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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
31/53

31.他人行儀(ずっと閉じ込めていたかった)


 扉を開けると、部屋の奥の窓辺に佇み、暗闇を見つめるウィルフレッドがいた。窓に映ったその表情はどこか冴えない。

 どう声をかけていいものか悩んだ末、結局知らない者の部屋を訪れたかのようになってしまった。

「あの……失礼します」

 リューネリアが声をかけると、ふとウィルフレッドが振り返った。

「どうした?」

 いつもと変わりのない口調。だが、やはりどこか沈んでいるように見えなくもない。そう聞きたいのはこちらの方だ、と思うものの喉に声が引っかかって言葉が出ない。

 今までなら彼のことだ。こんな時間に部屋から出たら危険だと間違いなく言われると思っていたのに。自分が思っていたこととは違い、心配していないその様子に何故だか胸が痛む。

 そして気づく。

 どのような理由であれ、心配してもらいたかっただけかもしれない。そしてそれを心地よく思っていただけなのかもしれない。それはなんという自惚れなのだろう。心配されるということは、気にかけてもらえる存在ということだ。誰かに――ウィルフレッドに気にかけてもらえるほど必要とされていると思いたかったのか。それでは今までリューネリアが取ってきた行動は、まるで自己顕示欲の強い子供のようではないか。ヴェルセシュカのためと言いながら、無茶とも言える行動は、全て自分に注目を集めて安心していたかったということなのだろうか。

 自らの考えに思わぬ衝撃を受け、あまりのことに自己嫌悪に陥りそうになる。

 だが取りあえず、今問題なのはリューネリアの感情ではない。取りあえずそれは横に置き、ウィルフレッドに近づいた。

 その湖面のような瞳を見上げ、そこにある悄然とした色を見て確信する。

「私はあなたを傷つけた?」

 何故なのか、理由は分からない。でも自分を見下ろすウィルフレッドの表情が、また仮面を付けたように見える。

「何故謝る?謝らなければならないのは俺の方だ」

 だが、そう言った途端、仮面が剥がれ落ちた。

 何かを堪えるような表情を浮かべ、視線を逸らす。深く溜息を吐くと、耐えられないといったように、ついには身体ごとリューネリアから背けてしまった。

 その態度に胸が痛む。正面から見られないほど気まずく思っているのだろうか。追いつめてしまったのだろうか。自分は一体、何をしてしまったというのだろうか。

「すまなかった。俺の我儘であなたを苦しめてしまった……」

 不意に言われた言葉に首を傾げる。

 そう言えば、以前にもその言葉を聞いたような気がした。ウィルフレッドの我儘とは一体……。

 それに、先ほどから名前を呼んでくれない。それがどこか一線を引かれたように感じてしまうのは敬称だからだろうか。だがなぜ今になって敬称で呼ぶのか。それはもしかして、距離を置きたいという意思表示なのだろうか。

 何となく息苦しくて胸を押さえる。

 分からない。ウィルフレッドは心配してくれていたから部屋から出てはいけないと言っていたのではないのか。危険から守るために仕方なかったのではないのか。そうでないなら彼の真意がどこにあるのか分からない。

 じっと黙っていると、ウィルフレッドがもう一度、今度は小さく息を吐き出した。

「あなたが怒るまで気づかなかった。俺の我儘がどんなにあなたを傷つけ、苦しめていたか。……それに、馬を駆っているあなたが、今まで見たどの瞬間よりも生き生きしているようで、俺は……自分のしたことが間違いだったと気づいた……」

 淡々と語られるその言葉はウィルフレッドの苦痛に塗れていたが、その言葉のどれをとっても、リューネリアの事を気づかってくれていたことが伝わってくる。

 だから、いいえ、と頭を横に振った。

「部屋から出られなかったことは確かに退屈だったけど、ウィルフレッド様は心配してくれていたからでしょう?それはあなたの我儘ではないわ」

 だが、瞬時に噛み付くように言われた。

「違う!心配というのは建前だ!」

 はっきりと否定され、胸に鋭い痛みが走る。

 心配をしていたわけではなかったのか。ならば、やはり自分は戦争反対を掲げる者にとってはなくてはならない駒だからだろうか。だから命だけは守らなければならない。それ故、閉じ込めたていたと?

 それは、当初リューネリアがヴェルセシュカに来た時に常に考えていた本来の役割を思い出させた。戦争を止めるため、パルミディアへの牽制の為の人質――。

 それを正面切って言われたら正直つらい。心配しているという、真綿に包まれた言葉の方が何倍もいい。

 だが今考えたことはリューネリアの主観であって、ウィルフレッドの思惑はまた別にあるのかもしれない。もうこれ以上理解できない状況を増やすわけにはいかなかった。ここではっきりと立場を理解しておかなければ、王宮に帰ってからの身の振り方も考え直さなければならないかもしれない。いや、本当は……可能性は低いが、できることならリューネリアの考えを否定して欲しかった。

 痛みを押し隠し、静かに尋ねる。答えがたとえリューネリアの望まない結果になろうとも、もう覚悟は出来ていた。

「ではどうしてなの?この数日間、ずっと、あなたが何を思っているのか考えてた。でもいくら考えても、私にはわからなかった。心配しているのが建前だと言うのなら、私をどうしたいの?」

 聞きたくないような気もした。返答によっては、打ちのめされてしまうかもしれない。

 ウィルフレッドはしばらく黙っていた。唇をかみしめ、言いたくないような素振りを見せていた。どれぐらいの時間、そうしていただろうか。リューネリアはひたすらウィルフレッドが言ってくれるのを待った。まるで死刑の宣告を待つような気分だったが、それでもじっと見つめていると、やがて観念したようにウィルフレッドは口を開いた。

「――ずっと……閉じ込めておきたかった」

 その声は吐き出された息と共に、諦めを含んでいた。

「……何を?」

 決して早とちりするわけにはいかなかった。考えられることはいくつかある。

 人質として安全を図るためにリューネリア自身ということだろうか、それともウィルフレッドの真意なのか。

 ずっと身体に力が入っていたのだろう。ウィルフレッドは長く息を吐き出すと、やっとゆっくりとこちらを向いた。

「あなたの姿を――他の男の目に触れさせたくなかった」

 返ってきた答えは盲点をついていた。

 それは直接的な意味合いとして、見せたくないということだろうか。それとも、ヴェルセシュカのしきたりには考えられないような何かみっともないことをしてしまっているということだろうか。

「……どうして?」

 聞いて、向けられた眼差しに気圧された。

「言わなければ分からない?」

 その瞳に、心臓が大きく脈打つ。

 本当は知っている。答えを知っている。色々な言い訳をしながらも、常に頭の片隅にあったことだ。

 だけど、それはリューネリアが最初に否定したものだ。望まないと、必要ないと、確かに言った――。


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