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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第3章
33/53

33.平穏無事(お願いがあるんです)


 王宮はいつもと変わらない日常……となるはずだった――。


「リューネリア様、あの……、また花が届いておりますけど」

 さすがに王宮勤めの長いダーラでさえ、このような事態は想像していなかったのかもしれない。どこか遠慮がちに口を開く。

 王宮に帰ってきた翌日から、リューネリアの私室になぜか多くの騎士たちから花が届けられるようになった。それは薔薇であったり百合であったり、または野に咲く名もないような花であったりなのだが、毎日、毎朝届けられる。それも一輪だけ。

「……ありがとう。今度はどなたからかしら?」

 ニーナに髪を整えてもらいながら、視線だけを花に注ぐ。

 すでに王宮に帰着して五日。最初のうちこそ花を――それも、たった一輪という飾るにも迷惑にならない程度の花を貰うことを嬉しく思っていたのだが、多くの騎士たちから毎日届くので、現在その数は数え切れないほどになっている。それをどうにか侍女たちが見栄え良く生けてくれているが、それでも限度というものがある。だからと言って、素気無く捨ててしまうのは気持ちのこもった贈り物である以上リューネリアにはできなかった。

「ええっと、騎士団長からです……」

「……――っ」

 リューネリアは思わず噴き出してしまった。

 あの大きな人が一体どのような顔をして持ってきたのか。

 一頻り笑った後、笑いが収まると今度は溜息がこぼれる。

 なぜこんなにも騎士たちから花を貰うことになってしまったのか。思い当たることは一つだ。

 ザクスリュム領でウィルフレッドと馬での勝負のことを聞き及んだのだろう。だがリューネリアが不思議に思えるのは、彼らの仕えるウィルフレッドが負けた事を、なぜ彼らは腹を立てないのだろうか。むしろ調子に乗るなとリューネリアに辛く当ってもおかしくないはずなのに、王宮内で彼らとすれ違おうものなら、大変な目にあう。どこに行くのかを尋ねられ、そこまで護衛と称して付いてくる。それはまだいい方だ。護衛と言いながら嬉しそうに話しかけ、まったく護衛になっていないこともよくあるのだが、少なくともそこにあるのは好意であるのは分かっているので無下にもできない。

「いずれ彼らも飽きますよ」

 髪に飾りをさしたところでニーナが鏡をリューネリアの正面に持ってきた。

 背後に立つニーナに視線を向け、リューネリアも苦笑する。

「そう願いたいわ」

 支度も済み、もう一度寝室へと向かう。

 寝室を通り抜けて、ウィルフレッドの私室への扉をノックした。

「どうぞ」

 エリアスの声が聞こえ、あら、と思う。

 朝早くから何事だろう。

 扉を開けると、朝食の準備がちょうど整い終わったところらしく、ウィルフレッドがリューネリアのために椅子を引いてくれた。

 それが面映ゆい。

 王宮に帰って来てから変わったことがもう一つある。朝食をウィルフレッドと共に取ることになったのだ。

 王宮に帰ってきた翌日の朝、ウィルフレッドの腕の中で目覚めたリューネリアに、朝日よりも眩しい笑顔で朝の挨拶をし、旅の疲れさえ見せず、リューネリアの頬を愛おしげに撫でながら、反対の頬に口づけを落とした。それを侍女たちの目の前でされ、リューネリアは思わず突き飛ばしそうになってしまったのだ。寸前で思いとどまったが……。

 いつもならそのまま朝の支度に取りかかるべく、それぞれの部屋に戻るのだが、ウィルフレッドはリューネリアの手を取ったまま離さず、なおもその手に口づける。侍女たちの溜息とも悲鳴とも言えない声を側で聞きながら、早く離して欲しかったが羞恥と混乱で固まってしまったのだが。

「午後まで会わずにいる自信がないな……」

 溜息のような呟きを聞いたニーナが、おそれながら、と口を出す。

 助けてくれるのかと彼女を見やると、ニーナはあくまでも彼女の仕事に忠実だった。

「少しでも長く一緒にいたいのであれば、朝餉を一緒に取られてはいかがでしょうか?」

 淡々と言う彼女の提案を聞いたウィルフレッドは、途端喜色を満面にあらわす。

「それがいい」

 一つ返事で決定され、それからというもの毎朝の日課になってしまった。

 なぜ、そのようなことを言ったのかとニーナにあとになって尋ねると、笑顔で答えが返ってきた。

「いつまでもあの調子では朝の支度に手間取りますし、朝食を一緒に取られれば、準備も一カ所で手間いらずでしょう」

 リューネリアの朝の支度は時間がかかる。その点、ウィルフレッドは簡単だ。だから、ウィルフレッドの支度が済んだ後、朝餉の準備をしてもらっていると、ちょうどいい時間になるというのだ。

