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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第1章
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12.直接対決(口を出すつもりはありません)


 王宮の来客用の一室に連れて来られたリューネリアは、目の前に座った美女を改めて見た。

 確かに、美女と言える。黄金の髪は艶やかで、瞳は澄んだ青。艶やかな唇は自然な弧を描いて、笑みを浮かべている。表面的な美しさではなく、彼女は内側から美しいと思わせる何かがある。それは自信、だろうか。


「リューネリア様……、いえ。ネリア様とお呼びしても?」

 故国では親しい者からは、そう呼ばれていた。

「ええ、どうぞ」

 懐かしいと同時に複雑な気分だった。ヴェルセシュカにきて最初にそう呼んでくれるのが、まさか夫の恋人になろうとは。

「では、私のこともコーデと呼んでくさいね」

 どこまでも有無を言わせない。

 彼女が公爵家から連れてきた侍女だろうか。王宮の侍女とはあきらかに違うお仕着せを着た女性が運んできたお茶を、コーデリアが口に運ぶ仕草はどこまでも洗練されていて優雅である。確かに、ウィルフレッドと並んで立つとかなりの迫力のある美男美女になるだろう。

 護衛の騎士たちは部屋には入れてもらえず、扉のすぐ外で待機している。何かあった時にすぐに対応できるようにと、これだけは彼らも譲らなかったのだ。

 取りとめもないことをぼんやりと考えていると、カップを皿に戻したコーデリアがやんわりと微笑した。頭の奥で警鐘がなる。この類の笑みは、決して表面と内面が一致しないことをリューネリアは知っていた。

 背筋を正し、コーデリアを見つめる。話がしたいと言ったのは彼女の方なのだ。彼女が口を開くのを待つしかない。


「殿下からお聞きしましたわ。ネリア様は私達にとても理解がおありだと」

 ずばり、正面からきた質問に、うっかり口を開くことは出来ないと頭の中で計算する。

「私達……、というのは具体的にお聞きしても?」

「あら、いやですわ。噂でお聞きになっているでしょう?」

「……ええ。聞いております」

 別に隠すことではないし、ここで肯定しなければ、この手の人間が相手だと話が堂々巡りをする恐れがある。

 リューネリアは一歩引いて頷いた。

 満足げな笑みを浮かべたコーデリアは、ゆったりとソファにくつろいでいる。

「でしたら、ネリア様は殿下に対して何もお思いにならないのですか?」

 顔には笑みを浮かべたまま、こちらを窺う瞳は真剣だ。

「思う、とは?」

 握りしめた手の指先が冷えていくようだった。

 まるで両側が崖になった一本道を歩いている心境だ。一歩でも間違えたら、何か取り返しのつかないことになりそうな、そんな予感がする。

 その為には、一歩一歩、一つ一つを確認しなければならない。

「……嫉妬なさらない?」

 ふふっと笑うコーデリアに対して、リューネリアはきっぱりと言い切った。

「ウィルフレッド様の主義に口を出すつもりはありません」

「それは余裕からおっしゃてる?」

「余裕とは何に対してでしょう?」

 内心、怖いと思う。こんなやりとりを正面切ってやることになるとは。だが、王子妃という立場上、勝ち負けはないにしても、舐められるようなことにだけはなってはならない。地位と権力を手に入れる為にも、だ。

「あら、それは私達とネリア様では立場が違うではありませんか。それに、殿下もネリア様を大層大切にしていらっしゃると噂されてますし?」

「ではお聞きしますけど、あなた方はわたくしに対して何を思っていらっしゃるのですか?」

 それは常々聞いてみたかった。

 ウィルフレッドは遊びだという。ならば、彼女たちも本当にそうなのだろうか。もし、そうなら彼女達は恋人であるウィルフレッドの本妻のことをどう思っているのだろう。

「――世間一般でしたら、嫉妬……という言葉が相応しいのかもしれませんけど……」

 そこで、ふふっと、彼女は笑った。

「残念ですけど、噂など信じるつもりはございません」

 それは、どういう意味だろう。

 ウィルフレッドがリューネリアを大切にしているという事を信じないということか。それほど自分達に自信があるのか、それとも仮面夫婦だということを見破られているのだろうか。内心焦る。

 だが、こんなところでつまずくわけにはいかないのだ。

「コーデ様は何がおっしゃりたいのかしら?」

 相手の真意を探らなければ。

 嫌な汗がジトリと背中を流れていく。妙に喉が渇いた。

 ピリピリとした緊張感が増すこの場では、それは彼女も同じだったようで、コーデリアは目をすっと細めると、ふと視線をテーブルの上に漂わす。自らのカップに手を伸ばしかけ――そして、視線だけはピタリとリューネリアのカップの上で止めた。

