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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
34/53

34.白昼堂々(大丈夫)

※残酷描写あり。苦手な方はご注意下さい。


 午前中の予定を全て取り消したウィルフレッドに、当初行く予定だった執務室から見える中庭ではなく、王宮の裏手に広がる本格的な庭園へと案内された。

 そこは見渡す限りの緑で覆われ、所々に同一色の花が植えられ、今が盛りとばかりに咲き乱れている。まるで一つの絵画を見ているような気分だった。だが風に乗って漂ってくる甘い香りが、目の前の風景を現実のものだと教えてくれる。

 咲いている花は多種多様ではあったがその中でも薔薇が多く、見事な大輪の花を付けている。切り花にするには開きすぎているが、見てまわるぶんには華やかで十分、目を楽しませてくれる。

 ウィルフレッドに案内されながら庭園へと足を踏み入れた。そこはまるで迷路のような作りをしており、薔薇のアーチの連なった通路を通り抜けると、身長より高い植木で壁が作られている。そのまま右に左にと曲がりながら進み、あっという間にリューネリアの方向感覚を狂わせていく。ちょうど両手で数えられるぐらいの回数を曲がった頃には、帰る道が完全に分からなくなってしまった。

 緑の壁の上の方に、遠く王宮の屋根が見え、そちらに行けば多分、帰ることができるのだろうと思う程度だ。だが、きっと曲がりくねっているのでそう簡単にはたどり着けないだろう。

「ウィルフレッド様は戻る道を分かってらっしゃるんですよね?」

 不安になって聞くと、からかいを含んだ目がリューネリアに向けられる。

「いや。適当に歩いてるよ」

「……――」

 息をのみこんで見つめると、手を差し出された。

「大丈夫。実はこの庭を抜けるにはコツがある」

 背後についてくる侍女や騎士たちの目を気にしながら、差し出された手を取るべきか悩む。その躊躇いを見抜かれ、ウィルフレッドは一歩戻ってくると、当然のようにリューネリアの手を取って腕に置く。それは夜会でエスコートする位置と同じで、リューネリアは安心して歩を進めた。

「ネリーは花の名前に詳しい?」

「パルミディアは緑と湖の国ですよ?」

 笑いながら答えると、そうだったとウィルフレッドも笑む。

「それなら簡単だ」

 そう言って、庭園の秘密を口にする。分かれ道に必ず植えられている花の名前の頭文字を拾っていくとある言葉になる。言葉になるように拾っていかなければ王宮へは帰ることはできない。それは、この庭園の何処からはじめても結果が同じように設計されているとのことだった。

「その言葉は?」

 耳元でこっそりと囁かれ、リューネリアは口元に笑みを浮かべた。

 それは子供から大人まで、誰もが知っている物語に関わる言葉。

「この庭園を造った人は、とても遊び心のある方だったのですね」

「そう。とてもね」

 まだ何か秘密があるような口ぶりのウィルフレッドと歩きながら、この時間がとても穏やかでリューネリアの心も安らかな気持ちになる。戦争を終わらせるための結婚だったはずなのに、こんなにも穏やかで――幸せでいいのだろうかとも思う。まるで夢のようだとも。

 このまま何事もなくウィルフレッドと一生を共にすることができれば本当に幸せだと思う。いずれ子供ができ、穏やかな家庭を作ることはきっとウィルフレッドとなら可能だろう。

 添える腕に力を入れると、ウィルフレッドは歩みを止めてくれる。薔薇を指差すと、小型のナイフで切ってくれた。その上、刺を取りリューネリアに渡してくれる。

 そうやって庭園を歩きながら何本も薔薇を摘む。

 いつまでもこの幸せが続けばいい。そう願っていた――。



 しばらく行くと突如開けた場所に行きあたった。そこには小さいながらも噴水があり、周囲にはテーブルと椅子が置いてあった。似たような場所が他にも数ヶ所設けてあると聞き、改めて庭園の広さを実感する。

 確かにこれほどの庭園ならば歩き疲れてしまう者は多いだろう。正直、リューネリアも少し休みたいと思っていたところだった。

 侍女たちもお茶の準備を始める。騎士たちも周囲を警戒しながら、それでもこの和やかな雰囲気を壊さないよう、適度の距離を保っている。

 リューネリアは一人で噴水の周囲を一周してみる。今、自分たちがやって来た方向とは違う方向へと三本、道がまだある。どこに続いているのかウィルフレッドに聞いてみようとしたその時、ふと感じた違和感に、視線を戻す。

