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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
18/53

18.跳梁跋扈(頼みます)

 村の若い娘たちは、ロレインの風貌を見てみな我を忘れたように仕事の手を止めていた。

 確かに太陽の光をあびた銀髪は美しく、澄んだ灰色の瞳もそれを納める顔も凛々しい。背もスラリと高く、男性と並んでも遜色はない。一方、バレンティナは薄茶の髪の柔らかい雰囲気の女性で、取っつきやすさはある。背も女性にしては高い方かもしれないが、それでも女性的な雰囲気は拭えない。二人がヴェルセシュカの王宮に仕えることが許された騎士にしか着ることが出来ない紺色の制服を着用しているものだから、目立つことこの上ない。そんな彼女らをつき従わせるリューネリアも、実はそれなりに注目を浴びていることに本人は気づいていない。染めた髪は太陽の下で、紅に近い茶色に輝き、その双眸は紫だ。日頃、日射しの下に出ることのない肌は抜けるように白い。目立たないはずがない。

 村人たちの視線を浴びながら、三人は取りあえず村長の家へと向かうことにした。


 昼食を取ったばかりだったのか、村長は庭先にいて古い倒木を椅子がわりにしてお茶を飲んでいるところだった。

 天気がよく、確かに外にいるには少し暑い。だが、木陰に入ると山から下りてくる風だろうか。通り抜けていく風が冷たく心地いい。

 こちらに気づいた村長に、かすかに頭を下げる。

「すみません。査察の者ですがお話をうかがってもよろしいですか?」

 許可をもらって庭へと足を踏み入れる。

 リューネリアの背後から現れた騎士に、村長は何を思ったのかじっと目を向けた。

「そちらは……」

「護衛の者です。お気になさらないで下さい」

 査察官に護衛がつくのはよくある話だ。

 知られたくないことがある時、人は二つの行動のうちどちらかを取ることが多い。それは決して褒められた方法ではないことを前提としての話だが、多くの場合が、袖の下を送ることだ。これが一般的で穏便な方法だの一つだ。だが、もう一つの、危ない橋を渡る方を選ぶ者もいる。それは、査察官自体を消すことだ。消息不明にしてしまえば、知られることがなくなると安易にも思っているのだ。その為、大抵の査察官には護衛がつく。だから、リューネリアが査察官補佐として護衛を連れているのも別におかしなことではないのだ。

 リューネリアの言葉をどう取ったのか、村長は陰鬱な顔をして家の中へと案内してくれた。

 明るい日射しの下から、急に暗い屋内に入ったので一瞬目がくらむ。

 だが、次第に慣れてくると、広々とした広間が入り口を入ってすぐ左にあり、右は生活空間ともいえる台所や小さなテーブルが置いてあるのが見えた。

「汚いところだが好きなところに座ってくれ」

 汚いとは言われたが、古いだけで実際に汚れているわけではない。きちんと掃除も行き届いている。だが、村長宅と言われている割には家屋の痛みが激しいように思えた。大抵、こういう村では祭りとか村での決めごとがある時、集まる場所は村長の家だ。当然、それだけの人間が入れる空間がこの広間なのだろう。常に手入れもされているはずだったが、この家はそのように見えない。

 リューネリアたちが広間の方へと向かうと、村長はお茶の準備をしてやってきた。

 村長はジョナスと名乗った。歳は五十を過ぎた辺りだろうか。日頃から日にあたっているせいか、もう少し年にも見えなくはない。

「おまえさんがたは……その、王宮から来たのか?」

 リューネリアが椅子に腰かけ、その背後に二人の騎士が立つ。

 ジョナスは背後の二人が座る気がないのを見ると、声をひそめておもむろに尋ねてきた。

「はい。ウィルフレッド殿下より指示を受け、こちらの査察に来ました」

 一介の査察官補佐が直接指示されたのではないにしろ、統括しているのは第二王子だ。今回の査察の責任は、全てウィルフレッドが負うことになる。だから、査察官としてのリューネリアもおかしな真似は出来ないのだが。

「じゃあ、わしの息子とは会っておらんのか?」

 思いがけない言葉に、目を瞬く。

 何故、ジョナスの息子の話が出るのか分からないまま取りあえず頷く。ちらりとロレインたちを見たが、彼女たちも小さく首を横に振った。

 すると、ジョナスは見るからに一回り小さくなったかのようにうな垂れた。

「やはり無理だったか……」

 背中を丸め、頭を抱えたジョナスに、リューネリアはただ事ではない何かを悟る。

「何があったのですか?」

 わずかに身を乗り出して聞くと、ジョナスは肩を落としながら、それでもポツリポツリと話しだした。


「……戦争が終わってからのことだ。大抵の兵士は兵役を終え余程のことがない限り、普通は生まれ故郷へと帰るだろう。この村にも多くはないが無事だった者は帰って来た。だが、中には故郷に帰ろうとしない者もいるのさ。ただ、そのまま街に住みつき職を得るのならばまだいい。だがそうでない者たちの中には、ならず者として辺境の村に住みつくやつもおる。やつらは平気で盗みを働く。荒らす。奪う。……そんなやつらがあの……あの山に住んでおるんだ」

