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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
26/53

26.作戦実行(ごめんなさい)


 三時にお茶のセットを持ってニーナがやってきた。お茶とは言っても一揃えを持ってくるには台車が必要だ。様々なお菓子も当然用意されており、リューネリアのその日の気分で選べるようになっている。ここ数日はこれぐらいしか本当に楽しみがなかったので、ニーナも必然的にお茶の時間には気合が入っている。だからリューネリアも素直に喜んでいたし、いつもと変わらないように見えたはずだ。

 扉の外にはロレインとバレンティナが通常通りに控えているのが見えた。ニーナに確認すると、何も異変はないとのことで、やはり中止にする必要はなさそうだった。

 ニーナはいつもなら菓子を入れているトレーから、どうやって手に入れたのか騎士の制服一式を取り出した。彼女はそのままお茶の準備を始める。リューネリアは服を受け取ると、ドレスの下にズボンと予め用意していた長靴をはく。あとでドレスを脱ぎ、上着をすぐに着替えられるように準備しておく。

 お茶の準備が終わると、ソファに座りニーナに合図を送った。

「かしこまりました。では探してまいります」

 作戦開始の言葉を告げ、ニーナは退室した。

 ニーナが部屋を出る一瞬、きちんとリューネリアが部屋にいるかを確認するロレインと目が会った。いつもと変わらない、大丈夫と言い聞かせながらコップに手を伸ばす。

 ニーナにはバレンティナを連れて本を探してきてもらうよう頼んだ。ここは一応、領主の館で、査察の為に資料をあさっていた書斎は、かなりの量の蔵書がそろっていた。午前中にも暇だから会話に付き合って欲しいと頼んだので、そのあたりはバレンティナにも不思議に思われないだろう。しかも、ニーナに頼んだ本は全く有名でないものを三冊。数ある蔵書の中から探すとなると、それなりに時間はかかるはずだ。

 これで、バレンティナ一人は片づいた。

 あとはロレインだ。

 こちらは気が重いが仕方がない。

 時間を見計らい、手早くドレスを脱ぎ、コルセットも外す。最近は外に出ることもできないものだから、いつもよりゆったりと身につけたコルセットは外すのも簡単だ。騎士の制服に手を通し、やはり少し大きめかと手を伸ばす。しかし作りは女性用のもので、どうやらバレンティナの服ではないだろうかとあたりをつける。あとで謝らなければと思いつつ、それでも始めてしまった計画を今更止めることはできない。

 一部を結い上げていた髪もほどき、簡単にまとめる。

 よし、と気合を入れると、扉をノックしてロレインを呼びこんだ。

「ネリア様……、その服は――」

 開口一番、呆気にとられたロレインの手を、有無を言わせず取る。

「実はロレインにお願いがあるの」

 訝しげな表情を浮かべたままの彼女のその手を両手で握りこむ。

「これを預かっていてほしいの」

 そう言って押し付けたのは、ウィルフレッドから預けられていた指輪だ。

 それがどれほど重要なものか――。

 きっとそれは、ロレインも知っているはず。

「これは――……」

 自らの手の中にあるものを見て、目を見開く。完全に彼女の呼吸が一瞬止まった。

 その瞬間、素早く身を翻すと扉を開け放つ。

「私が帰ってくるまで預かっておいて」

「ネリア様!」

 こわれものを押しつけられたかのように完全に足がすくんで身動きできないロレインを見て、リューネリアは満足すると同時に申し訳なくも思う。

 それが何かを知っていれば、指輪が持つ権力という誘惑と、一方それに伴う重責に挟まれ、身をもってその恐ろしさを知ることになるだろう。後ろめたくはあったが、生真面目なロレインの性格上、絶対に容易く扱わないことを確信している。だからこそ、あえて彼女に預けたのだ。

「ごめんなさい」

 心から謝って、扉を閉める。閉まりきる一瞬、戸惑いを見せるロレインと視線が合う。

 振り切るように視線を逸らすと、そこからは正面だけを見て走った。

 この部屋の周囲は特定に人物以外近づけないよう配慮されているとニーナから聞いて、ウィルフレッドの所業にあきれながらも、逆になんて都合がいいと思ってしまった。それはつまり抜けだしたあと、人と出会うことがないということだ。

 一階まで駆け下り、ニーナから教えられた裏口から出ようとしたところで見覚えのある人物に出会い、思わず足を止めた。

 ここは滅多に人が通らないと聞いていたのに――。

「リリアさん?」

 騎士の制服に身を包んだリューネリアを見て、ロドニーは数度目を瞬いた。

「ロドニー……」

 どうやって切り抜けようと思考を巡らす。

 今の名前の呼び方からして、ロドニーにはまだリューネリアの本当の身分を知らない。ならば、査察官補佐として堂々と接すればいいだろう。

 素早く計算して、親しみを込めて笑みを浮かべた。すると、ロドニーはみるみる顔を赤くした。

「もう怪我はいいの?」

 あまり思い出したくはなかったが、アディントンに突き飛ばされたロドニーは頭を打っていたはずだ。脳震盪とは言っていたが、あれから何も聞いていなかったことを思い出す。

「あ、はい。怪我は、その――してないですけど……、リリアさんは大丈夫でしたか?」

 聞かれ曖昧に頷く。

「ええ。大丈夫。それよりも、聞いてるわ。騎士たちが逗留しているから忙しいのですってね?」

 話をふると、ロドニーは心底疲れた表情を浮かべた。

「はい。ニーナさんが、それはもうこき使ってくれますから」

 あははと力なく笑いながら、リューネリアの行き先と同じ方向へと歩き出す。

 まさか、こんなところで時間を取られるとは予想外だった。だが、ここでイラついては不審に思われてしまう。ぐっと我慢をしながらロドニーと一緒に厩舎の方へと向かう。

「それにしても、どうしたんですか?その格好は。それに髪の色も違いますよね?」

 隣を歩きながら騎士の制服に身を包んだリューネリアに怪訝な眼差しを向けてくる。来るだろうと思っていた質問に、予め用意していた答えを口にした。

「今からエピ村に行くの。一人で行かなくてはならないから、万一のことを考えて見た目だけでも強そうにみせているの。それに髪は、もともと黒かったのを染めていただけ。気分転換にね」

