第5話 SSSランク六畳間ダンジョン
助けに行く?
私が?
ダンジョンに潜ったことなんて一度もない、小学生の頃から体育の成績が最悪だった私が?
「なに言ってるの小梅ちゃん! そんなの自殺行為だよ」
「なんや、自殺したかったんちゃうか」
「そうだった!」
よく考えてみたら、このしょうもない人生、どうせなら美しく終わらせたい。
推しの命を助けに行って死ぬのもいいじゃないか。
「わかった! じゃあ行ってくる!」
立ち上がると、さすがに一升瓶をほとんど丸々空にしただけあって足がふらつく。
そのままコケそうになって小梅に支えられた。
「待て待て待て! ちょっと話聞けや」
「ふひゃひゃ! 私は美しく死ぬのだ!」
ようやく酔いが回ってきたようで、紅亜の顔は赤らんできていた。
「あのな、お前は毎日この部屋の掃除してたやろ?」
「だってしないと小梅ちゃんが追い出すって言うから……」
「ここはこれでもダンジョンなんや」
「知ってるよ、いつも瘴気のホコリがたまるし」
「で、お前、このダンジョンのランクを知っているんか?」
ダンジョンには難易度に応じてランクがつけられている。
SSS級ダンジョンからE級ダンジョンまでの、8段階である。
「ええ? この六畳間にランクなんてあるの? どうせEとかでしょ」
「ちゃう。ここはな……SSS級ダンジョンなんや!」
「はあ?」
「あたしは伝説のリッチや。東洋風に言えば尸解仙や。ここのダンジョンはな、そもそも秀吉の小田原征伐の時に上流にあった八王子城が落城したときにさかのぼる。ちょっと長い話やけど聞いてくれや」
「長いなら聞きゃなくていい!」
酔いがどんどん紅亜を襲ってきて、呂律が回らなくなってきた。
「結論だけぷりーず!」
今まさに澄見歌ちゃんが死のうとしているのに昔話に付き合っているヒマなんてないのだ。
小梅はため息をついて、
「しゃあないなあ。あのな、お前が毎日掃除してた瘴気のホコリだの、害虫だのは本来とんでもなく強い呪いだったり妖怪だったりするんや。お前は毎日の日課でSSS級ダンジョンの呪いやモンスターを駆除してたんやで」
「ほんとにぃ? そんなことありゅ? 私、ただ掃除してただけだよ?」
「だからな、お前がちょっとずつ強くなるようにあたしが調整して最初は弱い呪いや妖怪を出現させてたんや。あたしがこのダンジョンのダンジョンマスターやからな」
それを聞いた紅亜は日本酒でポワンポワンした頭で少し考え、やっとその意味するところを理解した。
「ありゃ? 小梅ちゃん、私を騙してたわけ?」
「いや、最初はお前を居候させる言い訳として弱い妖怪退治させてたんやが、お前がぐんぐん強くなるもんやから途中から面白くなって」
「騙すよりもっと悪い!」
そんな話をしている間にも、スマホの中ではミエスタがにやつきながら澄見歌の身体を撫でまわしている。
『ヒヒヒ。なかなかいい身体してるねえ。ほらもう血が止まっただろう? 今このモンスターが体液をこいつの体内に流し込んでる――。だがまだ生きてるんだ。見てみろよ、この弾力!』
ミエスタは澄見歌の胸をまるでプリンを触るかのような繊細な手つきで撫でる。
ブラウス越しに豊満なバストが揺れる。
『ヒ、ヒ、ヒヒ……たまんねえぜ、若い女の身体は……。売るのがもったいないねえ……。少し遊んでやりたいが、値段が落ちちゃうから迷うところだねえ』
ミエスタは長い舌をベロリと出した。
そして澄見歌のスカートに手を入れようとして――。
『あーダメダメ。値段が落ちる……。でもぐちゃぐちゃにしてやりたい……』
ミエスタの舌の先から唾液がポタリと落ちて澄見歌の頬を濡らした。
〈おいやめろ変態〉
〈くそが〉
〈おい誰か助けに行けよ〉
〈無理に決まってるだろ、国際警察とか軍隊の特別作戦チームだって何度も返り討ちにしてるやつだぞこの変態女〉
〈露出狂みたいな恰好しやがって〉
〈だいたいダンジョンの中は無法地帯〉
〈スミーは強いから大丈夫だと思ってたのに〉
そのとき、澄見歌が一瞬だけ目を薄く開け、小さく呟いた。
「だ、だれかたすけ……」
しかし唇がマヒしているのか、もう言葉にならない。
『ヒヒヒ。意識があるまま剥製になっていくんだよ。怖いだろう? ヒヒ。誰も助けなんかこれないよお? くう、売り物でさえなきゃねえ』
強化タイツに包まれた澄見歌の太ももを撫でさするミエスタ。
それを見て紅亜は自分の顔からさあっと血の気が引くのを感じた。
酔っぱらってるはずなのに、一瞬で身体が冷えた。
「澄見歌ちゃんになにやってんのこの人……」
紅亜にとって澄見歌は神聖にして侵すべからざる存在だった。
その澄見歌の身体をミエスタがいやらしい手つきで好きなようにしている。
「ゆ……許せない……!」
ミエスタはヒヒヒ、と下品に笑う。
『さあさあ、オークションだよ。今から入札許可するから、ダークウェブの私のサイトにアクセスできる人はしてくれよ』
紅亜の目からは再び大粒の涙がポロポロと流れ出た。
無意識のうちに自然と拳を握りこんでいた。
力が入りすぎて、紅亜の腕がプルプルと震える。
「澄見歌ちゃん……澄見歌ちゃんがかわいそう……。私……私、行く!」
小梅の言うことを信じたわけじゃないけれど、こんな状態でなにもしないという選択肢はなかった。
紅亜は唇をかみしめ、今度はしっかりと立って、
「小梅ちゃん! 私、行ってくる!」
「せやな。あんな悪趣味女、あたしも嫌いや。ちょちょいとお仕置きしたれや。ほれ、これをお前の推しに飲ませたら治るからな」
小梅はそう言って小瓶を紅亜に渡した。
栄養ドリンクくらいの大きさで、ラベルには手書きで『妖命酒』と書いてある。
「これで治るの?」
「たぶん。中身はあたし特製のどぶろくや。国税庁には秘密やで。これを飲ましたりや。どちゃくそまずいけどな」
「小梅ちゃんは一緒に来てくれないの」
「あたしがこの場所を離れると八王子城の呪いが噴き出して大変なことになるわ。まあお前ひとりで行ってこいや。お前なら楽勝やぞ。いつもの掃除道具持ってけよ」
掃除道具の入ったバケツを抱えると、紅亜は力強く頷いて部屋を出て行く。
そして5秒後に戻ってきた。
「小梅ちゃん、電車代貸して」




