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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
25/53

25.沈思黙考(あとは覚悟を決めるだけ)


 この地ですべき事後処理もほぼ片づき、明日にでもザクスリュム領から撤退する旨を伝えられたリューネリアは一つだけ心残りがあった。

 査察の調査をしていた時に、ふと思い出したのだ。

 昔、何かの書物で見た覚えがあったのだが、他国の――そちらも葡萄酒が有名なある国で――特殊な条件の下に作られた葡萄酒が、それは稀少な価値のあるものとして、生産数も少ないために国外にも持ち出されることがないと記されていた。それが、その国の葡萄の取れる地方とザクスリュム領の気候と酷似していたため、もしかしたらとその可能性を思いついた。しかし具体的なことはよく覚えていない。だが、この村には葡萄酒作りの名人たちがいるのだ。きっと、リューネリアの言うことの意味を汲み取ってくれるに違いない。

 ただ、それには何よりもまず重要な問題があった。

 村人にそれを伝える術がない――。

 リューネリアは部屋に誰もいないのをいいことに、ソファの背もたれにすがり、天井を睨むようにして考え込んでいた。

 ウィルフレッドとはあの日以来、顔を合わせていない。何か用がある時は必ずロレインかバレンティナを通して伝えられる。多分、忙しいのだろうということは想像つくが、いい加減リューネリアも毎日顔を合わせる人間がニーナとロレイン、バレンティナの三人だけでは退屈にもなってくる。ではせめて部屋から出ない代わりに、村長を呼んで欲しいと言ってみたが却下され、ではロドニーに手紙を届けてもらえるかを問えば、ニーナから彼にそのような時間はないとの返答が返ってきた。それは一体、部屋の外がどのような状態になっているのだろうと、逆にリューネリアの方が心配になる。

 それに、一人の時間がこんなにも多くあると、余計なことまで考えてしまう。

 確かに、ウィルフレッドはリューネリアを心配して駆けつけてきてくれたのだろう。この村に来るまでの無謀とも言える行程を聞いて、そこまで心配してくれたのかと心が動かなかったわけではないし、それが嬉しくなかったわけでもない。

 だが、こうして心配していると言われながらも、部屋から出してもらえない生活が続くと、どうしても不安が募る。

 もともとリューネリアは人質としてヴェルセシュカに来たのだ。今更その扱いをされるとは思わないが、ウィルフレッドと協力関係を築けたのも、王族が戦争反対を掲げているからだ。つまり、リューネリアはヴェルセシュカの王族にとって、なくてはならない駒なのだ。

 要するに、そういうこと……なのかもしれない――。

 だからウィルフレッドも心配してくれるのだろう。こうして閉じ込めてまで、リューネリアの安全を図ろうとしている。それがリューネリアの意に染まらないことだとしても、身を守るためならば仕方がないと思っているのかもしれないし、この国の為であると考えているのだろう。

 だが、本当に仕方がないことなのだろうか。諦めなければならないのだろうか。できることが一つでもあるなら試してみたいというリューネリアの考えは間違っているのだろうか。

 ここは腹をくくるしかないのかもしれない。最後の手段とは思っていたが、出来ることならリューネリアの信用に関わる問題だ。この手段は出来ることなら取りたくはなかったが、ゆくゆくはヴェルセシュカの為になるはずなのだ。それを考えれば、信用の一つや二つ失うことなど容易いものかもしれないし、いずれ結果が出れば分かってもらえるというものだろう。

 あとは、覚悟を決めるだけだ。

 ひそかに立てた作戦をひとしきり頭の中で再現し、リューネリアは気合いを込めて立ち上がる。そして廊下への扉に向かうと決心して叩く。部屋の中から扉をノックするというのも奇妙な感覚だったが、ロレインから無暗に扉を開けないよう言われているため仕方がない。多分、これもウィルフレッドの指示なのだろう。何に対してここまでの警戒をしているのか、いつか問い質したいと思っているが今はそれどころではない。

 すぐに開いた扉の外には、ロレインとバレンティナが控えていた。ちらりと廊下を窺うが、いつもそこに二人以外の姿を見た事はない。

「どうかなさいましたか?」

 ロレインがスッと前に出てきたので、当然部屋から一歩も出られない。

「ニーナを呼んできてもらってもいいかしら?」

 何気ない顔をして依頼する。

「わかりました」

 一礼して立ち去るロレインの背中を見送り、ドキドキする心音に気づかれないよう出来るだけ平静を装い、くるりとバレンティナに向き直る。ニーナは今この館で最も忙しい人間だ。きっと来るまでにしばらく時間がかかるだろう。

