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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
24/53

24.流言飛語(好き勝手妄想中)

※ジェレマイア視点です。


 ウィルフレッドと共にザクスリュム領へやってきた騎士団の半数は、アディントンとならず者たちを王都へ連行するのに随行させ、残りの半数――約二十名はエピ村にある領主の館に留まり、そのまま第二王子の警護と村の復興に当たることになった。

 今回、アディントンの行状で一つだけ、査察官補佐への暴行だけは結局伏せられることになったが、ジェレマイアとしてはその件についてはウィルフレッドに対して何の申し開きもするつもりもなかった。

 騎士団長の地位を返上し、必要ならばこの命も差し出すつもりさえあった。その代わり、ロレインとバレンティナへの罰を出来るだけ軽減してもらえるよう頼むつもりだったが、いつまで経ってもウィルフレッドは何も言ってこない。仕方がないのでエリアスから話を通してもらおうとしたが、返ってきた答えは査察官補佐に関しては、一切を口にすることを禁ずるというものだった。言われてみれば、アディントンたちと王都に随行させた面々は、ジェレマイアとロレイン、バレンティナを除き、最初に査察隊に組み込まれていた者たちが選ばれていた。ロドニーに関しては、雑用係がいなければならないと判断されたのか、ニーナという侍女と二人で慌ただしく働いていて、とてもじゃないが無駄口を叩く余裕などない。

 そこでようやくウィルフレッドが、ジェレマイアの失態を不問にするという意図に気づいた。

 ちょうど食堂で他の騎士たちから少し離れて食事をしていたエリアスを見つけ、ジェレマイアは目の前の椅子に腰を下ろす。

「なんの用ですか?」

 いつも冷静沈着な執務補佐官は、地位で言えば騎士団長よりも上ではあるが、平民の出である彼は王宮にいれば悪しざまに言われることもあったのだろう。決して馴れ馴れしく話そうとはしない。

 堅苦しくはあるが、いちいち人の事情に口を突っ込む趣味は無い。ジェレマイアは声を落として食堂を駆けずり回っているニーナを顎で示す。

「あれは、どういう設定なんだ?」

 査察官補佐の存在を隠すということは、つまり王子妃がこの館にいること自体を隠したいと思っていいのだろう。実際、ロレインやバレンティナからそのような報告を受けている。王子妃のいる館の一角は、騎士団員たちの立ち入り禁止区域になっており、許可のある人間しか出入りできない。当然、ジェレマイアも許可が無い為立ち入ることは出来ないが、報告だけは受けているので状況だけは把握しているが。

 しかし、王子妃がこの館にいないことになっているのに、なぜ王子妃付きの侍女がいるのか。その理由が必要だ。

 エリアスはちらりとニーナを見てから、何でもないことのように言った。

「妃殿下は、殿下のことを心配して自分の腹心の侍女を一人つかわしたのですよ」

 しかしながら結局は侍女どころか下女の仕事までさせているのが現実だ。館にいた召使を全員解雇したのは痛かったが、信用のない者を側に置く危険を思えば仕方のないことだろう。

 だがここ数日、騎士たちの間で噂されていることを耳にして、ジェレマイアはやはりここは王子の耳にも入れておいた方がいいのではないだろうかと心配になった。判断しかねた場合は、まず執務補佐官の耳に入れておくにかぎるというのが王子に近しい者のやり方だ。

「今、立ち入り禁止区域のことを団員たちが禁断の間と呼んでいるのを知っているか?」

 触れてはならない話題というのはある。今回の場合、王子妃のことに関してだ。

 エリアスの表情がわずかに緊張するが、止める様子は取りあえずない。

「……いえ。それが何か?」

 幾分、声の高さを低めたが、周囲から見てもそこまで変わった様子は見せない。

 ジェレマイアは続けた。

「その禁断の間に入ることが許されている人間が女性に限られているというのに気づいたやつらがいてだな」

 ピクリとエリアスの頬が動く。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

「場所を移しましょう。詳しく聞かせて下さい」

 言われなくても、話すつもりである。

 ジェレマイアも立ち上がり、エリアスについて外に出る裏口へと向かった。



 厩舎へと続く道の途中でエリアスは立ち止まり、側に建つ領主の館の外壁を一度見上げた。

 つられてジェレマイアも見上げて気づく。その場所の建物の中部は確か階段となっている部分だ。嵌め殺しの窓があるだけで、今は人影もない。

 さすが王子の執務補佐官という肩書がついているだけあって、機密事項に関する用心深さはジェレマイアが束ねる騎士たちよりも優れている。

 ジェレマイアの感心を余所に、エリアスは両腕を組んでその壁に寄りかかった。

「で、その禁断の間がどうしました?」

 冷ややかともとれる口調は、先程の噂の続きが王子に対する悪意を感じ取っているからだろうか。実際、ジェレマイアが話そうとしたことは、決して王子に対して気持ちのいい話ではない。しかし事実を知っているジェレマイアでさえ、完全に否定できない噂だから困っているのだ。

 ピョコピョコはねている髪を撫でつけるように頭に手をやり、エリアスの直視から避ける。

「まあ、あれだな。うちの団員たちは、結婚する前までの王子をよく知っているからな。仕方ないだろう」

 この執務補佐官は、日頃は第二王子のことを主を主とも思わない発言をしているが、実のところ誰よりも恭順であることをジェレマイアは知っている。この静かな怒りを買って、ただで済んだ者はいない。そして、その瞳が早く話せと促している。

