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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
23/53

23.事後処理(我儘を言っているみたい)


 翌日、馬車でニーナが到着した。

 ロレインたちに止められて出迎えることはできなかったが、部屋に駆け込んできたニーナは泣きそうになりながらリューネリアに抱きついてきた。そして着いて早々だというにもかかわらず、甲斐甲斐しく世話を始めた。

 領主とならず者たちは、王都へと連行されることになったと聞いた。本来なら領地を束ねるイーデン侯爵に裁く権利があるのだが、今回の査察の折にその件についても放棄していると見做し、第二王子の名のもとに現在はアディントンの治めていたこの地を差し押さえし、いずれは事が事なだけにこの事態に気づけなかったイーデン侯爵の責を問い、アディントンが治めていた領地を取り上げる予定らしい。

 領主の館にいた召使たちは解雇となり、騎士団が逗留するには人出が足りなかったが、村人たちが下人の仕事ぐらいならと手伝ってくれている。その指示もニーナが出さなければならなくなり、泣く泣くリューネリアの側を離れていった。

 ロレインとバレンティナは相変わらずリューネリアの側にいる。

 今はニーナが持ってきた衣装のため、リューネリアは完全に王子妃の装いだ。髪も、特殊な洗剤をニーナが持参していたため、せっかく染めていた色は元に戻り、完全に黒髪になっていた。

 その状態で丸二日。ウィルフレッドの指示で、リューネリアは一歩も部屋から出ることができなかった。今までは護衛であったロレインたちが、今では完全に見張り役である。

 当然、リューネリアの機嫌は悪かった。

「どうして部屋から出てはならないの」

 査察は微妙な形で終わってしまったが、資料をまとめなければならない。これからアディントンの罪を問うにしてもそれらは必要になってくるはずだ。

 ウィルフレッドもエリアスも、きっと先日の件で忙しいはずだ。ならば、もともと査察に関わっていたリューネリアがその資料を作ってもいいはずである。

「殿下の命です」

「リューネリア様。殿下は心配なさっておいでなのです」

 ロレインとバレンティナは宥めるように何度目か同じ台詞を口にする。

 確かにウィルフレッドが心配するのも分からなくもないが、今この屋敷には騎士団の者たちばかりがいるのだ。なんの危険があるというのだろう。むしろ、刺客のことを考えれば王宮よりも安全ではないだろうか。

「村の様子を見たいの。この部屋では村を一望できないわ。何も行きたいと言っているのではないでしょう」

 引く様子を見せないリューネリアに、ロレインは大げさに溜息をついた。

「わかりました。では殿下に聞いてまいります。ですが期待しないで下さいね」

 最後の方が、なぜか捨て台詞のように聞こえ、リューネリアは首を傾げる。

 部屋からロレインが出ていってから、バレンティナはもう耐えきれないとばかりに笑いだした。

 今更だが、この二人の騎士は見た目もだが、性格も対照的で生真面目なロレインに対して、バレンティナは柔軟だ。あまり表情を変えないロレインに対して、バレンティナは表情豊かである。とっつきやすさで言えば断然バレンティナの方が上である。

 しかし今は、バレンティナがなぜ笑っているのか分からない。リューネリアもロレインも、真面目に話していたはずなのだが。

「どうしましたか?」

「いえ、すみません。ロレインがあまりにも過保護すぎるのがおかしくて……」

 目じりに浮かんだ涙を拭いながらも、まだ完全に笑いがおさまりきっていないようだ。バレンティナは笑いながら理由を口にした。

「過保護?」

「ええ、リューネリア様に対してですよ?」

「私?」

 どこが過保護なのだろうと首を傾げる。

「ロレインは殿下の気持ちがとてもよく分かるんです」

「……ウィルフレッド様の?」

 意味が分からず、今度は逆の方向に首を傾げる。何故、ウィルフレッドの気持ちとロレインの過保護がつながるのだろう。元恋人であるロレインだが、その肩書は情報収集のための偽装であって、事実でなかったはずだ。しかしロレインは三人の元恋人の中で唯一の未婚者だ。ウィルフレッドと心を通わせていたと考えてみるにしても、それならばどうしてリューネリアに過保護になる必要があるのだろう。しかもロレインの性格を知れば知るほど、絶対にウィルフレッドの恋人になるような性格には見えない。そういう不誠実なことを一番嫌いそうだからだ。

 考えてみるが明確なものは全く見えてこない。

 仕方なく白旗を掲げる。

「先程も言いましたけど、殿下はとても心配をしてこちらに駆けつけて来られたんですよ。本来なら護衛も兼ねていた騎士団を差し置いて、騎馬で来られたと聞きました」

 それがどれほど異常な事態で緊急を要していたのか、リューネリアにも分かっていた。

 王族というものは、そう簡単に王宮から移動できるものではない。行程に危険がないかを確認し、馬車の周囲を騎士か近衛が護衛する。危険は徹底的に排除されてからの移動となる。だが、ウィルフレッドはそれを無視してまで来たのだ。危険を顧みず。

 それは本心より心配をしてくれたということだろうか。取り繕った関係を周知させるのではなく。

 そう考えると、心の奥底で甘美な疼きをわずかだが感じる。

 だが、バレンティナが言うような理由だとは思えなかった。ウィルフレッドはどちらかというと怠惰で、できることなら面倒事から逃れたいと思っているような面を持っている。確かに最近はそれほどそのような所は見えなくなってきたが、危険を顧みず駆けつけてくれる事を自分の為にしてくれたと思うほど、リューネリアは自惚れてはいない。

