Scene 5 大臣バルタザール ― 表に出ない勝者
政務局の窓に、夕暮れの光が静かに差し込んでいた。
赤みを帯びた空は穏やかで、王都の屋根の向こうに、今日も変わらぬ生活が続いていることを示している。
バルタザールは、机の上に積まれた書類を一つずつ整え、最後の束に目を通した。
そこに彼自身の名は、ほとんどない。
「確認済」「代行」「承認」――そうした言葉の陰に、彼の判断が埋め込まれているだけだ。
誰かが礼を言いに来ることもない。
誰かが怯えた視線を向けることもない。
彼はただ、いつも通りの官僚として、その日を終える。
書類を閉じる音は小さく、乾いていた。
それは一つの時代が終わった合図でも、勝利の宣言でもない。
明日もまた、同じように机に向かい、同じように「確認」を重ねる――その確信だけが、彼の中にある。
窓の外では、子どもの笑い声が遠くに響いていた。
市場は賑わい、酒場には灯りが入り始めている。
平穏だ。
少なくとも、そう見える。
バルタザールは立ち上がり、灯りを落とす。
背中に拍手はない。
歴史書に大きく名が刻まれることもない。
だが彼は知っていた。
この結果こそが、最も望ましい終着点であることを。
彼にとっての勝利とは、
自分の名が、どこにも残らないことだった。




