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1-8 生涯を猫神様に捧げると誓った身です




 アイリアの案内でたどり着いたオリゴン村は、特に特徴が無く、デフォルト状態に近い小さな村だった。


 中央に大きな尖塔のある建物が鎮座していることを除いては、サリア村とほぼ区別がつかない。

 ただ、村の中に足を踏み入れると、俺は明らかに雰囲気が違うことに気づいた。


 猫が――見当たらないのだ。


「なんか……、さびれたとこっすね」


 にぎやかな商店街とか街頭芸人とか、楽しそうな場所を想像していたのかもしれないが、チーカはあからさまにがっかりとしていた。


 しばらく目的アイコンが示す方向に歩いていると、やはり行きつく先は例の尖塔がある建物だった。

 古びた石造りの教会のように見えるが、塔の上端には猫の目をあしらった意匠が彫られている。


 固く閉ざされた木の扉は、猫の俺にはどうすることもできなかったが、アイリアが体重をかけると、ギギギと重い音を立てながら開いた。

 内部は薄暗い。

 目を凝らすと、無数の猫たちが床の上で体を丸くして眠っていた。


 ここは猫のアパートか?

 それにしては質素だし、雰囲気が陰鬱だ。


「デオロン様ですね。

 お待ちしておりました」


 質素な紺色の神官衣をまとった少女が、俺たちを出迎えた。

 暗い服の色とは対照的に、鮮やかな水色の髪が、まっすぐに肩へと垂れている。

 肌は透き通るように白く、顔立ちも美しいが、どこか弱々しく、(はかな)げな少女だ。

 

「マイラと申します。

 猫神教の神官を務めております」

 

 そう言うと、少女はかるく会釈した。


 3人目のプレイヤーが登場したようだ。


 物腰は上品でつつましく、その表情は穏やかで慈愛に満ちている。

 いわゆる『癒し系』というやつだろうか。

 彼女が仲間に加わってくれたら、道中で辛いことがあっても、心が癒されるような気がする。


「ご覧のとおり、この村の猫たちがいっせいに元気をなくしてしまったのです。

 私の回復魔法も効果がありません」


 ――お。

 回復魔法が使えるのか!

 パーティ内に回復役がいるのといないのとでは、とれる戦術の幅が大きく違ってくる。

 俺の中で彼女への期待感がさらに跳ね上がった。

 

 マイラは物憂げな表情で横たわる猫たちを見渡した。

 ぐったりとしたその姿は、のんびりと昼寝を楽しんでいるわけではなく、四肢を動かす活力を失ってしまっているようだった。


「へんなものでも食べたんじゃないんすか?」


 チーカが配慮に欠けた疑問を口にすると、マイラの目が少し険しくなったような気がした。


「猫たちは村の守護者です。

 すべてのお食事は私達が責任を持ってご用意させていただいておりますので」


 猫を敬うマイラの態度にチーカは戸惑っているようだ。

 俺は視聴者のためにもちょっと世界設定について補足しておくことにした。


「この世界では、猫は特別な存在なんじゃ。

 猫には神聖な力が宿っていると言われておる。

 そのため、猫がいる場所にモンスターは近づくことができないのじゃ」


 チーカはしばらく考えたのち、コクコクと頷いた。

 ようやく設定を理解してくれたか。

 この世界では猫は偉いんだから、今後は俺にも敬意をはらえよな。


 言い終わると、俺は近くで寝そべっている猫に話しかけてみた。

 1匹目は無反応だったが、2匹目は気だるそうに目を開くと俺を見てニャアと鳴いた。

 するとその頭上に小さな動画ウィンドウが出現した。

 なにやらどす黒く汚れた水面の動画が表示されている。

 この猫は言葉を話すことはできないが、同族の俺に何かを伝えようとしているのだろう。


「この村の飲料水はどこから来ているのかな?」


 俺の質問にマイラが答える。


「村の中を流れる川からです。

 川の上流には、水源の池があります」


「川の上流を調べてみるとするかの。

 マイラ……と言ったかな。

 案内を頼めるじゃろうか?」


 マイラは俺の言葉に微笑みを返すと、目を伏せて丁寧に会釈をした。


「はい。

 よろしくお願いいたします」

 

 AIが作成したシナリオ通りの展開なのだが、3人目のプレイヤーがパーティに加わった。

 さほど強敵は出現していないとはいえ、やはり回復役が1人いてくれることは素直にありがたい。


 俺が仲間たちを見渡すと、マイラはアイリアに熱い視線を送り、歩み寄っていた。

 どうやらアイリアの体に見惚れているようだ。


「な……なにかな?」


 アーマーから露出した肌をしげしげと見つめられて、アイリアは少し動揺していた。


「私は生まれつき病弱で体が弱いのです。

 アイリアさんのような逞しいかたに憧れます」


「あ……ありがとう。

 でも、逞しいってほどじゃあないが――」


 意外な褒めかたをされたアイリアは戸惑った様子だった。


「いえいえ。

 鍛え抜かれた上腕筋や腹筋は素晴らしいです。

 きっと凶悪なモンスターたちも怯えることでしょう」


 想定外の褒められかたをしたアイリアはどぎまぎしながら、改めて自分のアバターの腕や腹筋のテクスチャーを確認している。


「いやあ、過剰評価だよ。

 騎士とか名乗ってるけど、単なる職業って感じだし……」


「ゴホッ、ゴホッ!」


 アイリアが言葉を言い終える前に、マイラは咳き込んでその場に座り込んだ。


「だ、大丈夫かマイラ!」


 アイリアが駆け寄り、マイラの様子を気遣う。


「大丈夫です。

 いつものことなので。

 それより先を急ぎましょう」


 マイラはよろよろと立ち上がると、弱々しくも決意に満ちた返事を返した。


「生涯を猫神様に捧げると誓った身です。

 たとえこの命を失うことになるとしても迷いはありません」


「そ……、そうか。あ、あまり無理をするなよ」


 アイリアはマイラの真剣な眼差しに揺るぎない決意を感じたようだ。


「それでは出発しよう」


 アイリアは俺とチーカに目配せすると、踵を返し、教会の出口へと向かった。


 それにしてもマイラの感覚は常人とは少し違うのかもしれない。

 アイリアは性格こそボーイッシュだが、とうてい筋肉質な体には見えない。

 むしろ女性的な体つきだ。


 そう思ってマイラを見たとき、俺(猫)の視点からは彼女の意外な表情を確認することができた。

 彼女はニヤリと不敵な笑いを浮かべていたのだ。

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