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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
35/53

35.表裏一体(これが私の望む生き方)

 土で汚れたドレスを着替え、私室のソファに腰を下ろした。

 部屋の中は朝と変わらず、花で溢れかえっている。温かな日差しが窓から入り込み、日常とどこも変わらない。見た目だけは。

 朝の和やかな雰囲気はどこに行ったのか、張りつめた空気がリューネリアの周りに絡みつき、先程までいた侍女たちも不安そうな面持ちのまま、それでも緊張感が発せられていた。

 部屋の外には、ウィルフレッドに言われて来たのだろう。ロレインとバレンティナが控えている。

 着替え終わってすぐに駆け込んできた二人の姿に、思わず目を見張ったが、二人の表情を見て思わず苦笑した。心配して駆けつけてきてくれた二人には申し訳なかったが、その心配が心の中に安堵をもたらしたのは事実だ。冷え冷えとしていた心の中が温かくなる。

 笑みを向けると、二人も落ち着きを取り戻してくれ、先ほどまで側にいてくれたが、仕事を優先してもらった。

 部屋を見渡し、そう言えばウィルフレッドと摘んだ薔薇を庭園に忘れてきてしまったことを思い出した。

 目の前に広がる赤。振りかざされた剣――。

 向けられた言葉からも、明らかにあれは自分を狙ったものだ。

 今までも何度か命を狙われたことはあったが、ここまで白昼堂々と襲ってくることはなかった。いつもなら襲われたことを秘密裏に処理していたのだが、さすがに今回はそうはいかないだろう。公にすることがどのような影響を周囲に与えることになるのか。

 ぐっと唇を噛みしめる。

 命を狙う理由は分かる。だが、なぜ今になってこのような手段に出たのか。そこまで戦争をしたいのか。

「ニーナ」

 現在、部屋にただ一人控えている侍女を呼ぶ。他の侍女たちは別室でエリアスから具体的に話を聞かれている。

 傍らに立った彼女を見上げ、リューネリアは決心する。

 先ほど、念のためと思ってドレスの隠しに持っていたものを取りだし、ニーナに差し出す。

「これを」

 それは小さな短剣だ。

 女性でも重量を感じさせないほど軽く、扱いやすい代物だ。護身用としてパルミディアであつらえたものだったが、リューネリアにこれを扱う技術はない。

「はい」

 両手で捧げるようにして受け取ったニーナに、申し訳なくて小さく謝罪する。

 だが、向けられた殺意に無防備でいられるほどこの命は軽いものではない。二つの国の将来がかかっているのだ。ならば守るしかない。それがニーナに約束させたことを自らが破ることになったとしても……。


 

 ニーナがリューネリアの侍女となったのはニーナが八歳、リューネリアが六歳の頃のことだ。

 当時、ヴェルセシュカとの国境沿いで小競り合いが頻発し、いつ開戦をしてもおかしくない状態が続いていた。

 今思えば、父であるパルミディアの王はすでに戦争が始まることを予測していたのだろう。その当時、パルミディア王家直系の後継ぎはリューネリア一人。弟のライオネルはまだ産まれてさえいなかった。当然、王になにかあれば一人娘のリューネリアに国の命運がかかることになる。つまり、失うことのできない存在だったのだ。

 そこで、リューネリアに年齢の近い侍女を側に置くということになった。それは身代わりに他ならなく、髪色も黒に近い少女たちが集められ、その中にニーナがいた。

 彼女はヤドヴィガ山脈の山岳地帯に住む民族の出だった。身にまとう雰囲気が他の少女たちとは違い、どこか一線を引いたところがリューネリアの気にかかった。

 話を聞くと、王宮から出された条件はかなりのよい条件で高額な給金も出るとのこと。山岳地帯の生活は苦しく、家族を養うために、自ら決心して王宮にやって来たということだった。

 わずか八歳というにもかかわらず、親から離れて暮らすことを選んだ彼女の強さにリューネリアは心を打たれた。

 それからというものリューネリアは何かとニーナを気にかけていたが、彼女たちの役割を知らなかったわけではない。何かあった時、犠牲となるのは彼女たちなのだ。適度な距離を取りつつ、いつもニーナを気にしていた。

