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4-3 具合は……良いぞ、ありがとう



 聖猫神殿へと続く道は、すでにそのほとんどが雪に覆われていた。


 VRゴーグルのディスプレイには自分の呼吸に合わせて白い息が表示されるようになった。

 体感温度も下がっているのは、ゲーミングスーツに内蔵されたペルチェ素子が体温を吸収しているからだろう。


 カリサは俺の少し後ろを歩きながら、アイテムの合成実験を繰り返していた。

 石臼をゴリゴリと回転させるジェスチャーを繰り返しては、ときおり自分の手の甲に薬を塗って反応を観察している。

 彼女の姿にどこか違和感があったのでよく見てみると、ブラウスの前が大きく膨らんで、ボタンの合間から肌が露出してしまっていた。

 以前の人体実験でチーカの体に現れたのと同じ反応だ。

 ナルを全裸にしてしまったことを彼女なりに反省して、今は自分の体を使って実験しているのかもしれない。


「どうじゃカリサ、実験は順調かの?」


 俺が近づいて声をかけると、彼女は驚いて身をのけぞらせた。

 以前は猫による陰謀論を唱えていた彼女だが、この反応を見ると、もしかしたら猫が苦手なのかもしれない。

 彼女の現実の体は猫アレルギーで、思わず体が反応してしまったという可能性もある。

 VRゲームの世界では関係のないことなのだが。


「防御力増強薬は完成したわ。

 次の戦闘で使わせていただくつもりだけど、構わないかしら?」


 さも驚くには値しない普通のことであるように彼女は話したが、内側からこみ上げてくる達成感は隠しきれない様子だ。


「うむ。

 被験者にも慣れてもらう必要があるからな。

 遠慮なく使ってくれ」


「了解したわ」


 目を合わせることもなくそれだけ言うと、彼女はアイテムの作業に戻った。

 

 ――そのとき


「敵だ!

 複数いるぞ!」


 舞い散る粉雪で視界が効かない中、敵の出現に気づいたのはアイリアだった。


 目を凝らすと、空中に浮遊する球状の影が見えた。

 数は6匹。


 風船のようにぷかぷかと浮いているが、ハロウィーンのカボチャのように、凶暴な口が鋭利な牙をむき出している。

 ネームタグに表示されている名称は「タイガーバルーン」。

 たしかにトラのような縞模様の毛が表皮を覆っていた。


「痛っ!」


 アイリアが悲鳴を上げた。

 だが敵の攻撃を受けたわけではなかった。

 体が紫色の煙に包まれている。


「防御力増強薬よ。

 具合はどう?」


 カリサがアイリアに向けて薬瓶を投げつけたのだ。


「あ……そうだったのか。

 具合は……良いぞ、ありがとう」


 アイリアは礼を言ったが、カリサの何も言わずに薬瓶を投げつける癖は、ほんとなんとかしてほしい。


「あれっ?」


 アイリアが声を上げた。

 ロングソードをぶんぶんと振っているのだが、タイガーバルーンは空中に浮いているため届いていない。

 そうこうするうち、敵は急降下してアイリアに噛みついた。


「痛っ……くない?」


 彼女は思わず声を上げたが、派手に攻撃された割にはライフゲージはほとんど減っていない。

 防御力増強薬の効果が出ているのだ。

 それでも敵は上下に反復運動しながら俺たちを囲むようにじわじわと接近してきた。

 俺はプライベートチャットをオンにした。


「物理攻撃は、ジャンプしなければ当たらないぞ!」


「ジャンプ?」


 アイリアが聞き返してきた。

 言われてみれば、今までジャンプ操作は教えていなかった。


「左コントローラを押してから離せばいい。

 やってみてくれ」


「う、うん。

 わかった!」


 少し間をおいてから、アイリアは勢いよくジャンプし、そのままタイガーバルーンに頭をぶつけた。


「痛ぁ~」


「コントローラを押す時間が長すぎる。

 ちょこんと叩くだけでいい!」


「な、なるほど」


 アイリアはその場で何度もジャンプを繰り返した。

 その様子を見ていたマイラやチーカも、同じようにその場でぴょんぴょんとジャンプを始めた。


 この光景を見ている視聴者からすると、だいぶ滑稽な風景だろう。

 しかし敵は俺たちの練習に付き合う気など毛頭ない。

 距離を縮めながら、執拗に空中からのヒットアンドアウェイを繰り返してくる。

 1撃あたりのダメージは大きくないが、ライフはじわじわと減っていく。

 チーカが敵の攻撃を受けたのを見て、カリサは彼女にも防御力増強薬を投げつけた。


「ジャンプするだけじゃ、倒せないんだけど……」


 アイリアが根本的な問題点に気づいた。


「ジャンプが最高点に達したタイミングで攻撃するんだ」


「えーっ!

 そんなの無理~っ」


 弱音をはきながらもアイリアはジャンプ直後の攻撃を試みる。

 しかし敵の動きにタイミングが合わず、ロングソードはスカッと空を斬ってしまった。


「敵も最高点に達すると静止する。

 そのタイミングを狙うんだ!」


「えーっ!」


 指示を出しながら、さすがに俺は限界を感じた。

 今回の戦闘は、練習だと割り切るほうが良さそうだ。


「アイリア、マイラ、チーカ。

 難しいとは思うが、ジャンプ攻撃を習得すれば、地上の敵に対しても大きなダメージを与えられるようになる。

 今のうちに練習しておいてくれ」


「は、はーい」


 アイリアの声は疲れ果てたという感じだった。

 タイガーバルーンは上下にゆっくりとしか動いていないので、実は簡単な部類だ。

 すばしこく動き回る敵にジャンプ攻撃を命中させることは遥かに難しいのだが、それは今後の課題とするしかないだろう。


 そのとき、敵がボンッと分解する音がした。

 チーカはタイミングをつかんだようで、空中の敵にクナイを命中させることに成功したのだ。


 いっぽうマイラは移動しながらのジャンプ攻撃に挑戦しているように見えた。

 ちょこまかと動き回りながらジャンプしていたが、「あら、ごめんあさーせ!」などと言いながらカリサに向かってモーニングスターを振り回している。


 わざと……だろうな、あれは。


 かくいうカリサのほうも、マイラにだけ防御力増強薬を使わないのは不自然だ。

 モンスターと戦いながら、その裏では2人の不毛な嫌がらせ合戦が繰り広げられているのだろう。


 あまり悠長にしていて死者が出ても困るので、俺はそろそろ戦闘を終わらせることにした。プライベートチャットをオフにし、猫の声に切り替える。


「ナル、魔法攻撃を使うのじゃ。

 魔法なら空中の敵にもダメージを与えられる」


「うん、わかった」


 ナルはダンスを始めた。

 残り5匹のタイガーバルーンは散開しており、舞踏魔法でもまとめて倒すことはできない。

 結局、仲間たちがジャンプの練習をする中で、ナルは5回も繰り返して踊るはめになってしまった。


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