第2話 「噂は剣より軽く、速い」 Scene 1 朝の王都 ― 噂は「事実」として始まる
朝の王都は、忙しい。
馬車溜まりでは御者が声を張り、
貴族街の朝市では、香辛料と焼き菓子の匂いが混ざる。
人々はそれぞれの用事に追われている。
昨夜の社交会を、改めて語る余裕などない――はずだった。
「知ってる?」
馬車の脇で、貴族の婦人が言った。
問いかけの形をしているが、
返答を期待していない声音。
「クラウディア様が、また人を追い詰めたそうよ」
相手は頷く。
「ええ、あの方でしょう。昔から冷たいもの」
確認ではない。
共有だ。
別の場所でも、同じ言葉が流れる。
「知ってる?」
「知ってるわ」
それで、会話は成立する。
昨夜、何が起きたのか。
誰が、何を言ったのか。
そうした細部は、もう必要ない。
結論だけが、軽やかに運ばれていく。
商人の男が、帳簿を閉じながら口を挟む。
「貴族様のことは分かりませんがね、
ああいう方は、近づかない方がいい」
誰も反論しない。
それが、賢明だという顔で。
噂は、もはや噂ではなかった。
誰かが見たわけでも、
誰かが証明したわけでもない。
それでも、
――そういう人だ。
という理解だけが、
朝の空気のように、当たり前に漂っている。
誰も「聞いた?」とは言わない。
「知ってる?」と問い、
「ええ」と答える。
そこに疑問は生まれない。
こうして王都は、
一晩で一人の人間を定義した。
静かに、速やかに、
そして、正しいことのように。




