルフレッドに問うと、肯定された。

 リューネリアは窓際に置かれたテーブルの側の椅子に腰を下ろしている。

 パルミディアを内側から混乱させ、瓦解させようとする考えでいくと、リューネリアを亡き者にした後、なお且つ、ライオネルを狙うことになる。それはあまりにも危険すぎやしないだろうか。

 ならばいっそ、ライオネルだけを狙い、次にパルミディアの王位継承権を保持するのは言わずと知れたリューネリア自身だ。ヴェルセシュカに嫁いできたとは言え、夫は第二王子。共にパルミディアに行くことになるならば、全てはヴェルセシュカの有利に事が運ぶだろう。

 リューネリアならば、この方法を取る。明らかに益が多いではないか。

 そう考えるとやはり、ランス公爵は違うのではないだろうか。

 だが百歩譲って今現在、もっとも疑わしい線を考えてみる。

「仮にそうだとしたら、ダーラが情報を流す先はランス公爵家以外、考えられないのよね?」

「そうなるな。彼女はランス公爵家寄りの人間であって血縁ではないから、後見をしてくれているランス公爵の顔に泥を塗ることは絶対にできない。もしも、公爵家を裏切ることがあればこの先、仕事に就くことも、嫁ぐことも、公爵の目の届くところで生活することも出来ないだろうからな」

 それは血縁であっても、少なからず言えることだ。ということは、クワエル伯爵家の遠縁にあたる侍女のマーシャも情報を流す先がクワエル伯爵家以外は考えられないということか。だが、クワエル伯爵家の令嬢は王太子に嫁ぐことが決まっている。王家に反旗を翻すはずはない。

 とすると、やはりダーラが今のところあやしいのか。

 しかしランス公爵を疑うには不確定要素が多すぎる。行きつく先は先程の件に戻り、これでは堂々巡りだ。

「ネリー」

 そのまま考え込んでいると、ウィルフレッドに不意に呼ばれた。

「はい?」

 呼ばれるままに寝台に近づくと、腕を取られ、身体ごと寝台の奥へと押しやられる。

 勢いづいていたため一瞬身体が跳ねたが、どこも痛くはなく、そこはいつもリューネリアが横になる場所だった。

 窓に近い方がウィルフレッドの定位置だ。今も寝台に窓際よりで座っている。

 その姿勢のまま見上げると、真剣な眼差しが見下ろしてくる。外から覆い隠すように身をかがめると、リューネリアの耳元で囁く。

「あまり長い間、窓辺にいては駄目だ」

「……はい」

 話をするには必要以上な近さに、取りあえず寝台の上で座り直し、適度な距離を取る。

 心臓を宥めながら、視線をウィルフレッドから外してさり気なく話を続ける。

「それで、騎士の方々は?」

「こちらも黒とも白とも言い難い」

 憮然として答えたウィルフレッドにリューネリアもやはり、と思う。

 そうなのだ。はっきりと黒とは言えない。

 ダーラとマーシャにそれぞれ話を聞いても、二人は朝からリューネリアの私室の片付けをしていて、リューネリア付きの侍女以外の者と話をしていないと言うのだ。侍女たちは仲が良いが、だからと言って庇い合っているようにも見えなかった。

「しかも騎士の方はランス公爵家ともクワエル伯爵家ともつながりはない」

 もともと騎士になろうとする者は貴族の子息でも家督を継げない二男や三男が多い。そんな彼らでも後継ぎとなる貴族の令嬢と縁続きになれば生活は安泰だ。とすれば、議会に連なる貴族に情報を売る者もいなくはないだろう。つまり、騎士に関しては、誰もが疑わしいのだ。

 リューネリアは眉間に皺を寄せて唸る。

「さっぱり分からないわ」

 危険を冒してまでリューネリアを狙ったのだ。少しぐらい何かが見えてきてもいいはずなのに、まったく尻尾がつかめない。

 ふと嫌な予感が過る。

 もしかすると事は簡単なことではないのかもしれない。

「ネリー。もう休もう」

 考えを遮るように、強引ともいえる行動で寝台に横たわらされ、腕の中に閉じ込められた。

「あまり考え込むな。寝不足になるといざいとう時反応が鈍る」

「でも……」

 何か見落としていることがあるかもしれない。それは時間が経てば経つほど思い出せなくなる。

 それに――。

「眠れないなら、眠れるようにしようか?」

 まるで考えを読んだかのように……しかも艶のある声が耳元をかすめ、リューネリアは瞬間的に首を横に振った。思わず腕を押して身体の間に隙間を作る。

「遠慮しなくても」

「別に遠慮はしてません。今はそんな場合じゃ――」

 と言いつつ、ウィルフレッドを見上げると、その顔は楽しそうに笑っている。

「……遊びましたね」

 ムッとして睨んだが、ウィルフレッドは気も止めず、リューネリアの背中に回していた腕に力を入れ、その距離を一段と縮める。

 ゆるりと背中を撫でられ、思わず身を固くする。

「遊んではいない。俺はこれでもかなり我慢をしている」

 何を、と聞くほどリューネリアも鈍くはない。求められていることも分かっている。

 だが、本当はそれではいけないことも理解している。リューネリアは義務を果たしていない。我儘を言ってウィルフレッドに我慢を強いている。本当なら夫であるウィルフレッドに義務だと言われれば、拒むことは出来ないのに。

 黙り込んでしまったリューネリアの瞼に、いつものように優しい口づけが落とされる。

 おやすみと囁かれれば、瞼を閉じるしかない。

 温かい腕の中は、どんな不安も溶かしてくれるようだ。ウィルフレッドの胸に、甘えていると思いつつも額をくっつけると、その胸から穏やかな心音が伝わってきて、リューネリアはほどなく眠りの中に落ちていった。



 そして、リューネリアの予感は的中する――。

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