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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第1章
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 3.一触即発(自分の身は自分で)


 現在、ヴェルセシュカの第一王子が第一王位継承者だ。ちなみにウィルフレッドが第二継承者ということになっている。それは今、リューネリアの左手に添えられた王子の右手の指に嵌められた指輪からも窺うことが出来る。ヴェルセシュカの内情についてはこの一年、婚約が成立してから勉強してきたことであるし、その程度のことなら誰もが知っていることだ。

 どれほど第一王子の身体が弱っているのか分からないが、ウィルフレッドの様子からすると王位に就くのはかなり難しいようだ。その場合、目の前の王子に玉座が転がり込んでくるということになるのか。

 それにはそれで一抹の不安があるが、もしもヴェルセシュカがパルミディアと戦争を再び始めるつもりなら、人質として来た姫が王妃になるのは邪魔でしかないだろう。

 そしてウィルフレッドがリューネリアに対して何も出来ないという理由。それは必ずしも彼に権力がないというわけではなさそうな(それほど馬鹿そうには見えない)のだが、それについてはもう少し見極める必要があるのかもしれない。


「なるほど、ね」

「だから私は守るとは言えない」

 自分の国の為なら、切り捨てなければならないかもしれないと言っているのだ。

「……結構よ。自分の身は自分でどうにかするわ」

 それなら余計にでも早くに動かなければならないだろう。少なくとも、ウィルフレッドはリューネリアのことを邪険にしてないし、むしろ警告も口にしている。信用するかは別としても、やはり利用できるところは徹底的に利用しなければ――。

「……――?」

 視線を感じて見上げると、王子の青い瞳と目があった。こちらが何を考えているのか窺っているのが分かる。

 リューネリアも自分がどんなに(したた)かな思考をしているか分かっているつもりだ。だからあえて微笑みかける。

「意外でしたわ。思っていたよりもあなたは誠実なのね」

 博愛主義者に誠実はないだろうが、そちらの主義に対しての言葉ではない。王子も肩を竦めた。

「一応、可能性の話しであって、目下あなたは私の婚約者だ」

 その言葉に、リューネリアは軽く眉をひそめて見せる。

「その割には放っておかれた気がしますけど?」

「私の主義を黙認するのでは?」

 もちろん、と肯定する。

 その点に関しては二言はない。だが、それとこれとは別問題だ。

「口を出すつもりはないわ。でも婚約者だと言うのなら、それなりの扱いをして欲しいわね」

 パルミディアの王女を婚約者である王子自らが軽んじるのは、ヴェルセシュカ側がパルミディアを軽視しているとも言える。それが再び、戦争を始める一因にもなりかねないのだ。

「では、何をお望みで?」

 表面上は軽口を叩きながら、彼の瞳の奥には笑みなど一切含まれていなかった。ウィルフレッドもこちらのことを見極めようとしているのかもしれない。だから、敢えて先に延ばす。焦って結論を出すのは得策ではない。

「……そうね。取りあえず明日の午後、あなたの執務室を訪ねてもいいかしら?」

 本来なら、お茶会でもと言いたいところだが、お茶会を開くとなると毒殺の危険性が高まる。今現在、微妙な立場のリューネリアは口にするものもすべて細心の注意を払っているのだ。

 それにこれ以上の腹の探り合いは、この場では危険だった。だが、もう少しこの王子とは話してみたいと思った。どこまで利用できるか。他に利用できる伝手(つて)はあるか、探らなければならない。

「執務室には滅多に足を運ばないんだが……」

 やはり王族としての仕事は必要最低限しかしていないのかもしれない。

「仕事は嫌い?」

 しかし、どこまでが本気なのか分からない。仕事をしない王族など本来いないはずなのだから。

「博愛主義者の私としては、ね」

 言い訳がましくウィルフレッドは憮然とした返答を寄こした。だが、リューネリアはその返答に満足し、安心して心から笑った。

「ならば、執務室で逢引現場に行きあう可能性はないのね。安心して訪ねさせてもらうわ」

 実はそのことだけが心配だった。逢引現場にうっかり出くわした時の対応など、経験不足のリューネリアには対処のしようがない。無様にも逃げ出すかもしれない。先ほどのバルコニーでの現場も、あやうく硬直しかけたぐらいだったのだから。

「分かりました。お待ちしておりますよ」

 今度はどんな女性も騙されてしまうような笑みをウィルフレッドは浮かべ、ちょうどダンスの曲も終わったところだったので、ダンスの為に取られていた片手をそのまま彼の口元に引き寄せられる。手袋ごしだが、手の甲に約束の口づけをされ、周囲のざわめきが一瞬大きくなる。

 ――慣れない。

 非常に慣れないのだが、ここは敵地なのだからパルミディアの王女として堂々と振る舞わなければならない場所だ。

 動揺を悟られないように、何事もなかったかのような顔をしたまま、ダンスの輪から連れ出され、広間でもあまり人の密集していない場所に休憩をする為に案内される。人目を気にしなければならないのは存外疲れるのだ。