「……ネリア様は、お茶に手を付けられませんのね」

 ふと気づいたようにコーデリアは呟いた。一瞬、それが彼女の素の顔になり、カップを手に取らないままソファに座りなおした。

 リューネリアは結婚してからは、特に毒に対してだけは気をつけていた。決めた場所以外では必要に迫られなければ飲食物は口にしないようにして、食器類も出来るだけ銀食器を用いるようにしている。銀はある種の毒に対してだが反応が分かるのだ。これだけで、多少は予防することが出来る。

「申し訳ありません」

 気づかれてしまえば不愉快に思われるのは承知の上だ。その場合は素直に謝罪を口にするようにしている。

 すると、今まで彼女から発せられていた刺々しい雰囲気が、まるで嘘のようにフッと消えた。

「ごめんなさい。試させてもらったの」

 目を伏せるように謝る姿も美女は絵になるな、と何気に思って聞き流すところだった。

「え――、試す?」

 何を、と呟く。

「あなたがどこまでご自分の立場を理解しているか……を」

 つまりそれは、単に政略結婚でやってきたリューネリアが自分の身の危険を理解しているかということか。

 コーデリアは申し訳なさそうに説明をしてくれた。

 休戦の条件とはいえ、政略結婚でやってきた王女が、あまりにも安穏と過ごすにはまだヴェルセシュカには危険が潜んでいる。守ってもらうのではなく、自らの身ぐらい守ろうと気をつけるぐらいの危機感をもっている者でなければ王子妃は務まらない。だから、本当ならウィルフレッドの主義など否定して、わずかでも危険と思うものを遠ざけるべきだと考えて欲しかったらしい。


「つまり……ウィルフレッド様から恋人たちを遠ざけないのが不満なのですか?」

 突き詰めて考えればそうなってしまうのは気のせいだろうか。

 しかし、目の前の人は一体、何を言っているのだろう。その恋人の一人なのではなかっただろうか。

「いやですわ、ネリア様。――噂など信じるものではございませんわ」

 先ほどと同じ意味合いの言葉を口にしたコーデリアは不敵な笑みを浮かべる。

「あの?」

「ここだけの話ですけど、私達、別に殿下の恋人であると自ら公言してはおりませんのよ?」

「え……、でも――」

「私達の夫や父親が議会の有力者だと言えばおわかりかしら?」

 さらりと言い放った一言に、リューネリアは確かに議会の主要メンバーにウィルフレッドの恋人と言われている人たちの家名があったことを思い出した。

「……なぜ?」

「戦争なんてしたい女性はどこにもおりませんわ」

 王族は戦争を反対している。多くの議員たちは戦争の再開を望んでいる。ならば、どちらを支持するか。分かり切ったことだ。それに、彼女の子供は、パルミディアへの人質候補だ。人質としてパルミディアへ行き、もしも戦争が始まってしまったらその人質の運命は一つしかない。子供の身を案じない母親などどこにもいないだろう。

「殿下は、ご自分に議会と直接渡り合えるだけの力量がないことをご存じでいらっしゃるわ。だから、周囲から攻めることにしたのです」

 つまり、議員の家族――、それも、女性たちだ。

 もともと華やかな女性遍歴をもっていたウィルフレッドは、その噂の影で議会の家族と連絡を取り合っていたのだ。

「ですけど、もうそろそろ限界ですわ。ですから――」

 コーデリアは、極上の笑みを浮かべた。リューネリアさえ見惚れてしまうような。

「私達、王子妃に乗りかえようと思ってますのよ?」

「はい?」

 何を言われたのか分からなかった。

 乗りかえるとは、何を?

「先ほど試させていただいた時も思いましたもの。ネリア様との緊張感のある会話……。とてもゾクゾクして……素敵でしたわ」

 うっとりとした顔で言われ、返答に困る。

「ですから、もう殿下の恋人などとは言わせませんわ。私達、ネリア様をお守りするためにも、お側にいることをお許しくださいますよね?」

 やはり、どこまでも有無を言わせないようだ。

 しかし今、コーデリアが言ったように、議員の有力者の家族が側にいると言うことは、確かに危険な目にあう確率が低くなる可能性はある。その逆も然りだが、ウィルフレッドが側に置いておいた人たちだ。信用できるだろう。

「わかりました。わたくしもこちらの国のことを学ぶべきことがまだまだあります。教えて下さると助かります」

「ええ、もちろんですとも」

 テーブル越しに手を取られると、ぎゅっと握られた。

 本当にこれでよかったのだろうかと、リューネリアは一抹の不安が胸に残った。


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