 だがある時、何を思ったのか、ニーナが侍女の仕事を覚えつつも、王宮の警備をしている兵士達から剣の手ほどきを受けていることを知った。

 侍女の仕事は決して楽なものではない。それでもなお暇な時間を見つけて、剣の扱いを覚えようとしている彼女に理由を問うたが、決してその理由を口にすることはなかった。しかも彼女は、もともと山岳地帯に住んでいたためか、身体能力が高く、もともとの素質もあったのだろう。彼女は他の侍女とは違い、数年後には城の兵士たちにも引けを取らない腕前になっていた。

 そしてリューネリアが戦場へ赴くことが決まった時に気づいた。

 他の侍女には危険すぎる場所であるため連れていくことは無理でも、ニーナならば可能なこと。そのことで初めてニーナの求めていたものが何であったのかをリューネリアは知ることになった。それは、ニーナが自分の側にいることを選んだということに違いなく、リューネリアが侍女たちを身代わりにしたくないと思っていることを、彼女が理解していることに、さらに彼女に対しての信頼を深める結果となった。

 だが、そんな彼女とパルミディアを出る前に、一つだけ約束をした。

 本当は国に彼女を置いてきて、すべての役目から解放したかった。

 家族の元に返してあげたかった。

 しかし、はじめてニーナが口に出し、望んだことがリューネリアの側にいることだったのだ。リューネリアもヴェルセシュカに人質として行くことに当然不安がなかったわけではなく、今となってはそれが彼女の本意だったのかどうか、差し出されたその手を思わず掴んでしまったのは自分の弱さだ。

 できることなら自分を守るためとはいえ、ニーナに人を傷つけるようなことをして欲しくはない。ヴェルセシュカに連れて来ておきながら、それがどんなに自分勝手な考えなのかということも承知で、彼女に武器を持つことを禁止した。

 せめてこの国では普通の侍女として、普通の女性として過ごす楽しみを見つけて欲しいと思っていたのだ。決してこの地が安穏な地ではないと知りつつも、自分が上手く立ち回って今度は逆に彼女を守ればいいと思っていた。

 しかし、どこにでも予測していないことは起こり得るもので、協力者として申し分ないと思っていた夫は、この結婚を最初こそ仕事と割り切っていたようだが、今では完全に私情と化している。そしてまた、リューネリア自身もそれを心地よいものとして受け入れていた。本当なら、もっと要領よく行動するはずだったにもかかわらず、このような事態に陥る真似を引き起こしてしまった。

 思うに、今回の白昼の襲撃の一因は、ここ最近の騎士たちのリューネリアに対する態度だ。

 それはリューネリアがヴェルセシュカでの地位を向上させたと思っていいだろう。

 今まではウィルフレッドが夫という立場だからこそ、パルミディアの王女を受け入れていたと周囲には思われていた節もある。

 だが、騎士たちの態度から確実にリューネリアがヴェルセシュカに受け入れ始めた事に対する懸念だろう。早く危険な芽を摘み取っておくべきと思っての襲撃なのではないだろうか。


 ニーナにその考えを話すと、彼女は頷いた。

 どうやら考えは同じようだ。

 だが、リューネリアはやはり申し訳なくて、目を伏せた。

「ごめんなさい。ニーナにはもっと違う生き方をして貰いたかったのに……」

「いいえ。私はリューネリア様のお役に立てることが嬉しいのです」

 微かな頬笑みさえ浮かべて言うニーナに、リューネリアは首を横に振る。それを幸せだと思ってはいけないのだ。

「違うわ。言ったでしょう。あなたはあなたの生きたいように生きていいと」

「はい。ですからこれが私の望む生き方です」

 リューネリアの側に跪くと、下から見上げてくる。

「リューネリア様の思うままに、お使い下さい」

 自分の力不足を痛感しながら、リューネリアは心の中でニーナに謝る。まだ彼女の力を借りなければ何も出来ないのだ。

 だがいつまでも後悔していては始まらない。事はすでに起こってしまったのだ。頭を切り替えなければならない。

「取りあえず、今まで通りに。ウィルフレッド様から話しを聞いて、それから動きましょう。少しでも状況が分かってからの方が無駄も少ないわ」

 頭の中が冷えていくような感覚が蘇る。

 かつて戦場に立った時と同じように。

 常に後方にいて、剣を振るったわけではない。だが、戦局を見ながら指示を出すことはできていた。後方支援という隠れ蓑の中で――。

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