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この結婚は政治的策略  作者: 薄明
第1章
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10.大義名分(覚悟は出来てる?)


 成婚の宴も、日付が変わる頃にはお開きとなり、つまるところ、リューネリアにとってはあまり喜ばしくない事態を迎えていた。

 いや、覚悟はしていたというか、当然と言えば当然の流れなのだが、正式に王子妃となって新しく移った部屋の寝室は夫婦共同。私室は、寝室からそれぞれの部屋へと出られるようになっているらしい。

 新しくリューネリアに付くことになったヴェルセシュカの侍女たちとの挨拶もほどほどに、寝支度を整えられて寝室へと押し込められたリューネリアは、その場に当然のようにいたウィルフレッドを見て凍りつく。

 いつもよりぐっと砕けた格好のウィルフレッドは、ガウンを羽織って寝台の隅に腰かけていた。


「覚悟はできてる?」

 その言葉に、勢いよく首を横に振る。

「無理です。というか、子供を作ることは当分控えさせて欲しいです」

 真剣に訴えると、ウィルフレッドは面白そうに笑い、首を傾げた。

「なぜ?」

「もし子供が出来ても、地位と権力がないと守る自信がないから」

 いつかは子供を産まなければならないことは、知っている。今は逃げているだけだということも、分かっている。

「まずは、あなたの欲しているものを手に入れてから?」

「はい。勝手を言って申し訳ないのですが」

 いっぱいいっぱいな自分の心を情けなく思いながら、頭を下げる。

「でも、逆も言えるよね。子供が出来れば狙われなくなる可能性もある。ヴェルセシュカの王族の血を引いているのだから」

 確かに、そういう考え方も出来る。それも考えなかったわけではない。

 だが、子供を産みさえすればまさに用なしになるのではないだろうか。むしろその方が怖い。子供を人質に取られてしまえば、多分というか絶対にリューネリアは身動きが出来なくなる。子供を持ったことがないリューネリアではあったが、子供を弟に置き換えて考えれば、身がすくむような恐怖に胃が痛くなりそうだった。

 それを素直に口にすると、ウィルフレッドは笑いながら頷いてくれた。

「それでは、決めよう。一応、夫婦となったからにはどこまで触れてもいいか」

「触れる?」

 不可解な言葉に頭を傾げる。

「そう。人前で出来るだけ仲良く見せる方がいいだろう?」

 そう言うことかと納得する。

 確かに、夫婦らしく見せることは必要だ。それは側にウィルフレッドがいて、必要以上にリューネリアが警戒していては仮面夫婦だということがばれてしまいかねない。宴の間中、ずっと腕を気にしていたぐらいだ。多分、それぐらい慣れなければいけないという意味なのだろう。しかし、どこまで、とは?

 眉間に皺を寄せたまま、再び頭を傾げる。

「どこまで――、とは?」

 真剣に尋ねると、ウィルフレッドは途端、吹き出した。悪いと思ったのか顔を背けたが、堪えようとしているのだろう。逆に肩が震えて、笑っていること自体が隠せていない。

「……あの?」

 真剣に尋ねているのに、この態度は何なのだろう。おかしなことを聞いただろうか。だが、いつまでも震えている背中に、次第に腹が立ってくる。

 宴の時も、ウィルフレッドは余裕をもってリューネリアで遊んでいるように見えた。確かに、こちらの方面に関しては、博愛主義者のウィフルレッドにとってどうっていうこともない遊びでしかないのだろう。だが、リューネリアにとって不得手なのだ。こちらは真剣なのに、それをからかって遊ばれるのは釈然としない。