「百歩譲って殿下が私の心配をして来てくれたとして、ロレインが過保護だというのは?」

「同じ理由ですよ。とてもリューネリア様のことが大切だからです」

 肩をすくめて言う彼女は、さも当然だというように見えた。

 だがリューネリアには、それをとても居心地悪く感じてしまう。大切にされるほどの価値は自分にはない。

 良くしてくれるのは感謝しているが、期待されるほどのことはできない。それが今回の事件で、よく分かったのだ。

 思い出して気落ちしそうになっていると、バレンティナがところで、と声をかけてきた。

「『百歩譲って』というのはどういう意味ですか?まるで心配されていないのが当然というように聞こえましたけど?」

 にこりと笑って言われ、はたと気づく。

 そう言えば、ウィルフレッドとは仲の良いフリをしていたのだった。ここが王宮ではないので、つい気がゆるんでしまっていた。

「あ、いえ……、言葉のあやです。殿下に心配をかけてしまったことを心苦しく思っていたので、つい……」

 意味の通らない言い訳をしていると、ノックの音と同時に扉が開いた。

 ウィルフレッドにつき従うようにロレインも続いて入ってきて、バレンティナはリューネリアに一礼して、ロレインと共に部屋の隅に控える。

 出迎えようとして礼を取ろうとすると、近づいてきたウィルフレッドに、当然のように腕の中に閉じ込められる。

「ネリー、何を言ってロレインを困らせているんだ?」

「ちょっと、ウィルフレッド様!」

 久しぶりの人前でのフリに、リューネリアは思わず悲鳴を上げてしまう。

 そう言えばあの夜以降、事後処理に追われているウィルフレッドとは顔を合わせていなかった。だから余計にでも自らの取った行動を思いだし、一段と気恥かしくなる。

 なんとかして欲しいと思っても、ニーナや王子妃付きの侍女たちならばつかさず助けてくれるのだが、ロレインたちに助けを求めようにもこちらを視界に入れようさえしていない。それが正しい礼儀なのかどうかは別として、自分で何とかしなければならないのかと腹を括る。

「困らせてなどっ」

 どうにかウィルフレッドの腕からのがれられないかと自らの腕をつっぱると、その拘束は簡単に外れた。意外に思って見上げると、湖面のような瞳とぶつかる。だが、その瞳は真剣な光を湛えている。

「困らせてなどいない?ロレインは駄目だと言わなかった?」

「ですけど、村に行きたいと言っているわけではありません」 

 どうしてそこまで反対されるのかわからず、目を反らしてつい反論してしまう。

 ふぅと吐息が聞こえ横目でちらりと窺うと、ウィルフレッドが部屋の隅に控えていた二人を下がらせたのが分かった。こちらを見ていなくても気配で察するのなら、なぜリューネリアの助けに応えてくれなかったのかと心の中で悪態を吐く。

 二人が出ていって、静かに扉が閉まると、ようやくウィルフレッドは口を開いた。

「村を見れば満足する?見たら今度は行きたいと言わない?復興を手伝いたいと言い出さない?」

 顔を覗き込むように言われ、リューネリアはウィルフレッドを見つめ返した。

 次々に投げかけられる問いに、ウィルフレッドが何を言いたいのか分かってしまった。

 人間は一つのことに満足すると、次々と欲望が沸いてくる生き物だ。それはリューネリアの中にも当然ある。

「――それではまるで、私が我儘を言っているみたいだわ。心配してはいけないの?」

「村は大丈夫だ」

 素っ気なく言われ、まるでリューネリアの心配が無駄だと言われているような気になる。

 頬が上気するのが分かった。

「だったら、何も危険なことなどないでしょう!?」

 なぜ分かってくれないのかと、頭に血が上って言い放つ。

 三日前の出来事など、特殊なことだ。同じ建物の中を村が望める部屋へ移動するだけのことを、どうして頭ごなしに反対されているのか、リューネリアには理解できなかった。しかも一人ではない。ロレインやバレンティナも一緒にと言っているのだ。

 だが、目の前にある顔は傷ついたように歪む。

「……俺が領主の行動を聞いて、どれだけ心配したかわかってるのか」

「助けてもらったことは感謝してるわ。でも!」

「守らせてほしいと言っても?心配するのは迷惑?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 リューネリアが村を心配しているように、ウィルフレッドも自分を心配してくれているというのか。だったら、なおのこと気持ちを理解してくれてもいいようなものだろう。

「なぜ駄目なの?大体、変でしょう。どうしてこの部屋から出ては行けないの?この館には、騎士たちがいるのでしょう?だったら危険はないはずよ」

 リューネリアはウィルフレッドに近づくと、宥めるようにそっとその腕を押さえた。

 村を望める部屋に行くことを除いても、間違ったことを言ってないはずだ。そして、リューネリア自身を部屋に閉じ込めておくウィルフレッドの真意を聞くべき権利もリューネリアにはあるはずだった。

 じっと見つめると、ウィルフレッドの瞳がかすかに揺れる。

「……分かっている。だが、今は駄目だ」

 吐き出す息と共に苦しそうに言われ、もう一度どうして駄目なのかを聞こうとした。だが、再びリューネリアはウィルフレッドに抱き寄せられた。

 背中に回された腕に、かつてないほど強く力を込められ、息苦しくて言葉が出せない。

「どうか分かってくれ。これは俺の我儘だ」

 耳元で噛みしめるように吐き出された言葉に、リューネリアはどうにか首を動かしてウィルフレッドを見上げる。だが、その瞳はきつく閉じられていてそこから何も窺うことはできなかった。

「……すまない」

 謝罪の言葉と同時に解放され、思わずふらつく。だが、ウィルフレッドは身をひるがえすと、振り返ろうともせず部屋から出ていく。

 あまりにも痛ましげなウィルフレッドの言葉を聞いたからか、リューネリアはしばらく何も言えず立ちつくしていた。


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