Scene 6 周囲 ― “勝者”を失った世界
王都に、静かな噂が流れ始めた。
それは号外にもならず、説教壇からも語られず、ただ人づてに、控えめな声量で伝播していく。
――クラウディアは、辞退したらしい。
――表彰も、役職も、すべて。
――そして、王都を去る準備をしている、と。
最初にざわついたのは、貴族たちだった。
彼らは混乱のあとに「物語の中心」を求めていた。
誰かが秩序を回復した、という説明。
誰かが責任を引き受けた、という納得。
その名前が消えたことで、空白が露わになる。
「逃げたのではないか」
誰かが言う。
「都合のいいところだけ手を出して」
別の誰かが続ける。
「やはり、最後まで悪役だったのだ」
そう結論づける声もあった。
だが、それ以上は続かない。
なぜなら、彼女を裁く理由が、もうどこにも存在しなかったからだ。
不正を暴いたわけでもない。
王子を糾弾したわけでもない。
誰かを陥れた証拠もない。
彼女は、何もしていない。
そして、その「何もしていない」という事実だけが、すべての非難を空中で失速させた。
教会は沈黙した。
英雄と呼ぶ準備はしていたが、罪を問う準備はしていない。
政務局も動かない。
辞退は違法ではなく、出立は自由だった。
市民は困惑した。
勝者がいるはずの物語から、その席だけが空席になったからだ。
誰かが勝ったと思った瞬間、
その「誰か」がいなくなる。
それは敗北よりも、説明が難しい。
勝者がいなくなると、
世界は不安になる。
なぜなら、
責任を押し付ける先も、
感謝を捧げる対象も、
もう残っていないからだ。
王都は、今日も平穏だった。
だがその平穏には、
名前を失った静けさが、確かに混じっていた。




