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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第1章
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 2.博愛主義(協力はできるでしょう?)


 バルコニーに行くと、目的の人物はすぐに見つかった。夜でも目立つ金髪が室内から漏れ出た明かりのおかげで余計にでも目を引く。思った通り、隣には必要以上に身体を密着させた女性がいた。


「ウィルフレッド様、こちらでしたか」

 この夜会にとって主役二人の間に立つ本来のお邪魔虫は彼女の方なのだが、どう考えても現状はリューネリアの方がお邪魔虫にしか見えない。

 婚約者に対してのこの無礼な扱いに、むしろ込み上げてくる笑いをどうにか我慢すると、リューネリアは二人に近づき、作法に則って優雅に一礼する。

 白地に金糸で刺繍がされているドレスは室内の明かりを受け、すぐにウィルフレッドは誰だか気づいたようだった。

「これはリューネリア姫」

 その言葉に、彼の腕の中にいた女性は慌てたように身を離し、うつむきながらすり抜けるように室内に戻っていく。王子はそれを別段気にした様子も見せず、視線をリューネリアに向けた。

「お邪魔をして申し訳ありませんでしたわ」

 社交辞令を口上に乗せても、この王子には上滑りするだけだと分かっていた。逃げていった女性はすでに王子の意識にも残っていないだろう。お互いに遊びだと割り切っているのならリューネリアが口を出すことではないし、気にすることでもなかった。

 王子は広間に戻っていった女性へと視線を向けることなく、リューネリアから視線を外さない。

 意外といい根性をしているのかもしれない。一応、この婚約は休戦の条件の上に成り立っているのだ。もしも王子の悪癖のせいで婚約破棄などという事態になろうものなら、どうするつもりなのだろう。それとも、破棄できないとでも思っている?

 リューネリアは片手を取られると、挨拶代わりにその指先に口づけられる。

「かまいませんよ。代わりに美しい小鳥が来てくれたからね」

 上辺だけの態度と言葉に、それならばとリューネリアも上辺だけの微笑で応える。

「生憎、(さえず)るのは得意ではありませんけど」

 思わず本音が出てしまう。

「小鳥を愛でるのはその囀りを楽しむだけではないよ。見た目も大事だと思うけどね」

「では、褒め言葉として受け取っておきますわ」

 差し出された腕を取ると、当然のようにエスコートされる。歩調もリューネリアに合わせてくれて、どこまでも手慣れている。

 二人の為の夜会なのだ。いつまでも一緒のところを見せないのはおかしいだろう。


 広間に戻ると、やっと揃った主役二人に自然と視線が集中する。

 見られるのは慣れている。

 その視線に含まれる意味も。祝福などされていないことも。

「踊りますか?」

「ええ」

 どうせ注目されるなら、好きなだけ見ればいい。


 リューネリアとウィルフレッドは広間に流れる音楽に乗って、上手くダンスの波に入る。

 好奇な視線にさらされながら、しばらく無言で踊り続ける。だが、人々も次第に飽きてきたのか、二曲目を踊り始めるころには、視線はそれほど気にならなくなっていた。

 そこでリューネリアはやっと目の前の王子を見上げる。

「嫌そう、って訳ではなさそうですわね」

 何が、とは王子は尋ねなかった。

 それは結婚のことを指すのか、それともその相手がリューネリアであることを指すのか、はたまたこのダンスのことを指しているのか、実は尋ねた方も理由が多すぎてどれに当てはまるのか分からなかったのだが。

 ウィルフレッドは不思議そうに首を傾げてから、微笑する。

「それは、あなたに対しても言えることだろう」

「ええ。わたくしはそれが仕事だと思っています」

「私はそうではないとでも?」

 いいえ、と答えすぐに、でも、と続けた。

 目の前にいるのは完璧な『王子』だ。嫌ならばとっくに逃げ出すか、リューネリアに対してもっと酷い仕打ちをしているだろう。

「……正直に話しても?」

「どうぞ」

 促され、リューネリアは慎重に言葉を選ぶ。

「あなたは女性に対して、かなりの博愛主義だとお聞きしました。そのような方が結婚に縛られるのは不本意なのでは、と思っただけです」

「――博愛主義とは……。これはまた……ものは言いようですね。そんないい言葉を選んでくれたことにお礼を申し上げるべきかな」

 感心したように言われ、やはりこの王子は油断ならないと気を引き締める。話を逸らされてはならないと、確認を込めて問い返す。

「違いましたか?」

 じっとその青い瞳を覗きこんだが、反らされることはなかった。

「まあ、悪くはない見解だね。だけど、私もあなたと同じだと思ってもらって構わないよ」

「つまり?」

「私の仕事だと思っている」

 どうやらこの王子は、リューネリアが義務でこの国に嫁いでくるのだと思っているらしい。確かに、義務だとは思っている。王族の仕事だとも思っている。でも――。

「ですが、あなたは……言葉は悪いですけど……諦めているようにしか見えません」

 先ほどのバルコニーでも感じたことだが、この王子からはどこか厭世的なものを感じてしまう。決してリューネリアに酷いことをしている訳ではない。自分の務めも果たしている。必要最低限、という言葉が付くが。リューネリアがバルコニーに呼びに行かなくても、多分、戻って来ていただろう。そんな気はする。ただ、必要以上に王子の務めを果たそうとしてない。その原因が、この婚姻に因るものなのかリューネリアは気になっていたのだ。

