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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第2章
13/53

13.新規事案(気になるところがあって)


 リューネリアがヴェルセシュカにきてもうすぐ三か月、ウィルフレッドと結婚して二か月が過ぎようとしていた。


 その日の午後、いつものように執務室で書類を分けていたリューネリアは、ふと一枚の書類に手を止めた。

 最近は、決裁書類と再考書類の量が増えてきた。それだけ確認を取る書類が減ってきているということなのだが、いつだって例外というものはある。それに首を傾げつつ、気になって取りあえず抜き出しておく。

 ウィルフレッドに決裁書類と再考書類を渡し、エリアスと確認書類を一枚一枚目を通していく。すべて見終わって、再び決裁書類と再考書類をウィルフレッドに渡していると、先ほどリューネリアが脇にのけていた書類をエリアスが手に取っていた。

「これは?」

「ああ、それなんですけど、少し気になるところがあって」

 確認書類とも少し違うような気がして調べてみたいことがあると告げると、エリアスも頷いた。

「そうですね。少し確認して参りましょう。先に休憩をしていて下さい」

 エリアスは、書類を見ながら執務室を出ていった。

 その背中を見送ったウィルフレッドは、一人分からず首をひねる。

「なんだ?」

 リューネリアは茶器の準備をしながら説明をした。

 要はザクスリュム領の領主から、今年の納税額を減らして欲しいという嘆願書だったのだが、理由の一つに昨年の不作を上げていた。

「ザクスリュム領って、ヴェルセシュカの北方のヤドヴィガ山脈の麓にある領ですよね?」

 確認を込めて尋ねると、是と返ってくる。

「不作ってことでしたけど、どのような農作物を作っているのですか?」

 いくらヴェルセシュカのことを勉強していても、まだ地方の特産物などまでは手が回らない。これでもウィルフレッドの執務を手伝っているため、そこから学ぶことも多いのだが。

 ウィルフレッドは一考し、すぐに口を開いた。

「あの辺りは葡萄だな。はっきり言って葡萄の木だらけだ。ザクスリュム産の葡萄酒は国内でも高値で取引されているはずだが」

「でしたら、不作っていうのは葡萄が……ということになりますよね?」

「そうだな。……それが何かおかしいのか?」

 尋ねられ、リューネリアは言葉を濁す。

 少しだけ気になっただけで、勘違いかもしれない。

 お茶が入ったので、ウィルフレッドもソファの方へと移動してきた。

 いつもは三人で休憩をするのだが、ウィルフレッドとリューネリアが同じソファに腰かけ、向かい側にエリアスが座る。今は二人なのだから向かい合わせに座ればいいものを、当然のようにウィルフレッドはリューネリアの隣へと腰を下ろした。

「私の記憶違いかもしれないのですけど……」

 カップを持ち上げたまま、言うべきか迷う。あまりはっきりしないことを口にして、いらぬ心配をかけたくはない。それにまったく関係なく無駄なことかもしれないのだ。

「いいから」

 軽い感じで促され、リューネリアはお茶で口の中を湿らすと、隣のウィルフレッドを見上げた。

「昨年はまだヴェルセシュカにいなかったのではっきりとは分からないのですけど、噂でもとりわけ天候が悪かったとか害虫が発生したとか聞かないんですよね。しかも収穫時期といえば、私達の婚約が発表されて、すでに休戦時期に入っていたと思うんです。それでいくと収穫手が足りないとかそういう問題でもないはずですよね」

 兵役で借り出されていた男たちも領地に帰っているはずである。

「まあ、そうだな」

 ウィルフレッドの返事に、やはり首を捻るしかなかった。

「だから、確かなことは言えないのですけど、不作の理由が思いつかないのです」

 先ほどの書類には、不作の原因となる言葉が何もなかった。だから、引っかかったと言った方がいいのかもしれない。

 違ったかなと思いながら隣に座るウィルフレッドを窺うと、驚いたように見つめられていた。

「あの、何かおかしかったですか?」

 やっぱり間違っていたかなと思っていると、ウィフルレッドはふっと息を吐き出し、肩の力を抜いた。

「いや、あの間でそこまで考えているのか……」

 感心した声音に、リューネリアは慌てて首を横に振る。

「たまたまです。それにエリアスもすぐに気づいたようですし」

 本当に偶然だった。普通なら再考書類に回していたものだろう。

 それに、何の説明もなく書類を見たエリアスも調べると言っていた。特別なことではないと思ったのだが、ウィルフレッドは苦笑してカップをテーブルに戻した。

「あいつは特別だ。……だが、妬けるな」

 ポツリと漏らした言葉に、首を傾げる。

 やける、とは何に対しての言葉だろうか。

 むしろ、日頃からリューネリアの方がウィルフレッドとエリアスを羨ましく思っているのに。

 二人の間にある信頼関係は、リューネリアとニーナの関係に近い。でも、リューネリアの仕事にはニーナは関われない。彼女は常に空気のように寄り添ってはくれるが、彼らのように隣に立って仕事をすることはない。リューネリアが間違った選択をしてもニーナは従うだけで、エリアスのように諌めることはしないだろう。

