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3-5 お主はただついてくればよい



 明朝、俺たちは木漏れ日が差し込む森の中を歩いていた。


 焚き火のおかげでモンスターに襲われることもなく、無事に朝を迎えることができたのだ。

 このまま順調に進めば、今日中に北の町へと到達することができるだろう。


 ただ、どうも今日は、パーティーの移動速度が遅く感じる。

 それはつまり先頭を行くアイリアの歩みがいつもよりも遅いということだ。

 彼女はゲーム慣れしていない。

 そろそろ疲れがでてきたのだろうか。

 少し心配になって彼女の様子を観察してみたが、周囲を警戒することなく、うつろな目で呆然と歩いているようにみえる。


 俺はできるだけショックがかからないように注意しながら彼女の体を駆け上がり、肩の上に乗っかった。


「アイリア。

 具合でも悪いのか?」


 俺が尋ねると、「あ、いえ。だいじょうぶです」と答えたが、明らかに声に力が入っていない。


「足取りがおぼつかないようじゃ。

 疲労が溜まったのではないのか?」


 俺が再度尋ねると、さすがに隠し通すのは無理だと観念したようだった。


「実は、お腹が気持ち悪くて……。

 頭を動かさないようにしていれば少し楽なのですが……」


 ――3D酔いだな。


 俺の直感がそう告げた。

 彼女が使っている機材や通信環境の影響もあるかもしれないが、体質によっては3D酔いは避けられない。

 三半規管がヴァーチャル空間を現実空間だと誤解し、混乱してしまうのだ。


「いずれ良くなるはずじゃが、それまではわしが先頭を行こう。

 お主はただついてくればよい」

 

 そう言って俺はアイリアの肩から飛び降りると、彼女の一歩先を歩き出した。

 

「ありがとうございます。

 助かります」

 

 彼女は消え入りそうな声で礼を言った。俺は幸い3D酔いになった経験はないが、海釣りに行ったときの船酔いの辛さなら身にしみて理解している。なんにしても安静にするのがいちばんだろう。

 

 しばらく進むと、俺の耳がピクッと反応し、敵の出現を感知した。


「敵襲じゃあっ!」


 まだ姿は見えないが、俺は仲間たちに危険を伝えた。

 アイリアはふらふらとしながらロングソードを構えた。


 時を待たず3匹のモンスターが現れた。

 ネームタグには「ナキドブネ」と表示されている。


 アイリアは中央のナキドブネに斬りかかったが、ひらりと身をかわされてしまった。

 しかも左右のナキドブネは攻撃体勢をとっており、危険な状態だ。

 俺は思わずチーカの姿を探してしまった。

 そうだ、彼女は不在なのだ。


 改めてチーカの存在のありがたさを実感せざるを得なかった。

 敵の前進を阻む役割がアイリア1人ではどうしても限界がある。

 チーカのサポートがあったからこそ、今まで全滅を免れてきたのだ。


 しかし……いないことを嘆いてもしょうがない。

 そのとき、背後でノリのよい音楽が鳴り出した。

 ナルがダンスを始めたようだ。


 あと15秒すれば、ナルのファイヤーボムが発動する。

 勝機はある!

 俺は少しでも時間を稼ごうと、ナキドブネを挑発し、注意をそらそうと不規則に動き回った。

 そのとき、ナキドブネが大きく口を開き、甲高い雄叫びを上げた。


 キギャーッ!


 まるで頭の中で鐘が鳴らされたような衝撃を受けた。

 超音波攻撃だ。

 俺の四肢は硬直し動かなくなった。

 一種の麻痺状態だ。


 ――まずい。


 アイリアを見ると、3D酔いで足元がふらつき、完全にグロッキー状態だった。

 ナキドブネに噛みつかれた彼女のヒットポイントゲージはぐんぐんと減っていき、やがて0になった。

 アイリアの体が光の粒に分解されて、空へと上がっていった。

 

 残りの2匹のドブネズミはマイラとナルに攻撃をしかけていた。

 マイラはモーニングスターをぶんぶんと振り回してなんとか身を守っているが、ダンス中のナルは「いやあん!」と艶めかしい声を上げて倒れ伏した。

 舞踏魔法は不発に終わったのだ。


 カリサにはもともと期待はしていなかったが、やはり何もせず遠くで傍観しているだけだった。


 ここにきて、ついに全滅か……

 俺が諦めかけたとき、背後で懐かしい声が聞こえた。

 

「アシッドスピア!」


 広範囲に強酸の雨が降り注ぎ、ナキドブネにダメージを与えた。

 チーカが新たに習得した忍術魔法だ。

 ナルの近くにいた一匹だけは生き残ったが、それもチーカのクナイで瞬時に分解されてしまった。

 ファンファーレが鳴り、四肢の麻痺が回復した。

 バトルは終了したのだ。


「ちーっす!

 チーカちゃん、ただいま復帰したっす!」

 

 チーカは笑いながら俺たちに敬礼をした。

 アイリアは死んでしまったが、全滅を免れたのは間違いなく彼女のおかげだった。


「いやあ、あぶないところだったっすねえ!」


「そうじゃな。

 礼を言う」


「いえいえ。

 あっしが遅れたのも原因っすから」


 チーカにしては珍しく謙遜してみせた。

 そういえば彼女が遅れた原因は何だったのだろうか。

 表向きは忍者の隠密行動ということにしてあったのだが。

 

「いやあコマーシャル中に通販で買った新作ゲームが届いたんで、ちょっとだけプレイしようと思ったんすけど……いったん始めたら冒頭の強制イベントがそりゃあもう長くって、途中でやめられなくなっちゃったんすよねー、あはは」


 ――こいつは、いったい何を言ってるんだ?


 俺の脳は思考を停止し、もはや怒ることさえできなかった。



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