 ということで、朝餉の席についたリューネリアに、ウィルフレッドは満足げに笑みを向ける。

 その側に立つエリアスを見ると、いつもと変わりない様子で挨拶をされる。

「おはようございます。妃殿下」

「本当にお早いですね。何かありましたか?」

 給仕をされながら見上げると、エリアスがウィルフレッドを見やった。

「大したことではありませんが、早いうちに殿下の耳に入れておいた方がよいかと思いまして」

 意味ありげな視線をリューネリアに向けてくる。どうやら自分に関係のあることらしい。わずかに首を傾げると、エリアスは給仕をしているニーナに声をかける。

「最近、妃殿下は困った事がおありだそうですね?」

「ええ。ですが大したことではないとおっしゃってますが」

 給仕の手を止めてニーナはエリアスを見、そしてリューネリアに視線を移す。間違ってませんよねと、その瞳は言っている。

 軽く頷くと、ニーナは再びエリアスを見た。

「ネリー、何があったんだ?」

 テーブル越しに手を握られ、リューネリアは大したことではないと前置きし、最近、毎朝送られてくる花の話をした。

「誰だ、そんなことをするのは」

 話を聞いたウィルフレッドは、怒りもあらわに立ち上がると寝室へと向かう。リューネリアは慌ててウィルフレッドのあとを追った。

 私室への扉を開けると、途端、甘い花の香りが立ち込める。ずっと部屋にいると気づかないが、外から入ってくるとその香りはかなり強い。ウィルフレッドもその部屋の状態に一瞬呆気に取られたように立ち止まった。

 エリアスは寝室へと立ち入るわけにもゆかず、一度部屋を出てから廊下側からリューネリアの部屋へと顔を出した。そのエリアスでさえ、呆れたように部屋を見回した。

「これはまた……、思っていた以上ですね……」

 どうやら話は聞いていたらしい。ある程度の想像をしていたようだが、リューネリアの部屋に飾られた花の多さに、さすがに閉口した。

 給仕を一時止めてリューネリアのあとを付いてきたニーナに、ウィルフレッドは鋭く言い放つ。

「すべて処分しろ!エリアス、騎士団の連中に止めさせろ!」

「待って、ウィルフレッド様」

 それを聞いて、リューネリアは慌てて止める。

「騎士団の方々を止めていただくのはまだしも、折角いただいた花を処分するのは待って下さい。いずれ枯れてしまうものだし……」

「……俺はあなたが他の男から貰ったものを許せるほど寛大じゃない」

 きっぱりと言い切られ、リューネリアは俯く。単純に花は綺麗だった。均一性がなくとも、見ていると和む。そして騎士団の人たちから受け入れられたようで単純に嬉しかったのだ。

「……すまない。――わかった。今この部屋にある花はそのままでいい」

 落ちた声音に、リューネリアがハッとして顔を上げると、ウィルフレッドはすれ違うようにして私室へと戻っていく。

 ウィルフレッドを傷つけるつもりはなかったのに。

 あとを追うにしても、何と言えば良いのか分からずに立ちつくしていると、エリアスが声をかけてきた。

「妃殿下。少しよろしいですか?」

 ニコリと笑みを向けられ、リューネリアは思わず一歩下がった。この作った笑みが曲者であることを知っている。だが、エリアスが次に言った言葉はこの時ばかりは違っていた。



「ウィルフレッド様!」

 朝餉の席に先に戻っていたウィルフレッドに、リューネリアは駆け寄るように側に立つ。

 落ち込んでいる様子を見せながらも、それでもリューネリアには笑顔を向けようとするウィルフレッドは痛々しい。だから自然と両手は胸の前に組み合わさる。

「あの、私……、お願いがあるんです」

 唐突だろうがなんだろうが、ウィルフレッドを傷つけたのが自分ならそれを癒すのも自分でなければならない。その方法はエリアスが教えてくれた。

 どんな男性も、女性の可愛い(・・・)おねだりに弱いんですよ、と。

 言われてみれば、リューネリアがウィルフレッドに望んだものといえば、地位と権力。これが普通一般の夫婦に適用されるおねだりだろうか。当然、エリアスに聞けば、まったく可愛げがないとのことで、リューネリアもそれは反省すべき点ではあるようだ。

「俺にできることならどんなことでも」

 リューネリアの珍しいおねだりに、それはもう全力で全快していく様が見えるようだったとニーナがあとで教えてくれた。

「あの……、私の部屋にある花はいずれ枯れてしまいます。ですから、よろしければ庭園にある花を分けてもらうことはできないでしょうか?」

 ウィルフレッドの執務室から見える庭園は、こぢんまりとしているが綺麗に手入れされている。散歩で行ってみたいと常々思っていたのだが、なかなかその機会がなかったのだ。

 リューネリアのお願いを聞いたウィルフレッドは、一瞬戸惑ったように見えた。

「そんな、こと……」

 少しだけまた落ち込んだように見えた。

「いいよ」

 ぽつりと呟かれた言葉に、リューネリアはさらに言葉を続ける。

「あの、ではウィルフレッド様も一緒に行かれませんか?私、ウィルフレッド様と一緒に摘んだ花を部屋に飾りたいんです」

 恥ずかしくはあったが、一息に言った。

 もう目をそらしたくてたまらなかったが、それでもじっとウィルフレッドの返事を待つ。

 しばらく呆然としていたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻っていく。

「いいよ。行こう」

 その穏やかな笑みに、リューネリアもほっと息を吐く。

 そんな二人のやり取りを、エリアスやニーナたち侍女も穏やかに微笑んで見守っていた。

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