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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
20/53

20.絶体絶命(どうして、ここに……)

※暴力的な描写あり。苦手な方はご注意ください。

 はっとしてリューネリアは頭を下げた。

「申し訳ございません。急いでおりましたので」

 ぶつかった非礼を詫び、この忙しい時に何の用だろうと思いなおす。さっさと用件を片付けて村に行かなければならないのに、と焦ってもいた。

 部屋が薄暗いことに気づき、背後を振り返るとちょうどロドニーが燭台に火を灯したところだった。

「領主殿、村が大変なのです。すぐに館の兵を村に向かわせて下さい」

 入口に立ちふさがっている領主に、せめてもう少し横に避けていてくれたら部屋から出ていけるのにと気ばかりがせく。だが、リューネリアの言葉をあっさりと無視した領主は、自らの問いを優先させた。

「グウィルト査察官はどちらに?」

 つのる苛立ちを押さえつけ、溜息を誤魔化すように返事をする。

「――査察官でしたら、まだ村に行かれたまま帰ってきておりません」

 きっとエリアスのことだ。剣は得意でないと言っていたが無事だろう。それに彼の周囲にもいつも護衛がついているのだ。何かあるはずはない。

 先程から自らにそう言い聞かせていた。

「そうか」

 領主はそう言うと、無遠慮にもリューネリアの部屋に入って来た。

 その態度に、リューネリアは密かに眉をひそめる。ロドニーも領主の行動に不審なものを感じているのか、じりじりとリューネリアの側に寄ってきた。

 普通、女性の部屋に遠慮もなく入ってくる男はいない。まして昼間ではないのだ。なお有り得ない。

 しかし、ここは領主の館だ。不快に思いながらもリューネリアは再度、領主に訴えた。

「領主殿。村に兵を――」

「口うるさい補佐官殿だな」

 どこまでも見下げた視線を向ける領主に、背筋が強張る。得体の知れない雰囲気に、やはり領主がならず者たちとつながっているのは事実だったのかと不安がよぎる。あの日、村長の家から情報を持って帰ってからというもの、この件に関してはエリアスもジェレマイアも口を閉ざしたままだ。だから、リューネリアは詳しい話を知らない。

 だが、嫌な予感だけはする。

「村人にはこのようなことなど日常茶飯事だ。ある程度のことに目を瞑れば、やつらも命までは取らない」

 軽々しく言い放たれた言葉に、カッとなる。

「でも、攫われた娘もいたわ!」

 彼女たちの身を考えると、どうしても命が無事ならいいという考えにはならなかった。

「数日後には村に戻ってくる」

 それがどのような状態なのか、リューネリアも分からないわけではない。命があればいいという話ではないのだ。

 だが、なぜ今領主がエリアスを探しにここへ来たのかを頭の片隅で考える。

 可能性として一番有り得るのは、村の現状の口封じだ。だからと言って、王宮から来た人間を消すことはしないはずだ。もしそうなれば、もっと大掛かりな査察が来るのは知れている。

「今回のことは目をつぶれと?」

 領主を見上げて睨むように問うと、満足げに口元を歪めて笑った。

「なるほど。補佐官殿は話が早いようだ」

 どうやら間違いではないようだ。リューネリアは背筋を正すと、正面から領主を見上げる。

「グウィルト査察官がそれを許すとは思いませんが」

「それはいくらでも方法はある」

 鼻先で笑い、どこまでも小娘扱いをする領主に腹立ちは最高潮を迎える。

「あの方は甘くありません!」

 それはリューネリアよりもウィルフレッドの方がよく知っているだろう。仕事に関して、エリアスは妥協をしない。容赦なく片付けていくのだ。それはこの二カ月間、側で仕事を手伝っていたリューネリアも見ていたことだし、周囲にも高く評価されていることだ。

