第7話 怖いけど頑張る
警備員が開けてくれた頑丈なドアの向こうには、暗闇が広がっていた。
「じゃあ、閉めますよ」
紅亜の背後で金属のドアが閉まる重たい音が聞こえた。
持ってきていたランタン式の懐中電灯をバケツにくくりつけ、スイッチを入れる。
小梅のダンジョンは街灯のない多摩川河川敷にあるので部屋に常備してあったのだ。
大容量のモバイルバッテリーとしても使える優れものである。
それなりの光量はあるが、ダンジョンの暗闇は濃くて、数メートル先までしか見えない。
壁も天井も地面もゴツゴツとした岩でできている。
天井から水滴が落ちて紅亜の髪の毛を濡らした。
ジメジメとした空気。
魔力が満ちているのがわかった。
でも、小梅の部屋よりも瘴気が薄いように感じた。
ホウキを握りしめ、紅亜は最初の一歩を踏み出した。
モンスターが蠢く危険な場所。
だが澄見歌のことを思うと、恐怖や緊張は感じない。
『お前は鬼の肝臓やな』と小梅に言われるほど酒に強い紅亜だが、まだ酔いは残っている。
転ばないように慎重に歩をすすめようと思うが、気が急いてだんだん早足になっていく。
「待ってて澄見歌ちゃん……すぐに助けてあげるからね! ……地下3階の北西エリアって言ってたよね……」
紅亜はマップデータをスマホに同期させ、ダンジョンの地図を表示させた。
★
澄見歌の配信。
コメント欄は大騒ぎになっている。
〈おいこれどうするんだ〉
〈まさかこのままスミーが死ぬまで俺たち配信を見なきゃいけないのか〉
〈誰か助けに行けよ〉
〈無理に決まってるだろ。Sランクダンジョンだぞ。しかも国際警察すら捕まえられない犯罪者だ〉
〈俺、今いろいろ電話してみたけどどこも相手してくれなかった。日本探索者協会には3500万円要求されたぞ〉
〈あそこは金がなきゃ動かないクソ組織だから〉
タブレットから聞こえてくるコメントの音声を聞いて、ミエスタは腹の底から笑い声を出した。
「ヒッヒッヒッ! ダンジョンの中はいいねえ。いくら人を殺そうが罪にならないってのがいい。ほらあ、みんなの大好きなスミーちゃん、まだ生きてるよお? 救助隊だろうがなんだろうがいくらでもおいで? ヒヒ、でも相手が私だと知って来るやつなんざぁ、いないだろうけどねえ」
〈なんだ、こんな変態女がそんなに強いのか? ただの露出狂じゃねえか〉
そのコメント通りだった。
ミエスタは肌面積が広い、黒い革でできた衣服を身に着けていた。
いや、衣服、というほど肌を覆ってはいない。
隠しているのはせいぜい胸と腰の辺りだけだ。
むしろ、ビキニ姿、と言った方が近いくらいだった。
「ヒヒヒ。肌を晒すのは必要なんだよ。私は空気中の魔力を直接肌から取り込むからね……。つまり、無尽蔵の魔力を持っているってことと同じなんだ。どこの誰が来ようとも返り討ちだよ。誰も来ないだろうけどねぇ。ヒヒ」
〈くそが!〉
〈こいつ、こんなでも探索者レーティング2411あるんだ〉
〈1800あれば一流と言われるのに!?〉
〈アメリカのダンジョンで世界一と言われたデルタフォースの探索者パーティ4人を一人で皆殺しにしたんだぞ〉
〈SASの部隊も返り討ちにあってる〉
〈ちなみにスミーのレーティングは1860だ〉
「ヒヒヒ! レーティングなんて興味ないけどさあ。ダンジョン内での戦闘じゃあ、誰にも負ける気はしないねえ。ここは新宿ダンジョンの地下三階、北西エリアだよ。私は誰の挑戦でも受けるよ。剥製になりたいやつがいたらいくらでもおいでよ」
★
「うう~。ダンジョンなんて初めてだからなあ。モンスターとかおっかないよ。でも、澄見歌ちゃんを助けなきゃ!」
紅亜はランタンの明かりを頼りに、ダンジョン内をドンドンと進んで行く。
突然、暗闇の中から全長2メートルはあろうかというコウモリのモンスターが出てくる。
キラーバットと呼ばれる恐るべきモンスターであった。
その牙はセラミックの装甲をも貫き、どんな攻撃も超スピードで避け、人間の首に食いついて血液を貪る習性を持つ。
モンスターレーティングで言えば1500ほどで、中級探索者であれば死闘を演じる相手だった。
倒すには光の魔法で目をくらますのが最も良いとされている。
それ以外の方法で倒そうとするのは困難なのだ。
「キーーッ!」
鳴き声を上げて襲い来るキラーバット、紅亜は持っていたホウキでそのコウモリをペシッと叩き落した。
キラーバットは地面に叩きつけられ全身ペチャンコになってピクリとも動かなくなった。
紅亜にしてみれば、こんなのは小梅の部屋によく出てくる害虫……いや、害獣のたぐいでしかない。
「うう~モンスターってどんなだろう……怖いけど、頑張る!」
紅亜はたった今自分が駆除した害獣がモンスターだったことにも気が付かず、目的地に向かって突き進んでいった。