 あえて明るく言ってみたが、気分転換どころではない。現在、リューネリアの胸中は苛立ちで溢れている。

 それに気づかないロドニーは茶色の髪も似合ってましたよと呑気に告げてくる。

「そうなんですか。僕が一緒に行けたらいいんですけど、今は手一杯で」

 後半は申し訳なさそうな表情を浮かべるロドニーに、むしろ安心する。もしもついて来ると言われたら、どうしようと思っていたのだ。置いて行くのに、言いくるめる時間はない。いつ、ウィルフレッドに気づかれるかひやひやしているのだ。

 しかしその安心を余所に、ふとロドニーは何かを思い出したように首を傾げた。

「でも、リリアさんとは本当に久しぶりですね。僕はてっきりあの噂はリリアさんかと心配してたんですよ」

 良かったですと何故だか嬉しそうに笑むロドニーに、今度は逆にリューネリアが訝かしむ番だった。

 まったく部屋から出られない生活をしていた為、どうやら完全に情報不足だった。ロレイン達にもこちらから聞かなければ、あえて何も教えてくれようとはしなかった生活が長過ぎたのだ。

「あの噂?」

 首を傾げると、ロドニーは目を見開く。

「知らないんですか?騎士たちの間ではかなり噂になってましたけど」

 すでに過去形だ。

 ならば、リューネリアが閉じ込められてからすぐに出はじめた噂なのだろうか。

 思わず眉をしかめる。

「どんな噂なの?」

「えっと、でも……」

 視線が泳ぎ、ロドニーは言いづらそうに口を閉ざす。

「どうかしたの?」

「あの、緘口令が出てるんですけど……」

 なるほど、と感心する一方、ならばそれだけ重要な噂なのだろうと判断する。リューネリアが足を止めると、二三歩先を行って、同じく足を止めて振り返ったロドニーを見つめた。

「教えてくれない?どうして噂が私だと思ったの?」

 どのように関係しているのかは分からなかったが、ロドニーは先程確かにそう口にした。心配していたと。

 ロドニーは戸惑った様子を見せていたが、リューネリアに近づいてくると周囲を見渡し、声を潜める。

「僕が喋ったのは内緒ですよ?……ウィルフレッド殿下が女性を囲っているって噂があるんです。だから僕はてっきり――」

 姿が見えないリリアさんではないのかと思っていたんです、と続けられたが、後半は耳に入ってこなかった。その代わり、思わず、ロドニーを凝視してしまった。

 今、聞いた言葉は空耳だろうか。一体自分は何を聞いたのだろう。ウィルフレッドが女性を囲っている?

 その言葉が意味することを一瞬、脳が拒否をする。だが理解すると同時に、胃の辺りにひやりとしたものが広がっていく。そして何故だか心のどこかで納得している自分がいることに気づいた。

「そう……。そんな噂があったのね――」

 ゆっくりと足を踏み出し、厩舎へと向かう。リューネリアは無理やり口元に笑みを浮かべた。

 ウィルフレッドとは協力関係だ。もとから博愛主義なのは認めている。だから、別に女性を囲おうと関係ない。だが、そのことを知られないようにと緘口令までしき、その上さらにリューネリアまで閉じ込めるとは……。

 ――理不尽極まりない。

「リリアさん?」

「ありがとう、教えてくれて」

 後ろをついてくるロドニーに簡単に礼を告げ、急いでいるからと言って駆け出す。

 足音は聞こえない。どうやら付いてはこないようだ。そのことに安心し、厩舎へと駆け込む。

 鞍を付けて準備されている馬を引きだし、周囲に誰もいないことを確認すると騎乗する。久々の視線の高さと感覚に、先程の不快な気分を一瞬だけ忘れる。

 ヴェルセシュカに来てからは遠乗りもできなかった。それなりに忙しかったこともあるが、安全を配慮してくれているウィルフレッドやエリアスに悪いと思い我慢もしていたのだ。

 手綱をもって馬に合図を送ると、リューネリアの希望通り動いてくれる。いい馬だ。さすがニーナが選んだ馬だけはある。

 ここからは時間との勝負だ。

 ロドニーに出会ってしまったのは予想外だったが、もしかするともうすでにリューネリアが抜け出したことがウィルフレッドの耳に入っているかもしれない。リューネリアは一瞬だけムッとしたが、馬の腹を蹴った。途端、馬は速度を上げて走りだした。

 領主の館を出る直前、館の門のところで警備に当たる騎士の目の前を通った。馬を駆けての通過に、何事かと目を見張っていたが、通り過ぎてしばらくしてから何か叫んでいるのが聞こえたが、そのまま突っ走る。

 今日は村長のジョナスは葡萄畑に行っているとニーナから聞いていた。場所も少し山に向かわなければならない。これだけ広く見渡せる葡萄畑が広がっていればリューネリアがどこに向かうかは領主の館からは丸見えだろう。だから急がなければならなかった。

「ごめん。急いで」

 馬の首を軽く叩き、お願いする。

 そうして、さらに速度を上げさせ、あっという間に領主の屋敷をあとにした。

 

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