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毒と夕暮れの誓い

 翌朝、デュアルスターズ・アカデミーの騎士科Sクラスの教室は、いつもより少しだけざわついていた。昨日の中庭での一件が、瞬く間に学園中に広がったせいだ。


ギン──いや、コハクは、窓際の席に座りながら、周囲の視線を痛いほど感じていた。(昨日の剣術の授業で、目立ちすぎた……。エデンの手がかりを探すはずが、こんなことに……) ギンは内心でため息をつく。潜入捜査の基本は「溶け込む」こと⋯⋯なのに、今の彼女はまるで学園のアイドルだ。男子生徒たちは遠巻きに彼女を眺め、女子生徒たち(といってもSクラスにはリヴィアしかいないが)は警戒の目を向けている。


 授業開始の鐘が鳴る直前、教室の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、カイル・フォン・ベルシュタインだ。彼は昨日の公開告白の余韻を残したまま、ギンの席に真っ直ぐ向かってくる。


「おはよう、コハクさん! 今日は朝から爽快だね! 昨日の君の動きを思い出すだけで、心が洗われるよ!」 


カイルの声は明るく、目には昨日のようなキラキラとした光が宿っている。ギンは苦笑しながら応じる。


「おはよう、カイルくん。昨日はありがとう。……でも、少し控えめにしてもらえる? みんなが見てるわ」 


カイルは周囲の視線に気づき、慌てて声を潜めたが、興奮は抑えきれない様子だ。


「ごめん! でも、君の剣技は本当に素晴らしい。僕の家は剣なんか二の次三の次だけど、君のような純粋な強さを見ると、羨ましくて……。そうだ! 放課後、僕の部屋で剣術について語り合わない? 僕の家から取り寄せた特別な紅茶があるんだ。きっと君好みだよ!」 


ギンの耳に、「僕の家から取り寄せた」という言葉が引っかかった。ベルシュタイン家は王国の財政を握る大貴族。ゴウの情報によると、エデンの流通ルートが貴族絡みである可能性が高い。


もしかすると、カイルの家が何らかの手がかりを持っているかもしれない。(これは……チャンスかも。だけど、部屋に誘うなんて……ゴウに知れたらこの子が殺されるわね) ギンは少し迷ったが、潜入捜査の優先順位を思い出し、笑顔で頷いた。


「ええ、いいわよ。剣術のお話、楽しみにしてるね」 


カイルの顔がパァッと輝く。周囲の男子生徒たちからはため息が漏れ、嫉妬の視線が刺さる。ギンはため息を吐く。


(また目立つことになってる……) 


授業が始まると、教官のエヴァンズが昨日の中庭の一件を振り返りながら、戦術論を展開した。ギンはノートを取りつつ、周囲の生徒たちを観察する。


エデンの被害者は「使い道のない生徒」なんて呼ばれる生徒たちばかり。Sクラスはエリート揃いだが、誰かが薬に手を出している可能性は捨てきれない。 


休み時間、リヴィアがギンの席に近づいてきた。彼女の金髪ポニーテールが揺れ、鋭い視線がギンを射抜く。


「コハク。昨日の中庭の動き……あれはただの護身術じゃないわね。あなた、どこの流派?」 


ギンは警戒しながら答える。


「ええと、父から習っただけよ。特別な流派じゃないわ」 


リヴィアは鼻で笑った。「剣ダコのある手で、そんな嘘は通用しないわ。あなたの実力、試させてもらうわよ。放課後、訓練場で待ってる」 


そう言い残して去っていく。ギンは頭を抱えた。


(また面倒なことに⋯⋯。本当になんなのよ! はぁ⋯⋯もうエデンなんて放っといて帰りたいわ。あぁ、まどろみベーカリーのチーズパンが恋しい⋯⋯) 


放課後、ギンはまずカイルの部屋に向かった。


ベルシュタイン家の特別室は、男子寮の最上階。扉を開けると、豪奢な内装に圧倒される。絨毯は柔らかく、壁には名剣が飾られ、机の上には高価そうなワインの瓶が並んでいる。


「ようこそ、コハクさん! 座って座って。紅茶を淹れるよ」


 カイルは興奮気味にギンを迎え入れる。ギンは部屋を見回しながら、さりげなく探りを入れる。


「素敵なお部屋ね。カイルくんの家は、どんなお家なの? 剣より策謀が専門って言ってたけど……」 


カイルは少し顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。


「ベルシュタイン家は、王国の財政を支える家だよ。父は財務院の長で、いろんな……事業を手がけている。薬品とか、珍しい商品の流通とかね。でも、僕は剣の道を選んだんだ。家業は弟に任せて」


 ギンの耳に「薬品」「流通」という言葉が引っかかる。エデンは薬品だ。ベルシュタイン家が関わっている?


