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あした  作者: 秦江湖


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3/7

やり過ごす技術

数学が終わって、次の英語までの五分。


教室のざわざわが一気にでかくなる。



「ねえ神崎、今日マック寄ってかない?」


前の席のきっちりした女子が振り返る。


「無理。金ない」


「また〜? バイトしなよ」


「未成年搾取とかマジ無理なんで」


ほんとはジムの掃除で小銭はもらってるけど、説明するのはだるい。彼女は「ふーん」と流して、別の友達としゃべり始める。


高橋が数学ノートを閉じてこっちを見る。


「英語プリント、昨日のやってきた?」


「やってない」


「だと思った」


プリントを一枚抜いてウチの机に置く。


「名前だけ書いて出しな」


「高橋、マジ神。結婚して」


「いやそれは遠慮する」


そこへ英語の先生が入ってくる。ざわざわがしぼんでいく。


ウチはプリントの名前欄に「神崎 明日」とだけ書いた。


「じゃあ昨日のプリント、出してない人はあとで職員室まで持ってきてね」


何人かが「やべ」とか言ってる中、ウチはプリントを重ねて机の中へ突っ込む。


——出しても出さなくても、大差ない。


ウチも多分、その辺のゾーン。


それでも完全に切り捨てないでいられるのは、高橋がさりげなく助けてくるからだ。


「やりなよ」と押しつけず、「名前だけでも書きなよ」とハードルを下げてくる。


ありがたいけど、借りを作るみたいで、落ち着かない。


「じゃあ、次、神崎」


名前を呼ばれて少し背筋を伸ばす。英文を適当に読む。発音なんか気にしない。先生が「もう一回」と言いかけて、やめるのが分かる。


——賢い大人は、ちゃんと見切りをつける。


父親も、たぶんそうだった。母も、どっかでウチのこと切り捨ててんのかもしれない。


「ナイス、神崎。意外と読み方ちゃんとしてた」


「意外とは余計」


「褒めてるのに〜」


高橋は笑って前を向く。ウチも口元だけ緩める。


——そこそこ笑って、そこそこ真面目っぽくしておけば、「完全に終わってる子」には見えない。

退学まではいかない、留年もギリ回避できそうな地点。そこに自分を置いて、やり過ごす。




昼休み。少し離れた窓際で、ウチはコンビニおにぎりの袋を破る。ツナマヨ。


「またそれ? あきないねえ」


高橋が、ちゃんとした弁当のふたを開けながら言う。色とりどりのおかず。


「ツナマヨは正義だから」


教室のあちこちで笑い声と「昨日さ〜」「マジそれな〜」が飛び交ってる。


ウチは、その輪の中に入りたいわけじゃない。でも、完全に外でもない。高橋が隣にいるから、ここは一応「自分の場所」と呼べるのかもしれない。


「ねえ神崎」


「ん」


「進路調査票、出した?」


「出してない。てか、書いてない」


「だよね」


「“だよね”って何」


「ううん、なんとなく」


高橋は苦笑して、カバンからプリントを取り出す。


「先生から預かったやつ。神崎、まだって言ってたから」


白い紙に「進路希望調査」の文字。第一志望、第二志望、専門学校、就職、その他。


「書くことないんだけど」


そう言うと、高橋は少し真顔になる。


「書くことないなら、空欄でも一応出したほうがいいよ。“何も考えてません”ってサインにはなるから」


「それサインしたくなくね?」


「しとかないと、先生たちが勝手に“就職希望”扱いにするよ、多分」


「は? 勝手に決めんなよ」


「だから、一応自分で出さないと……って、先生が言ってた」


うざ。マジで進路とか無理。


「まあ、まだ書かなくてもいいけどさ。締切ギリギリには、ね?」


「ギリギリなら得意だから」


「そういう意味じゃないって」


また笑い声。ウチも鼻で笑う。



——二十歳とか三十歳とか、想像できない。


ジム通って、サンドバッグ殴って、コンビニでおにぎり買って、たまにファミレスでだべって。その繰り返しが、ずっと続くわけないのは分かってるけど。


心の中で、またつぶやく。


どうせ、何書いたって、ウチの人生なんか、ろくな方向には転がらない。


だったら今は、「どうでもいい」って顔して、今日一日をやり過ごすしかない。


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