1.政略結婚(見た目だけで判断しないで)
虚飾に塗り固められた舞台――。
今、幕は上がる。
長い戦争は民を、そして国をも疲弊させる。
西大陸と東大陸が最も接する地に、その二国はあった。
西のパルミディアと東のヴェルセシュカ。
それぞれの背後、パルミディアには西の大国ルーヴェルフェルト、ヴェルセシュカには東の大国ゴードヴェルクが控え、長い間、二大国は小国二国間に起こった戦争を見て見ぬふりを続けてきた。
だが一年前、その沈黙は突然破られる。二大国がパルミディアとヴェルセシュカの休戦を提案したのだ。すでにどちらの国も疲れ切っていた。このまま二大国に逆らってまで戦争を続ける意義もなく、両国は休戦を受け入れた。
両国間で交わされた条件は表面的な取りつくろいに過ぎない。だが両国とも国力が回復するまで数年はかかる。その間、どうしてもお互いを牽制する必要があった。当然、その牽制は過去幾度も繰り返されてきた方法が取られることとなる。
いわゆる人質の交換。
またの名を政略結婚ともいう。
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一年前、ヴェルセシュカの王子と婚約をした。
一週間前、ヴェルセシュカにやってきた。
一月後の結婚式の為に。
晩春の夜。ヴェルセシュカの王宮では隣国からやってきたパルミディアの王女の歓迎の夜会が催されていた。
煌々と灯された明かりは広間を昼間のように明るくし、音楽が溢れ、煌びやかに装った男女が中央で円を描くように踊っている。かつての敵国、招かれたパルミディアの貴賓に、まるでその復興を見せつけるかのようだ。
そして今、リューネリアは歓迎の夜会に出ていた。この夜会の主役の一人である。
本来なら婚約者が側にいるはずなのだが、リューネリアは一人である。周囲にはヴェルセシュカの貴族たちに囲まれて、表面上には顔に笑みを浮かべて談話している。
一年前までは敵だった者たちである。全くしこりが無いとは言えない。でもそれはお互いさまである。
たとえ隣に婚約者がいなくてもリューネリアはパルミディアの第一王女としての誇りと、やるべきことは分かっているつもりだった。
「姫のような美しい方とご結婚される殿下が羨ましいかぎりだ」
「ありがとうございます(見た目だけで判断して欲しくないわ)」
「パルミディアは緑の美しい国だそうですね。ですが、このヴェルセシュカもいい所ですよ。早くここでの生活にも慣れて下さいね」
「はい。見るもの聞くものすべて珍しく興味は尽きませんわ(でも、慣れる前に命を狙うのはどちら様かしら?)」
というような形ばかりの褒め言葉の羅列に辟易する。裏を返せば所詮、人質。いつでも命を取ることが出来るのだという意味が見え見えだ。しかし、顔だけは笑みを浮かべ続けなければならない。折角の休戦を台なしにしないために。そして、この休戦を取り持った二大国の顔に泥を塗らないためにも。
いい加減、頬の筋肉が強張って来た頃、やっと婚約者がバルコニーにいるというのを聞きかじった。
リューネリアは周囲に出来ていた人垣に謝罪をし、会場から抜け出した。
なぜ婚約者が側にいないのか。
リューネリアはため息をつく。この婚姻にケチをつけるつもりはない。これは国の為であって、そしてそれは民のため、引いては自分のためでもある。
婚約が決まった頃、よく耳にした噂があった。
ヴェルセシュカの第二王子は無類の女好きである、と。
リューネリアの感想は、それはそれで都合がいいかも、程度だった。
政略結婚である。
そこに愛情はない。
国のためになればこそ、相手にたくさん恋人がいようがいまいが関係はない。むしろ自分に興味をもたれない方が都合がよい。しかも、婚約者の身分は第二王子だ。その権力は中枢に近い。リューネリアの目的を果たすにはちょうど良かった。