「薬品? どんなの?」 


カイルは少し慌てた様子で、机の引き出しから小さな瓶を取り出した。琥珀色の液体が入っている。


「これは……家から送られてきたサンプル。疲れを取る薬だって。僕はいらないけど、父は『体調管理に使え』って……」 ギンは心臓が止まるかと思った。瓶の形状、液体の色──エデンに似ている。改悪版か?


「それ、飲まない方がいいわ。危ないかも……」 


カイルは不思議そうに首を傾げる。


「危ない? どうして? 父は信頼できる人だよ。まあ、僕も飲まないけどね。剣士は自分の力で勝負したいから」


 ギンは確信した。ベルシュタイン家がエデンの製造や流通に関わっている。カイルは知らないようだが、彼の父が黒幕の可能性が高い。 


まだ聞きたいことはあったが、ギンはカイルの部屋を出て急ぎ訓練場へ向かった。リヴィアを待たせてこれ以上彼女に疑いの目を向けられるのも面倒だ。


訓練場に到着すると、彼女は木剣を構えギンを睨む。


「遅かったわね。さあ、剣を抜きなさい」 


ギンはため息をつき、木剣を構える。リヴィアの攻撃は鋭く、ギンは最小限の動きで躱す。リヴィアは次第に本気になり、汗を流す。


「あなた……本当にただの転校生? この剣筋、どこかで見たことがあるわ」 


ギンは警戒する。リヴィアはベルシュタイン家と繋がりがあるのか? 模擬戦の後、リヴィアは息を切らしながら言う。


「コハク。あなた、エデンって知ってる? 最近、アカデミーで出回っていて⋯⋯体調を崩す生徒たちが増えているのもそれが原因なのではと私は考えているわ」 


まさかリヴィアの口からエデンという言葉が出てくるとは思わなかった。だが、ここは乗っかっておくべきだと考えたギンはコクリと頷く。


「知ってるわ。実は、私もそれを探しに来たの」 


リヴィアの目が輝く。


「やはり貴女もあの薬が欲しいのね。 止めておきなさい。よくわからないけどアレは何かヤバい気がするのよ」

 

リヴィアの言葉に、ギンは一瞬息を呑んだ。どうやらリヴィアもギンと同じ考えのようだった。


「欲しい……? 違う違う。私が探してる理由は、これ以上被害者を増やさないためよ。あの薬は人を壊す。あなたも知ってるんでしょ?」


 リヴィアは驚いた顔で木剣を地面に突き立て、汗を拭いながら視線を逸らした。彼女の金髪が訓練場に差し込む夕陽に透けて揺れる。


「……知ってる。去年の冬、騎士科の先輩が急に倒れたの。最初はただ寝てるだけだと思ったわ。先輩は誰よりも努力家で、毎日毎日厳しい訓練をなさっていたから疲れているのだろうと⋯⋯。でも、いつまで経っても起きなくて……結局先輩はそのまま両親に連れられアカデミーを去ったわ。医務室の記録には『原因不明の昏睡』って書いてあったけど、私にはわかる。絶対あの薬のせいよ」 


ギンは静かに頷く。リヴィアの声には、怒りと悔しさが混じっていた。彼女は拳を握りしめ、続けた。


「それ以来、騎士科だけでなく魔法科のクラスでも体調を崩す子が増えたの。みんな『使い道のない生徒』って言われて、親が学費を払わなくなったり、自主退学を勧められたり……。まるで、そんな生徒たちばかりが選ばれてるみたいに⋯⋯」


 ギンの胸に冷たいものが走った。ベルシュタイン家が関わっているなら、すべて辻褄が合う。貴族の家系が「不要な血筋」を切り捨てる道具として、改悪版エデンを使っている可能性が高い。


「リヴィア。あなた、ベルシュタイン家と何か繋がりはある?」 


リヴィアの瞳が鋭く細まる。


「ベルシュタイン家? 私も貴女と同じ平民の出よ。そんな大貴族と関わることなんて今までもこの先も無さそうだけど⋯⋯どうして?」 


ギンは深く息を吐いた。リヴィアは味方になり得る。


「一緒に調べてくれない? 私一人じゃ限界があるの」 


リヴィアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……いいわ。コハク、あなたの剣が本物なら、私も本気で付き合う。でも、もしあなたがただの噂好きだったら……許さないから」 


ギンは苦笑する。


(私がただの噂好きだったら、きっと今頃はこんなところで汗だくになってないでまどろみベーカリーで新作のパンを考えているわね) 


二人は軽く拳を合わせた。ギンにとっては初めて同じ年代の友達ができたような感覚だった。 


「さぁコハク。もう一本付き合ってもらうわよ」


そう言って木剣をかまえるリヴィアの顔は、先ほどとは違い晴れ晴れとしていた。

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