 ここからでは見えないが、ジョナスは一方向を指さした。その指先は、まっすぐと北に向いている。

 リューネリアはこの村に来る時に見た山を思い出した。隣国との境になっている、越すのも難しい山々だ。そこに住んでいるというのだろう。

 痛ましげな様子の村長に、それでも聞かなければならないことがある。リューネリアは躊躇いながら口を開いた。

「領主はそういう者たちを掃討しないのですか?」

 当然、それは領主の仕事のはずだ。領民を守る義務があるのだから。

 だが、ジョナスは力なく首を横に振った。

「領主もそいつらと結託して、甘い汁を吸っているのさ」

 やっと身体を起こすと、村長は侮蔑を込めて吐き捨てた。

 村長の発言に、一考する。

 考えられないことではなかった。だがそれと同時に、リューネリアの胸に苦いものが込み上げる。

 こんなところにまで戦争の爪痕が未だに残っているとは。

 パルミディアとヴェルセシュカが休戦したのは一年以上も前なのに。お互い自国のことを思って取り交わされた政略結婚ではあったが、これで少しは国民が戦争に追われた生活をしなくても済むと思っていたのに。国の仕出かした戦争の責任を少しでも負うことができるならと思っていたが、まだまだ現実は贖いきれていないのだろうか。

 口から出てしまいそうな謝罪の言葉を胸に押しとどめ、リューネリアはさらに気になったことを尋ねた。

「……その者たちはいつ頃から村に来るようになったのですか?」

「もう一年以上になる」

「それで、あなたの息子さんは何をしに王宮へ?」

「直接、訴えに行った」

 最後の方は、すでに諦観がこもっていた。もう村長は分かっているのだ。

 地方の村の村長の息子が、王宮に行ったからといって簡単に役人が会ってくれるはずはない。本来なら、領主が仲介をしてくれる役割を持つ。だが、あの領主がそのようなことをするはずがない。もちろん領地の持ち主であるイーデン侯爵も面倒事は避けて通るタイプの人間だ。門前払いをされて終わりだろう。

「息子さんはいつこの村を発ったのですか?」

「もう五日になる」

 ざっと逆算してみる。ジョナスの息子がこの村を出たのが五日前。王都に着くまで馬車を利用したとしても最短で三日かかる。ということは今日から三日前の夜か二日前の朝に王宮に着いたことになる。リューネリア達が王宮を出たのが三日前の朝。完全に行き違いだ。だが、仮にリューネリア達が王宮にいたところでジョナスの息子が来たことを知ることが出来ただろうか。

 リューネリアは小さく首を横に振った。

 きっと無理だろう。門前払いされてしまい会うことはおろか、リューネリア達の耳にも届くことはないだろう。だからきっと、今王宮にいるウィルフレッドへと話が届く可能性は限りなく零に近い。

 そちらは取りあえず保留し、もう一つの懸念を確認する。

「息子さんが村を出たことを領主は知っていますか?」

「いや、多分まだ知らないはずだ。夜、人目につかないよう出て行ったから」

 随分な警戒のしようだ。そのならず者というのは、かなり性質の悪い手合いなのかもしれない。

「わかりました。私達も出来る限り力になります。あなたも領主や他の人に息子さんがいなくなったことを出来るだけ隠していて下さい」

 あの領主に知られるのはあまりよくない気がする。

 ならず者たちと領主が結託しているとすると、村人たちに危険が迫る可能性がある。いや、もうすでにあるのだろう。でなければ、ジョナスの息子が王宮へ向かうことはなかったはずだから。