 この男はふだん冷静に見えているが、意外と短気だ。

 ジェレマイアは覚悟を決めると、仕方なく、言葉を選んで堂々と告げる。

「相手の素性は好き勝手妄想中だ。殿下が妃殿下に内緒で女性を囲っていると皆思っている」

 今更隠しようもない。

 少なくとも、大げさにも言ってはいないし、嘘でもない。第一、ジェレマイアが困ったのは、女性を囲っているというのが嘘ではないからだ。

 エリアスの反応を窺うと、先程と全く変わらない表情だった。いや、あえて言うなら、あまりにも強い怒りの為に動けないのだろうか。

 迂闊に話しかけることも躊躇われて黙っていると、ふぅっと息を吐き出し、小さな呟きが聞こえた。

「なるほど……」

 夏だというのに、一瞬周囲の気温が下がったような気がしたのは気のせいではない。

 冷汗が額に滲むのも仕方ないだろう。この度の失態で、この命はないものと諦めていたが、今ここで失くすことに恐怖を感じるのは何故だろう。

「そのような愚かなことを考える者など、騎士でいる資格はないでしょう。この際、永久にこの村で復興を手伝ってもらうことにでもしましょうかね」

 妙な脅しを言われても困るのだが、騎士団長としてその愚かなことを考える者が、ほぼこの館にいる騎士全員などとは口が裂けても言えない。二十人を一気に失っては、騎士団が人手不足になってしまう。

 だがきっとエリアスのことだ。知ると必ず今言ったことを実行するだろう。

「分かった。団員達にはおかしなことを言わないよう、きつく言っておく」

 これ以上、噂話に花を咲かせないよう、対策も立てねばならない。

「殿下の耳にも入れないよう、気をつけて下さい」

 壁から身を起こしながら、エリアスが注意事項を追加する。

 しかしそれには、ジェレマイアも一度は頷いたものの、すぐに首を傾げた。

「なんでだ?」

 今までの王子なら、そのような噂など一種の名声だと言って放っておいたはずだ。エリアスも見向きもしなかったはずなのだ。

 だがエリアスは、一瞬動きを止めると珍しく躊躇いながら口を開く。

「……殿下は現在、あの方のことに関して少し過敏になられているところがあります。しばらく様子を見てみますが……」

 ジェレマイアが察するに、エリアスは少しと言ったが、そのことを口にしたこと自体、少しどころではないことが窺えた。

「何か問題でもあるのか?」

 聞いたのは単純な好奇心だ。

「いえ、もしかすると今後、あなたに力を貸してもらうことになるかもしれませんが……」

 珍しく歯切れの悪い言い方に、ジェレマイアは興味を覚えた。それと同時に不安も覚える。

「まさか、本当に閉じ込めているのか?」

 自分で聞いておきながら、今まで疑っていたのかと自覚する。いくら大切だからだと言っても、それはやりすぎだ。

 それにロレインたちからの報告でも、そこまでの話は聞いていない。立ち入り禁止区域を設けているのも、あのようなことがあったため念には念を入れて注意をしていることと、単に、妃殿下には部屋で控えてもらっているとしか……。

 おいおいと、ジェレマイアは唸る。

 エリアスも、ウィルフレッドがリューネリアに極度の執着を見せていることを懸念しているが、昔の王子しかしらない者ならば現実としては受け入れがたい。しかし、騎士団長の力を借りるかもしれないということから、必ずしもそれは誇張されているわけではないのだろう。

 自らの思いこみも手伝い、迂闊だった。

「ああ、分かった」

 頷きながら、まいったとばかりに、ぼりぼりと頭をかく。

「ですが、この事態はあの方にも責任がありますから。ご自分で何とかしていただくつもりですが、長引くようでしたらその時はお願いします」

 エリアスの口ぶりから、本当にしばらく様子を見るようだった。

 思わずリューネリアに心の内で声援を送る。エリアスが手出ししないのならば、ジェレマイアも何かすることは出来ない。

 話は済んだとばかりに、館内に戻ろうとしているエリアスの足音を聞いていて、ジェレマイアはふと顔を上げた。

「おい。一つ聞きたいことがあったんだが――」

 呼び止めると、白金髪を揺らして顔だけがこちらに向いた。

「なんですか?」

「あのニーナとかいう侍女だが、彼女の身元はどういうものなんだ?」

 濃茶色の髪を一つにまとめ、一日中館内を忙しげに駆けずり回っている侍女を思い出す。容赦なくロドニーを手足として使い、使われている本人もここ最近はぶちぶちと文句を言っているほどだ。

 ジェレマイアの質問に、一瞬怪訝な顔をしたエリアスだったが、騎士団長としての身元調査と思ったのか、すぐに答えを口にした。

「妃殿下がパルミディアから連れて来られた唯一の侍女ですよ」

 不審なところはありませんよとだけ告げて、再び背を向けた。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、ジェレマイアはその背に礼を告げ、そうか、と誰ともなしに呟く。

 あの侍女が歩いている時、本来ならするべき足音が聞こえないことに気づいているのは、多分、まだジェレマイアだけだ。

 それが何を意味するのか。

 絶対的に妃殿下の味方ならば、もう少し様子を見ても大丈夫だろう、とジェレマイアはそう結論づけた。


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