 だが、領主は突然声を上げて笑った。

「だから方法はいくらでもある」

「まさか……」

 脳裏に最悪の事態を思い浮かべてしまった。

 殺すというのだろうか。だからエリアスを探していると。そこまでこの男は愚かなのだろうか。

 だが、領主は意外にも否定した。

 そして、一歩リューネリアに近づく。ざわりとした何かが、リューネリアの本能に何かを告げる。

 今まで黙っていたロドニーが、咄嗟にリューネリアと領主の間に立ちふさがった。

「いくら甘くはないと言っても、身近にいる者の頼みなら甘くならざるを得ないだろう」

 一歩一歩近づいてくる領主に、一歩一歩とリューネリアも下がる。どう考えても体格差から、ロドニーも一緒に下がらざるを得ない。

 何を言っているのだろう、何をするつもりなのだろうと、リューネリアは前にいるロドニーの背に庇われながら、焦る心の中で必死に考える。

「何を……」

 窓際まで追いつめられ、あと少しというところで領主は止まった。

 その時、窓の外の喧騒が、一際激しくなる。

 はっと窓の外に気を取られたその直後、派手な音とともにうめき声が上がった。

 視線を戻すと、目の前にいたはずのロドニーが部屋の隅で崩れていた。意識がないのか、ピクリとも動かない。

「ロドニー!」

 慌てて駆け寄ろうとしたが、領主の手によってそれは阻まれた。腕をつかまれ、思わず睨み上げる。

「何をするのっ」

 悲鳴に近い声は、得体の知れない恐怖のため、思った以上にうわずっていた。

 領主はそれに気づき冷笑すると、容赦なくリューネリアを床に引き倒した。背中を打ちつけ、一瞬痛みの為に息が止まる。だが、非常にまずい状況であることは頭では理解できていたので、どうにか痛みを我慢すると慌てて起きあがろうとした。

 だが領主に、腕を床に押し付けられる。

「お前が査察官に泣きつけばいい。いくら査察官でもこれからおまえに起こることを思えば、黙るしかないだろう」

 リューネリアは出来れば想像したくなかった事態に、言葉を失った。

 結婚前の女性が身を持ち崩すことは禁忌だ。身分が高くなればなるほどそれは絶対といえる。現在、仮の身分で王宮勤めということになっているリューネリアにしても、それなりの良家の子女であることに変わりなく、そのような女性が貞操を疑われては結婚できなくなる。だから、リューネリアがエリアスに口止めしろと言っているのだ、この領主は。

 なんて卑劣な――。

 それに本来の王子妃という身分から言っても、これは個人単位の問題ではすまされない事態だ。現実問題として故国であるパルミディアにも泥を塗ることになるし、夫であるウィルフレッドにも申し開きもできない。

 リューネリアは渾身の力で領主の腕を押しのけようとした。だが、びくともせず、その抵抗さえ領主は面白いものでも見るかのように見下ろしている。

 領主の片手でリューネリアは両手を拘束され、空いたもう片手に握られたナイフを見て思わず動きを止めた。

 冷やりとしたものを心臓に当てられたような気がする。

 ナイフが首元に押し当てられ、実際に冷やりとした感触に息さえできない。少しでも動こうものならそのナイフが簡単に皮膚を破り、血管を切り裂いてしまいそうだった。

 だが、すぐに布の裂ける音と同時にナイフの冷たい感触は遠ざかる。領主はナイフを放ると、その手は容赦なくリューネリアのドレスを引き裂いた。

「いやっ、放して!」

 コルセットのおかげで、直接肌を晒されているわけではなかったが、それでも身体を撫でまわすおぞましい感覚と、首筋に寄せられた領主の唇に嫌悪を通り越して、吐き気を覚える。いくら身をよじっても、拘束は解かれない。

 助けを求めて視線をさまよわせた先にロドニーがいたが、ピクリとも動かず、領主が放り投げたナイフも当然手にすることができない。

 その時、ふと領主の動きが止まって、首筋をざらりとした感覚が滑っていった。そこにあるのは、指輪を通していた鎖だ。リューネリアは思わず抵抗を止め、それが最後の救いとばかりに領主の反応を窺った。

「この指輪はなんだ?恋人にでももらったのか?」

 部屋の明かりに翳すように、鼻で笑って眺めていた領主だったが、ふとその指輪に刻まれた紋章を見たのか、表情が変わった。

 指輪にはヴェルセシュカの国章が彫られている。その指輪の内側には第二王位継承者の地位を示す文字もある。

 ヴェルセシュカの国旗には国章が用いられている。まがりなりにも戦争で功績を上げたのなら、少なくともヴェルセシュカの国章ぐらい見覚えがあるはず。この徴が意味することを知っているはずだ。

「――これは……おまえは、一体……」

 領主の驚きで見開かれた目が、リューネリアを見下ろした。

 リューネリアも領主を睨み上げた。

 その時、領主の背後に音もなく忍び寄った影を目の端に捕らえたが、それはリューネリアが声を上げる間も与えず、領主を殴り飛ばしていた。

「リリア様!」

 廊下のどこからかロレインの声が聞こえた。

 裂かれたドレスの襟元を、残った布を寄せるようにして起きあがると、領主を殴った人物を見上げる。

「あ……」

 肩で息をしている金髪の男が、リューネリアを見下ろしていた。そしてすぐに自分の上着を脱ぐと、リューネリアの肩に掛けてくれた。そしてしっかりと前をかき合せる。

「どうして、ここに……」

 だが、その問いに彼は答えず、床に蹲って呻いている領主を無理やり立たせる。

「ロレイン。彼女を頼む」

 廊下から入ってきた銀髪の騎士に声をかけると、ウィルフレッドはすぐに部屋から出ていった。


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