「暇なの。ニーナが来るまでの間、話し相手になってくれる?」

 返事も待たずに身体の向きをかえて部屋に戻ると、バレンティナは素直についてきたようで、背後で静かに扉の閉まる音がした。

 後ろ暗いことを考えていると必要以上に挙動不審になってしまうものだ。リューネリアは自らに、まだ何もしていないのだからと言い聞かし、いつもどおりの動作を心がけてソファに腰を下ろすと、バレンティナにも向かい側を進めた。

 素直に一礼して腰かけるバレンティナの姿を見て、ついクスリと笑ってしまった。もう一人の騎士とはあまりにもその性質が違いすぎる。

「きっとロレインだったら固辞するわね」

「はい。それが彼女ですから」

 ニコリと笑って答えるバレンティナを見て、やはり協力を頼むなら彼女の方が適任だと思う。しかし計画を喋るわけにはいかない。彼女たちには何も報せず、責任を負わすようなことだけは避けなければならない。

「そう言えば、村長さんの息子さんは無事に帰って来れたのよね?」

「はい。ニーナと一緒に戻ってきたと聞きました」

 事のあらましを聞いたリューネリアは、ヴァーノン子爵夫人にすぐに感謝の手紙を書いた。

 もし子爵夫人が村長の息子を保護して、ウィルフレッドに報せてくれなければ今頃、リューネリアは絶望の底にいたかもしれない。

 その後、ヴァーノン子爵夫人からもすぐに返事が届き、王宮に返ってくることをランス侯爵夫人をはじめ皆が心待ちにしていることがつづられていた。それを見て、部屋に閉じ込められ出ることもままならい現状よりはと、リューネリアは一足先に王宮へと帰ることも考えた。しかし――というか、やはりウィルフレッドが許可をしてくれなかったのだ。

 一体ウィルフレッドがどうしたいのか分からないまま、リューネリアの軟禁の日々は続いている。

 しかし……。

 もはやリューネリアにはそのつもりはない。

 ニーナが来るまでの間、バレンティナを相手に取りとめもない話をする。

 騎士たちの日頃の生活をバレンティナは面白おかしく話してくれ、バレンティナ自身やロレインの失敗談を聞いて、退屈ではない時間はあっという間に過ぎていく。部屋に籠ったままの生活は、一日が長くて退屈だ。窓から見える風景も、空を流れていく雲をぼんやりと眺めることぐらいしか出来ない。だからだろうか。騎士たちの生活がとても楽しそうに聞こえる。

 しばらくして、ニーナがやってくるとバレンティナは話を切り上げて、持ち場に戻って行った。


「ニーナ、聞いて」

 扉が閉まると、リューネリアは表情を改める。ニーナを連れて、出来るだけ扉から離れた。

「どうなさったのです?」

 驚きながらも、声を落としてくれたのは何かを察してくれたからだろう。そっと近づき、リューネリアに必要以上に大きな声を出させない。

「私……、どうしても村に行きたいの」

 やはりこれは我儘なのだろうかという思いが、この期に及んで頭の隅を過る。すでに村が立ち直り始めている話は聞いている。だから心配をしているのではない。確かに、少しでも復興の手伝いができればいいと思う。だが、きっとリューネリアができる直接的な手伝いはない。ならば、どうやったら村の今後の為になるのか。それを考えれば、やはり村に行かなければならなかった。

 真剣に訴えると、ニーナは分かっていたように仕方がありませんねと言いながらそっと笑った。

「わかりました。リューネリア様の思うままに」

 そう言って、頭を下げる。

 了承してくれたことに安堵しながら、考えていた計画を話す。無理なところを訂正したり、もっと良い案を出してくれたり情報を提供してくれるニーナはやはり頼りになる。

 部屋の外に控えている二人にも、リューネリアが部屋から出ることを誤魔化さなければならない。

 それには、先ほど確かめた事で何とかなりそうだった。多少無謀とも取れる方法だが、ほんの少しの間でいいのだ。リューネリアが馬にさえ乗れれば、振り切る自信はある。

「では午後のお茶の時間に」

 全てを確認したのち、ニーナは部屋から出て行った。

 彼女を見送って、リューネリアは再びソファに腰かけて、いつものように過ごすフリを続けた。


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