 心細げな村長に、リューネリアは力強く頷いて見せる。

「あなたも今までどおりの生活を心がけて下さい。でも、もしあなたの身に何か危険があるようでしたら、今私に話したことを言って下さって構いません」

「でもそうすると……」

「大丈夫です」

 安心させるように笑い、椅子から立った。

 こうしてはいられない。話は見えてきた。危険だが領主の館に戻ってエリアスに相談しなければならない。

「貴重なお話をありがとうございました」

 リューネリアはロレインとバレンティナを伴って村長の家をあとにした。

 だが真っ直ぐに領主の館へは戻らない。

 どこに領主の目があるのか分からない。道行く村人に声をかけ、本来聞くべきだった葡萄の収穫についての話をする。

 数人に同じ質問をしたあと、やっと館へと足を向ける。

「ロレイン」

「はい」

 背後にいた銀髪の騎士がすぐに返事をする。

「護衛の内、誰かを王宮への使いに頼めるかしら?」

「かまいませんが……領主に気づかれる可能性はあります」

「――そうね。どうすればいいのかしら……」

 先程から村人に話を聞きながらも、ずっと同じことを考えるがいい案が浮かばない。焦燥に似た感情がリューネリアの心中を支配する。

「まずはグウィルト様に相談された方がよろしいかと思います」

「ええ、そうね」

 村の中央に建つ領主の館を見つめ、返事をしながらも、館への道のりがやけに遠く感じられ、リューネリアは零れ落ちる溜息を止めることができなかった。



 護衛が八名しかいないものを減らすのは得策でないとエリアスに言われた。その場には騎士団長のジェレマイアも呼ばれ、彼の意見も同意見だった。

 領主が減った護衛の数に何を思うか。ではどうやって王宮との連絡をつければいいのか、エリアスたちと策を巡らす。

 朝には綺麗に整頓されていた書斎は、今は乱雑に資料が重ねてある。夕食後、部屋に明かりを灯し、話し合いを続けていた。部屋の前には騎士を配置し、誰もこの部屋に近づけないようにしている。

「一番良いのは、査察四日目に王宮との連絡をつける為に人が来ることになっている。その時に護衛の者を入れ替え、人数を合わすのがいいんだろうが……」

 ジェレマイアが顎を撫でながら口を濁したのは、きっとリューネリアが納得しないと思ったのだろう。

 だがリューネリアとしても、村に被害を出さないようにするには、事をできるだけ水面下で運ぶようにしたい。王宮へ手紙を届けるという案もあったが、それは絶対に領主の目に留まることになり、街道に出る前に握りつぶされかねない。そうなるとその手紙の内容を知られることになり、それだけは避けたかった。だがそうすると、やはり王宮からの連絡がくるのを待つしかなく、どうしても時間がかかる。

「あと三日も後のことになります」

 眉根を寄せて訴えると、横からエリアスは同意ともつかない返事をする。

「まあ、そうですね。騎馬であれば二日もあれば王宮へと着きますが……」

 だが、問題はまだある。今のところならず者たちの話は村長からしか聞いていないのだ。村人もならず者たちを恐れてか、エリアスは昼の調査で何も話を聞いていないようだった。だから、もっと詳しく確かめなければ何か対策を練るにしても、王宮への使いを出せないとエリアスは渋っているのだ。

 そうこうするうちに、窓の外は暗闇に閉ざされていた。

 結局、エリアスやジェレマイアの言うとおり、三日後にくる王宮からの連絡を待つまでの間に、村長の言っていたことを極秘に調べることになった。

 村長の言っていたならず者たちが、一体どれぐらいいるのか。受けている被害はどのようなものなのか。

「ですが、リリアは明日よりこちらの屋敷で本来の調査を続けてもらいます。村へは私が行きますので」

 領主の側にいることが必ずしも安全とは言えないが、もしもリューネリアが村にいる時にならず者たちが来た時のことを考えると、どちらが安全かは目に見えている。リューネリアの側には常に騎士が二人いるのだ。領主も何かをすることなどそう簡単には出来ないだろう。

「……わかりました」

 本当は自ら動きたかったが、このザクスリュム領へ来られただけでも感謝しなければならないことなのだろう。それをわざわざ危険に自ら飛び込んでいくことなど、ロレインやバレンティナのことを考えると出来なかった。何かあれば彼女たちの責になる。それに、ウィルフレッドからは絶対にエリアスの言う事を聞けと言われていた。

 不満が顔に出ていたのだろうか。

「ご自分の身をご自分で守る自信がおありならなら止めませんが」

 加えてリューネリアが自分の身を守る術をもっていないことも確認された。それは遠まわしに本来の立場を考えろと言われているとしか思えなかった。

 知らず内に胸の上に手を置いて指輪の存在を確かめる。

 先程まで燻っていた苛立ちや焦りが、ゆっくりとだが確実に消えていく。

 一度、ゆっくりと息を吸った。

「――頼みます」

 リューネリアは視線を上げ、正面から二人を見つめる。

 エリアスは一瞬息をのみ、胸に手を当てるとゆっくりと頭を下げた。ジェレマイアも目を見張り、揺らぐ身体を押しとどめるよう同じく胸に手を当てる。

 彼らのその態度に、リューネリアは思わず苦笑した。そのような礼を受けるべき資格はないのに――。

 

 ザクスリュム領に来てからリューネリアの胸に生まれた疑念は、本人も気づかないうちに静かに芽吹き始めていた。

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