 それがとても羨ましくあっても、逆に妬かれる必要がどこにあるのだろう。

 言葉を待っていると、ウィフルレッドは唇に微かな笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。その手はリューネリアの頬に触れる。

「誰も見ていませんから仲のいいフリは必要ありませんっ」

 その手から逃れるように身をそらすと、カップのお茶が零れそうになって慌てて皿に戻す。だがそれを見計らっていたのか、横から伸びてきた腕が、リューネリアの腰に回され引き寄せられる。

 必要以上の密着は心臓に悪い。上半身だけでもと、腕を突っ張ってウィルフレッドから遠ざかろうと試みる。

「冷たいな。俺から恋人を奪っておいて……」

 突っ張る手の片方を取られると、笑みを浮かべたまま手の甲に唇を落とされる。

 はぁ、とリューネリアは嘆息する。

 そうなのだ。コーデリアと初めて会った日以降、王宮では新たな噂が上がった。つまりリューネリアが夫であるウィルフレッドの恋人を全員奪ったというものだ。不本意ながら、なぜかコーデリア他二人もリューネリアを気にいってしまったらしく、よく三人でリューネリアの私室を訪ねてくる。もちろん、今までウィルフレッドに流していた情報も教えてくれる。だが、単にお茶をしに来ていることの方が多い。

 それ以降、ウィルフレッドは以前にも増してリューネリアに纏わりつくようになってしまったのだ。以前は人前で仲のいいフリを見せることと、眠る時にリューネリアを抱き枕代わりに眠るぐらいだったのだが、今は人前であろうがなかろうが関係ないのだ。

 ウィルフレッド曰く、対応に困って慌てふためくリューネリアを見て楽しむことによって、恋人たちを取られたことへの逆襲をしているらしいのだが。しかし実は影で、王子とその元恋人達が、王子妃の取り合いをしているという噂もあったりもする。

 手の甲への長い口づけも、人がいないのをいいことにリューネリアは振り払う。しかしもう片手はしっかりとリューネリアの腰に回されているので、距離的にはまだ近い。

「もうっ、いい加減にして下さいっ」

 赤くなりつつある頬を、これは怒りの為だと誤魔化すために声を荒げる。

「でもやっぱり、今思い出しても不当な扱いだったと思うよ。夫である俺よりも先にコーデ達に愛称で呼ばせるなんて」

 目を伏せ気味に、ため息交じりに呟かれる。それは、どこか寂しげに見えなくもない。

 そうなのだ。この話を出されると弱い。

 コーデリア達とお茶をしている席に、ウィルフレッドが来たことがあった。その時、皆がリューネリアのことを愛称で呼んでいるのを聞いて、ウィルフレッドが落ち込んでしまったのだ。愛称で呼びたかったら呼べばいいのにと言うと、皆と同じ呼び方は真似をしたみたいで嫌だと、さらに落ち込んでしまったのだ。

 あの後、機嫌を取るのが大変だった。翌日から私室に籠って執務をしなくなり、エリアスに何があったのかを問いただされ、そんなことを口にするのも恥ずかしく必死でウィルフレッドの機嫌を取った。あの時ほど、ヴェルセシュカにきて大変な思いをしたことはない。

 ちなみに、ウィルフレッドはリューネリアのことをネリーと呼ぶことで納得した。リューネリアにしてみれば、あまりにも甘ったるい呼び方に恥ずかしさはこの上ないのだが。

 なおも抱きこもうとするウィルフレッドに、もう一度腕を突っ張って抵抗を試みる。当然、男の人の力には叶うはずなかったのだが、突如その拘束が解かれたことにより、ウィルフレッドから離れようと力を込めていたリューネリアの身体は、力を込めていた方向とは反対へと向かう。

 小さな悲鳴を上げ、ソファに仰向けに倒れたリューネリアが目を開けると、視界にウィルフレッドを認め、冷や汗をかく。

 あまり嬉しくない体勢だ。頭の両側にウィルフレッドの両手が付かれているわけで。

「もう逃げないの?」

 獲物を食べる前にいたぶる獣のようだ。

 笑みを含んだその瞳を、リューネリアは負けじと睨み返す。

「遊びはここまでです」

「じゃ、今からは本気で」

 と、口づけが顔中に降ってくる。

「ちがっ、そうじゃなくて、ちょっとウィルフレッド様!」

 非難の声を上げるのと、扉がノックをされたのは同時だった。

 当然お茶をしているものと思っていたのだろう。エリアスは返事も待たずに扉を開けて――……閉めた。


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