1-1 ビジュアルだけはいいんだよ。
「アイドルにゲームを教えるだけ」と聞いたとき、俺は短期バイトとしては悪くはない話だと感じた。
前の会社を辞めてから数ヶ月が経ち、何か仕事を見つけなければと思いながらも、毎日ゲームに明け暮れる生活をしていたからだ。
実際、VR-RPG『リヴァティ』のルールや操作方法には詳しいつもりだし、アイドルがゲームに挑戦するテレビ番組とのことなので、さほど高度なテクが求められるわけでもないだろう。
普通なら『裏があるのでは?』と疑いたくなるような好条件だったが、この話を持ちかけてきたテレビディレクターの大場は、長年ゲームで生死を共にしてきた戦友であり、信頼に足る男だ。
テレビ局の待合室でスマホをいじりながら待っていると、エレベーターホールから灰色のスーツを着た男が足早に現れた。
歳は40代半ばぐらい。茶褐色の肌には脂がにじみ、ゆるくカーブのかかった黒髪は少し乱れている。
周囲をきょろきょろと見渡して俺を見つけると、笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「デューク……だよな。
お疲れ!」
『デューク』というのは、俺のプレイヤーネームだ。
中学生の頃、本名の出井 邦明をもじって適当に決めたのだ。
今となっては厨二病的ネーミングで恥ずかしいのだが、変えるのも面倒なので使い続けている。
大場とリアルで会うのはこれが初めてだ。
『リヴァティ』の中では主に俺がリーダーシップをとって行動していたが、見たところ彼はひとまわり以上も年上のようだ。
しかもテレビ局のディレクターとして立派に社会人しているわけで、無職で引きこもってる俺とはえらい違いだ。
ゲーム内では年齢や立場など気にせずタメ口で会話していたが、はてさてリアルではどんな口調で話せばいいのだろうか?
などと躊躇している俺のことなど意に介さぬように、彼は気さくに話しかけてきた。
「いやあ。来てくれて助かったよ。
まじで困っててさ!」
どうやらいらぬ心配だったようだ。
友人として今まで通り普通に接すればいいらしい。
「いいよ。
どうせ暇だし」
俺がそっけなく返事をすると、大場は俺の顔をまじまじと見て、にやりと笑った。
「まさに適材適所。
渡りに船とはこのことだな!」
そう言いながら、大場は俺を接客用のテーブル席へと誘導した。
俺がフカフカのソファに腰を下ろすと、大場も反対側に座りながらタブレットを取り出し、画面にウェブページを表示してみせた。
そこには、ファンタジー風のコスプレをした5人の少女の写真と、『視聴者参加型リアリティ番組 VRゲームでアイドルを推せ!』という派手に装飾された文字が並んでいた。
「これが、僕がディレクターを担当することになった番組だ。
『リアリティ番組』って知ってるだろ?
一般から参加者を集めて、特殊なルールの中で生活してもらうやつだ。
これはその、VR-RPG版ってわけよ」
リアリティ番組といえば、テレビの人気ジャンルのひとつだ。
若い男女のグループが一緒に旅をして告白が成功したら抜けていくものや、イケメンで金持ちの独身男性を射止めるため、複数の女性が戦うものなど――知識としては知っているが、真剣に見たことはないし興味もない。
そもそも、一昔前なら一般人が参加する番組というだけで斬新だったかもしれないが、誰でも気軽に動画を配信できる現代では凡庸なジャンルに思える。
「確認したいんだが……。
たとえばそれは、ゲーム実況の配信とどこが違うんだ?」
なんとか番組のイメージをつかもうとして質問を投げかけてみると、大場は待ってましたとばかりに顔を乗り出し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「これは、お気楽な番組じゃない。
放送中に視聴者からリアルタイムで『推しドル投票』が行われる。
最終的にもっとも『推しポイント』が高かった者だけがアイドルとしてデビューできるんだ。
仲良しごっこなんてできない。
人生を賭けたガチのバトルなんだよ」
要するに、アイドルデビューを餌にして女の子どうしを真剣に争わせ、泣いたり怒ったり落ち込んだりする様子を眺めて楽しむ感じか――。
あまり趣味のよい番組とは言えなさそうだ。
アイドルたちがワーワーキャーキャーと大騒ぎしながら楽しくゲームをプレイするようなバラエティ番組をイメージしていたのだが、なんだか俺の中で急速にモチベーションが下がっていくのを感じた。
しかも「デビューをかけて戦う」ってことは、有名な芸能人と仕事ができるわけでもないらしい。
「つまり参加者は……シロートなのか?」
俺が確認すると、大場は「ナイス指摘!」と言わんばかりに人差し指を立てると答えた。
「ああ。
厳密には彼女たちはアイドル志望の素人だ。
アイドルになりたいらしいんだが、なにしろ歌は歌えないし、踊りも下手。
トークも苦手だし演技もできない……ってことで事務所も手を焼いてるわけよ」
「……じゃあ、ゲームが上手いってことか?」
「いや。
事務所からは初心者だと聞いている」
大場がきっぱりと断言すると、俺の腰がガクッと崩れた。
「なにひとつ取り柄がねえじゃねえか……」
俺の呆れ果てた顔を見て、大場は少し危機感を覚えたようだ。
頬をひきつらせながら無理に笑ってみせると、タブレットの画面を再び俺に向け、少女たちの写真を指先でコンコンと叩いてみせた。
「いや。
ビジュアルだけはいいんだよ。ほら。
だから所属事務所としては何とかしたいわけよ」
俺は改めてタブレットに表示されている番組の公式ホームページを見た。
ずらりと並んでポーズを決めている5人の少女は、たしかに皆それぞれ可愛いしスタイルもいい。
俺はアイドルには詳しくないが、こうして静止画を見る限り、人気グラビアアイドルと比べてもビジュアルでは負けていないだろう。
しかし逆に考えると、これだけの美貌に恵まれながら、事務所が売り込みのため必死にならざるを得ないということは、何か問題を抱えているということではないだろうか。
たとえば「歌が歌えない」というのは「歌があまり上手くない」という程度の話ではなく、聴いた者を不快にさせ、放送事故が危惧されるレベルなのかもしれない。
戦慄を覚えながらホームページを下にスクロールさせていくと、そこに放送開始日が書いてあることに気がついた。
「おい、この日付、今日じゃねえか。
今日から開始とは聞いてたが、リハーサルじゃなくて本番なのか?」
俺はだいぶ動揺して息を荒げたが、大場はきょとんとしている。
「練習?
事前に練習なんてしたら、リアリティ番組じゃなくなっちゃうだろ。
プレイしながら学んでいくんだよ」
意味がよく理解できず俺がぽかんとしていると、大場はさも当然のことのように言い放った。
「君も5人と一緒にプレイしてもらうのさ」