 ふと、隣に立つ王子を見上げる。

 確かに、ヴェルセシュカ特有の金の髪は昔絵本で見て憧れた王子様そのものだ。青い瞳もパルミディアに多くある湖を思わせる深い青。顔立ちも端正で美しい。極上の部類に入るのではないだろうか。これで本人が自覚して博愛主義を発揮しているなら、籠絡される女性は少なくないだろう。

 ぼんやり眺めていると、ウィルフレッドの手が伸びてきてハッとする。

「疲れましたか?」

 ほつれかけていた髪を横に撫でつけられ、慌てて自分で簡単に手直しする。

「姫の髪は見事に黒いですね。瞳も夜明けの空のような色とは……珍しい」

「……ええ。亡くなった母が同じような色をしていました。……でも、夜明けの空だなんて言われたのは初めてです」

 確かに薄い紫にオレンジが混ざったような色をしている。絵で見たことはある。夜明けの空の地平線は確かにオレンジに染まり、夜の深い青との境目はそのような色になる。

「いつもはどのように言われているのですか?」

「パルミディアは緑の多い国ですから……。通常、花の色に例えられることの方が多かったですね」

 菫とか、と一般的に知られているような花の名を上げる。

 貴族社会では男性が女性を褒めるのは社交辞令としては当然である。まして褒められるのに、花にたとえられて嫌な女性はいないだろう。

「……姫は砂漠を見たことは?」

 王子は何を思ったのか、唐突に話を変えた。

 残念ながらと首を横に振る。

「ありません。そう言えば、ヴェルセシュカは隣国との境に砂漠がありましたね」

 地図を頭の中で思い浮かべながら尋ねると、王子は遠い目をして頷いた。

「ええ。砂漠で見る夜明けは格別です」

「その……、夜明けの空とわたくしの瞳が同じ色?」

「見て――思い出しましたから」

 懐かしむような笑みを向けられ、何か今までの王子と身にまとう雰囲気が違うような気がした。

 王子の遠くを見ていた瞳が、わずかに彷徨った後、リューネリアの瞳にたどり着く。というより見入っている。その眼差しはどこまでも優しく、何かを思い出しているようだった。

「……わたくしも、あなたの瞳を見てパルミディアの湖を思い出しました」

 気づくと、最初に感じた事を口走っていた。

「特別な思い出でも?」

 それはあなたでしょうと思いながらも、リューネリアは逡巡したのち口にする。

「まだ、戦争が激しくなる前までは、夏に避暑を兼ねて家族で湖の畔にある離宮へ行っていました。幼いころの思い出です」

 あれから十年以上が経つ。その頃、まだ弟のライオネルは生まれたばかりで母も健在だった。まだ、戦争もくすぶりはじめたばかりで、リューネリアは戦争がどのようなものかさえも理解していなかった。

「特別――というほどではありませんね」

 誰にでもある思い出だろう。

「しかし、姫にとっては最も平和であった頃なのでは?」

 今まで考えもしなかったことを言われ、目を瞬いた。

 確かに、戦争が激化してからというもの、家族で過ごすことは無くなった。その間に、母がなくなり、戦争を休戦する条件の一つとしてこの婚姻が決まってしまった。そして今はヴェルセシュカにいて、ある意味、人質としての生活が始まっている。

 その事に気づかされ、リューネリアは苦笑した。

「確かに……、そうですわね」

 認めてしまうと、王子はほんのわずかだが眉間に皺を寄せた。

 戦争相手はヴェルセシュカである。その国の王子を相手に話す内容ではなかったかと気づき、不快にさせてしまったことを詫びようと口を開きかけた。が、その王子の口から零れた言葉は思いもがけず労わりの言葉だった。

「婚儀までというわずかな間なら、愚かな考えをもった者でも無謀なことはしないだろう。出来るだけ不便のないよう取り計らうつもりだから、しばらくはゆっくり過ごしてほしい」

 この休戦には、両国の背後に控える二大国がいる。今日の夜会にも貴賓として出席しているはずだ。完全な休戦は二人の結婚にかかっているのだ。婚儀が執り行われるまでにどちらかの身に何かあれば、二大国を敵に回すことになるのだ。そうなれば、パルミディアもヴェルセシュカも、国の名が地図上から消えてしまうことになりかねない。

 リューネリアにとって、婚儀が行われるまでの期間が、確実とは言えないが安心できる期間と言える。

「ありがとうございます。ウィルフレッド様のお心づかい、感謝いたします」

 ドレスをつまみ、パルミディアでの形式で最上礼の感謝を伝える。

「では、行きますか?」

「ええ」

 これから貴族たちへの挨拶だ。やっと二人揃っての登場に、二人はあっという間に人垣へと埋もれてしまった。


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