 ムッとして余所を向く。

 肝心のウィルフレッドが笑っていては話しにもならない。

 と、しばらく無言でいると眉間を軽く押され、すぐ側にウィルフレッドが来ていることに気づく。

 その目元はまだ笑っている。

「私で遊ばないで」

「遊んでいないよ」

「でも――」

 文句を言いかけたところで、ウィルフレッドの人差し指がリューネリアの唇を軽く押さえた。

「試してみよう。あなたがどこまで許してくれるのか」

「???」


 唇を離れた手が、リューネリアの手をすくい上げた。

 いつもの挨拶と同じように手の甲に唇が押し当てられる。その時間は長くもなく離れたと思ったら、今度は手のひらを返され、手首に口づけられる。

 ぎょっとして手を引っ込めようとしたら、バルコニーに出た時と同じように引き寄せられて、ウィルフレッドの腕の中に閉じ込められた。勢い余って胸にぶつかる。

 今はドレスも着ていないのでコルセットも当然していない。とういうことは、背中に回された腕の感覚がより肌に近い。やわらかい柑橘系の香りがふわりと鼻をかすめ、頬にあたる固い胸板も、体温もすぐ近くに感じ、思わず身を引き剥がそうとした。

「もう無理?」

 笑みを含んだ台詞にどこか挑発的なものを感じ、リューネリアは頭上を見上げ、キッと睨んだ。

 だがそこにあったのは、静かな湖面のような瞳で、決してリューネリアを挑発するようなものではなかった。

 確かに、眼福という言葉はある。こんな身近でここまで整った顔を見る機会はなかなかないだろう。金色の髪は無造作に梳かれているが、それでもウィルフレッドの美貌を損なうことはない。

 じっと眺めていると、ウィルフレッドはリューネリアの髪を一房すくい上げ、まるで手の甲への挨拶のように口づける。だが髪はリューネリアの意識に従うかのように、手の中から滑り落ちて逃げていく。が、それは逃げたのではなく意図的なもので、リューネリアが意識をそちらに取られていると、額に温かい感触を感じ、次は瞼へ、頬へと移動する。

 なされるがまま、頬を撫でられ、そのまま顎を持ち上げられて、瞳を覗きこまれた。

 ゆっくりと近づいてくる顔と、睫毛の長さに内心感嘆しながら、現状に我に返る。非常にまずいのではないだろうか。

 顎を引きたくても、持ち上げられた手と背中にまわった腕によって固定され動けない。

 唇が軽く触れた感触に、思わず身体中に力を入れ、ウィルフレッドのガウンを握りしめていた。

 確かに、神前誓約をした時も同じような口づけを交わしたが、今は状況が状況である。場所も悪いような気がする。

 唇が離れた一瞬の隙をついて、リューネリアは持てる矜持を捨てて白旗を上げた。

「――これ以上は無理」

 多分、顔は真っ赤になっているだろう。

 フイっと顔をそらして、思わず不機嫌になってしまう。

 心臓は全力疾走した時のように、鳴っていた。


「取りあえず、十分かな」

 やっと腕から解放され、ある程度の距離を取ると、ようやくウィルフレッドの方を振り返る。だが、顔は直視できない。

 だが、今耳に飛び込んできた言葉は、聞き捨てならないものではなかったか。

「取りあえず?」

「そう、人前でも出来るかどうか、明日試そう」

「人前!?」

 思わず叫んでいた。今したことを人前でするのか。

 一瞬、ヴェルセシュカに輿入れしたことを後悔しそうになった。この国は、そういうことを人前でする習慣があったのだろうか。

「一応、夫婦だからね。……地位と権力を手に入れる為には、それぐらいの壁は乗り越えられるだろう?」

 痛いところをついてくる。ぐっと我慢して頷くしかなかった。

「じゃあ、もう寝よう。今日は疲れただろう」

「……はい」

 どこか納得がいかないまま返事をしたはいいが、しかしこの寝室には寝台が一つしかないことを思い出す。

 首を傾げると、先に寝台に横になりかけていたウィルフレッドが隣を叩いた。

 それは、どう見ても呼ばれているようにしか見えない。

「何もしないよ」

 しばらくジッと見つめていたが、確かに、先ほどもリューネリアが嫌がると止めてくれた。信用してもいいのだろうか。

 いつまでも突っ立っているわけにはいかず、示された場所に入る。

 と、身体に腕を回された。

「ちょっと!」

 非難を込めて見上げると、瞼に口づけを落とされた。

「おやすみ」

 どうやらそれ以上は何もするつもりはないらしく、疲れたと言ったのは嘘ではなかったようですぐに寝息が聞こえてきた。

 リューネリアも妙に緊張していたが、その寝息を聞いていると、同じく疲れもあってすぐに眠りに落ちていった。


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