Scene 5 王都を去る準備 ― 静かな整理
屋敷の中は、いつもよりも静かだった。
クラウディアは書斎の扉を開け、机の上に積まれた帳簿を一つずつ確認していく。どれも見慣れた文字で、内容も新しいものではない。だが彼女は省略せず、最後まで目を通した。
使用人たちは順に呼ばれ、解雇ではなく「契約の終了」を告げられた。理由は簡潔で、謝罪も感謝も付け足されない。必要な金は渡され、紹介状も用意されている。彼らは戸惑いながらも深く礼をし、屋敷を去っていった。
家具の一部は売却され、書類は仕分けられ、金銭は複数の名義に分散される。長く使っていた印章は封蝋とともに箱に収められ、連絡用の名簿は燃やされた。
どれも、感情を差し挟む余地のない作業だった。
クラウディアは壁に掛けられた古い絵に一瞬だけ視線を向けたが、立ち止まることはない。思い出を辿ることも、言葉にすることもなかった。未練は整理対象ではない、と最初から決めているかのように。
(ここに残れば、また役を与えられる)
それは確信に近い予感だった。英雄、調整役、象徴、あるいは次の責任者。名前を変えただけの同じ椅子が、必ず用意される。
(ならば、降りるしかない)
彼女は最後に屋敷を一巡し、灯りを落とす。扉を閉める動作は丁寧だったが、ためらいはなかった。
舞台から降りるには、拍手を待ってはいけない。
その前に、自分で照明を消し、出口を探し、誰にも役を残さないように片づける必要がある。
クラウディアは外套を羽織り、王都の夜へと歩き出した。
そこには、もう彼女の名前を呼ぶ声はなかった。




