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あした  作者: 秦江湖


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2/7

今日もギリギリ

一時間目が終わるチャイムが鳴ったとき、ウチはまだ駅から全力疾走してた。


「……っは、マジ、しぬ」


校門の前で膝に手をつく。冬の空気が肺に刺さるみたいに冷たくて、喉の奥がヒリつく。心臓がバクバクしてる。


それでも、ギリ一時間目は出席扱いになる時間だ。たぶん。


上着のポケットからスマホを出す。時刻と、母からの「今日遅くなる」のLINE。


どうでもいい。


既読つけるのもだるくて画面を消し、ブレザーの裾を引っぱりながら校門をくぐる。


門のところのオッサン教師が、あからさまに眉をひそめた。


「神崎。またか」


「おはよーございまーす」


ポケットに手を突っ込んだまますれ違う。視線が、ウチの髪とピアスとネイルを上から下までなぞっていく。


ミルクティー色のセミロングは根元が黒くプリン。左耳に小さいフープピアス二つ。ネイルはベージュにラメ少し。校則的にはアウト寄り、でも完全アウトまではいかないライン。


「ホームルームには出なさいって、何度言った?」


「出てましたよ? 心だけ」


「そういうの言わなくていい」


ため息をつかれて、肩をすくめる。


昇降口でローファーに履き替え、窓ガラスを鏡代わりにのぞく。アイラインで跳ね上げた目尻、マスカラで盛ったまつげ。曲がってたネクタイを指で真っ直ぐにする。


「……よし」


二年三組の教室のドアを開けると、何人かの視線がかすめた。黒板には「数学Ⅰ」。前のほうでしゃべってた男子が一瞬黙って、またどうでもいい話に戻る。


「おそーい、神崎」


窓際後ろから二番目。隣の席から顔を出したのは、高橋。唯一そこそこ話す女子。


「一時間目、でた?」


「出てない。今からがウチの一時間目」


「はいはい。ノート写させてあげよっか?」


「神。マジ感謝。なんかあったらスタバおごる」


「スタバの前に、まず授業出ようね?」


高橋は笑いながらノートを半分こっちにずらす。細かい丸文字が真面目そう。


「神崎。遅刻届、あとで職員室に出しに来なさいよ」


教卓の前で数学の先生がじろっと見る。


「はーい」


片手だけ上げて座る。心の中では「別に出さなくてもよくね?」って思いながら。


窓の外では、サッカー部が準備運動してる。白い息が空に溶けていく。


あー。今日も、一日、長ぇな。


「神崎、教科書」

「はいはい」


高橋に小突かれてカバンを開ける。中身はプリントとイヤホンと割り箸がぐちゃぐちゃ。教科書を引っ張り出すと、ページの端が折れてて、シャーペンの芯がポロっとこぼれた。


「相変わらずだね、そのカバン」


「芸術は爆発ってやつ」


「それ違うから」


笑い声。ウチも口角だけ上げておく。


——適当に笑って、適当に合わせてれば、その場は回る。


別に、仲良くなりたいわけじゃない。深く関わるつもりもない。


どうせ、誰かと本気でくっついたって、いつか勝手に離れてくでしょ。父親だってそうだったし。中学のときの、あの人だって。


チャイムが鳴いて、先生が黒板に数式を書き始める。ウチは机に頬杖をつきながら、頭の中でべつのリズムを刻む。


——今夜、ジム。

——サンドバッグ。

——汗。

——殴る音。


それだけ考えてれば、とりあえず息はできる。


「神崎。ちゃんとノート取れよ」


「取ってまーす」


実際には、ノートの端に意味のない落書きを増やしてるだけ。テストで赤点取ったって、死ぬわけじゃない。……進級できなかったら、ちょっと困るかもだけど。


どうでもいい、どうでもいい。


そう言っておかないと、全部が重すぎて、呼吸できなくなる。


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