「これは失礼を。決してあなたが気に食わないとか、結婚が嫌だと思っているわけではありません」

 はっきり告げられ、やはり頭の回転は悪くないではないかと思う。

「では、何に対して諦めているのかしら?わたくしは別にあなたの主義に口を出すつもりはないのですけど」

 こちらもはっきりと口にすると、王子は軽く目を見開いた。

 そんなに驚くようなことを口にしたつもりはなかったのだが。

「姫は心が広いのか、それとも冷酷なのか……」

「どちらかというと後者かもしれませんね」

 王子に対して固執するつもりはない。ただ、リューネリアがヴェルセシュカで動く為には敵にならないでいてくれればいい。

 かすかに愛想を含んだ笑みを向けながら答えると、王子は納得したようだった。

「なるほど。私たちの間に愛情は必要ないと考えているのか」

「必要性を感じないだけです。そのようなものが無くとも、協力は出来るでしょう?」

 政略結婚が必ずしも上手くいかないと思っているわけではない。まして、この婚姻が人質としての役割しかなさないのだとしても、殺されるとは限らない。ならば、生きる可能性を探って悪いことではないだろう。その為には、この王子の協力が必要になってくる。最悪、協力してくれなくても、敵にならない保証が欲しいところだ。

 だが、王子は首を傾げて考える素振りを見せる。そして、否定した。

「それは、なかなか難しいと思うのだが」

「なぜ?」

 すでに敵だと考えるべきなのだろうか。踊る為に繋いだ手に、じわりと汗が滲む。手袋をしていて良かったと頭の片隅で思った。

 だが、返ってきたのは予想外の返答だった。

「通常、同性ならば仲の良い者が数名集まれば友情というものが生まれる。だが、異性となるとただ仲が良いからと集まったところで友情にはならない。必ず独占欲というものがどこかに生まれる」

「それはあなたの主義上のことではなくて?」

「経験上、異性間の友情を目にしたことはないね」

 つまり――。

「わたくしがあなたの主義を認める場合、……わたくしに独占欲がわくと問題なのね?」

 周囲の視線にさらされている為、眉間に皺を寄せるわけにはいかない。多少、引きつった笑みはこの際仕方がない。

「取りあいは嬉しいけどね」

 本心なのかどうなのか、王子は整ったその顔に魅惑的な笑みを浮かべる。

「あまりいい趣味とは言えないわね」

 思わず、声をひそめて呟いた。

 呟きはどうやら聞こえなかったようで、王子は興味深そうに聞いてきた。

「で?やはり愛情は必要ないと?」

「ええ。それより、話を戻しても?」

 気づけば、話が逸れている。迂闊だった。

「諦めているとか言っていた話?」

「そう、この婚姻を嫌がっているわけではないのだとすると、何に対して諦めているのかしら」

 傍から見れば、ウィルフレッドという王子は、女性に対して博愛主義で王子としての最低限の仕事しかしていないように見える。王族として国の責任を負う立場の一人としては心もとない。

「……諦めている、という言葉が適切かどうかは別として、それでもあえて当てはめるとすれば、私はあなたに対して何も出来ない、ということかな」

 少しだけ沈んだ声音に、そこに彼なりの本意と謝罪が混じっているように聞こえた。

 だが、リューネリアは首をかしげた。意味の取り方が難しい。

 命を狙っていることを知っていながら止める力がないのか、夫としての務めをするつもりがないのか、それともわざわざ敵国より嫁いできた王女を本当に人質として監禁するとでも?

 取りあえず言葉の裏を取らずに正面から疑問を投げかけてみる。

「……たとえあなたと結婚しても身の保証はないと言いたいのかしら?それなら、守ってもらおうなど最初から思っていないことだわ」

 ヴェルセシュカに輿入れすることが決まった時から一年、覚悟は決めていた。

「それは大した覚悟だ。だが、そう思うのならあなた自身が問題なのではなく、こちらの事情だと言った方がいい」

「事情とは、何?」

「これは、知っているかもしれないが、今この場に来ていない兄上――第一王子は、身体が弱く床に伏せていることが多い、ということに関係する」

 多くを言いはしなかったが、リューネリアはウィルフレッドの言わんとしていることを察した。

 確かに、知っている。第一王子のカール王太子はあまり身体が丈夫ではないと。それがどれほどのものなのか、実際のところはわからなかったが、今現在も王太子の身分でいるのは、それほど酷い状態ではないのだろうと対外的には言われている。

 だが、ウィルフレッドの言わんとしていることから察するに、もしかしたら想像以上に悪いのかもしれない。

「では……」

 その可能性にリューネリアは口を閉ざす。代わりに王子が口を開いた。

「その場合、人質であるあなたの存在が、この国にとって邪魔になるのは目に見えている」


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