 何に対しての違和感か。すぐに分かった。

 その道の一つに人がいた。騎士でも侍女でもない。まして、庭師でもない。

「ネリー!」

 ウィルフレッドの逼迫した声と、その者がこちらに向かってきたのはほぼ同時だった。

 何かに陽光が反射し、眩しくて思わず手を翳す。それが陽の光を浴びた剣だと気づいた時は、すでに男は目の前にいた。

 リューネリアに向かって大義名分を掲げた台詞を吐き出すと、その男は迷うことなく剣を振りかぶった。

 悲鳴が遠くで聞こえる。

 何かが割れたような音もした。

 このまま殺されるのかと呆然と見やる。幸せな未来を思い描いていたのは、ほんの少しだけ前のことだったはずなのに、ここで終わってしまうのかと思うと、それを自らも強く望んでいたのだと初めて気づく。だが、足が地面に縫いつけられたように動かず、ただ男の動作を見ているしかできなかった。

 が、振り下ろされたと思った瞬間、リューネリアの身体は突き飛ばされていた。

 甲高い金属音が、地面を目の前にしたリューネリアの耳に届いた。

「逃げろ!」

 ウィルフレッドの叫びを背後で聞き、地面をつかんだまま慌てて振り仰ぐ。

 知らない男と、ウィルフレッドが抜刀して向き合っていた。

「殿下!」

 騎士たちが慌てたように、駆け寄ってくる。

 リューネリアもすぐに、駆け寄ってきた騎士たちによって起こされ、ウィルフレッドから離された。

 そこに今度は、今まさにリューネリア達が通ってきた道から剣を持った男たちが現れた。

 侍女たちの悲鳴が上がる。

「リューネリア様!」

 数名の騎士が、リューネリアの前に立ち、彼らから守ってくれようとした。だが、当然戻る道は塞がれている。どうやら逃げ場はないらしい。

 じりじりと後退しながら、侍女たちの元へと下がるしかなかった。

 ニーナがリューネリアを守ろうと側に立つ。その目はとても冷静に、襲ってきた者たちを見つめている。

「大丈夫」

 リューネリアはニーナの腕をつかんで呟いた。

 だが視線はウィルフレッドから離れなかった。幾度か切り結んでいるようだったが、押されているようには見えない。むしろ優勢のように見える。

「失礼します」

 横でニーナの声が聞こえたと思うと、スッと視界が閉ざされた。

「ニーナ?」

「見てはなりません」

 何を、とは聞くまでもなく、その直後、数度の金属音が聞こえたと思うと、うめき声ともつかない悲鳴で分かってしまった。王族を襲った者たちが役目に失敗するとどういう結末を迎えるのか、その道は一つだけだ。それは、リューネリアにも分かっていたことだった。だが、絶命する人間の発する声は想像以上に身の毛がよだち、自然と身体が震えた。

 何かが地面に倒れる音がして、続いて剣戟が聞こえていた他の場所でも同様なことが起こった。警備に必要な最低限の人数で、捕らえることは無理だったのだろう。彼らの仕事は、ウィルフレッドやリューネリアを守ることが第一なのだ。

「ニーナ……手を外して」

「ですが」

 躊躇う彼女に、リューネリアは告げた。

「構いません」

 ゆっくりと視界が明るくなり、先ほどまでの穏やかな庭園には似つかわしくない鮮やかな赤が地面に広がっていた。

 すでに息をしていない人間が、その中ほどに倒れている。

 震える息を吐き出し、ゆっくりと息を飲み込む。

 視界に、出来るだけ地面に伏す人物を入れないよう視線を動かしウィルフレッドを探す。

 それは容易であると同時に、とても大変なことだった。もしも怪我をしていたらどうしようという恐怖が、ウィルフレッドを探す動作を躊躇わす。だが、見慣れた姿はすぐに目に入ってくる。

「ウィルフレッド様!」

 リューネリアはニーナの手を振り切って、ウィルフレッドのともに駆け寄った。

 抜き身の剣にはまだ血が付いていた。だが、彼の身の安全を確かめることがリューネリアにとって最優先だった。

「お怪我はありませんか!?」

「ああ……ネリーは?」

「大丈夫です」

 両手を胸の前で握りしめ、ホッと息を吐き出す。

 助けてもらった時、ドレスが多少土で汚れてしまったが、これといった怪我はない。

 ウィルフレッドは騎士たちに指示を出した後、リューネリアの肩を抱き寄せる。

「護衛をつける。部屋に戻っていてくれ」

「ウィルフレッド様は……」

「あとで行くから」

 そう言ってリューネリアは送り出された。

 侍女と護衛の騎士に守られ、この庭園に来た時とは逆の気分を味わいながら、沈んでゆく気持ちのまま部屋に戻ることしかできなかった。


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